再建2.出て行く彼等

 事の始まりは、本当に唐突だったと思う。


 いや、実際には水面下で色々と動いていたんだろう。僕が知ったのが突然だったというだけだ。


 そう、僕は何も知らされていなかった。


 それはいつもの事だけど、まさかここまで徹底して僕の事を除け者にしていたとは思わなかった。


 目の前には傷ついた一人の老人が大勢に取り囲まれているという、とても胸糞悪い光景が広がっている。


「爺、約束通り俺達は出て行かせてもらうぜ! しっかし、ボロボロだなぁ? 傷を治したらもう引退しろよな!」


「アハハハ!! 旦那がボコボコにしたんじゃないっすか! ここまでやっといて酷いっすねー。でもまぁ、おいぼれのわりに頑張ったんじゃないっすかぁ?」


「そうですわね、結構強かったですわよ。さすがはかつての英雄と言ったところでしょうか……? でもまぁ……私達の敵ではなかった……。私達はその英雄すらも凌駕した……フフフッ……」


「姐さん、まさにその通りで! 俺達は英雄を超えたんすよ! まぁ、過去の栄光に縋る老人に現実を見せてあげたんですから、良いことしたんじゃないですか?」


「まぁ確かに……期待していたというのに弱かったな。いや、俺達が強くなり過ぎたんだろうな。なぁ、みんな?」


 その言葉をきっかけに、一斉に同意の声と笑い声が古めかしい訓練場内に響き渡る。十人程度ではあるが、その声は妙に僕の耳に響いていた。


 元からボロボロのその場所は、不本意ながら僕の先輩である彼等と、今は膝をついている老人との戦いでさらにボロボロになっている。まるで廃墟のようだ。


 筋肉質な老人は頭から血を流して悔し気に、だけど少しだけ寂しそうに周囲の人間達を睨んでいる。それが先輩達と、たった一人で戦っていた人物。


 ……僕の爺ちゃんだ。


 とは言っても血は繋がっていない。彼は孤児だった僕を育ててくれた恩人だ。


 爺ちゃんは薄く笑う先輩達を見上げていた。そして先輩達が何かを口にした瞬間に殺気の混じった視線を彼等に送る。


 唐突な殺意に先輩達は少しだけ冷や汗をかいて後ずさるが、それでも自分達の優位を確信しているのかその顔に嫌らしい笑みを浮かべた。


 爺ちゃんはかろうじて倒れてはいないけど、満身創痍のその姿に胸が痛む。


 あちこち傷ついているし、もしかしたら骨が折れているかもしれない。


 僕はその光景を、歯を食いしばりながら見ていることしかできなかった。絶対に僕は手を出すなと……爺ちゃんに厳命されてしまったからだ。


 僕はその言いつけを守った。それが正しいかは分からないけど……爺ちゃんの意思を尊重した。


 今も駆け寄って、その傷を治療してあげたい衝動に駆られるけど、爺ちゃんに目線で拒否されてしまっている。


 爺ちゃん……なんでだよ?


 先輩達……いや、あいつらの笑い声が響くたびに僕の悔しさは高まっていき、握る拳に力が入る。


 自分の爪が皮膚に食い込んで痛い。もしかしたら出血しているかもしれない……。でも、その痛みが僕の理性をかろうじて繋ぎ止めていた。


 確かに、あいつらは強かったと思う。強かったけど……それはあくまで僕と比べての話だ。


 何が英雄を凌駕しただ、爺ちゃんが弱いだ。お前等は全員で、よってたかって爺ちゃん一人を相手にしていたくせに……。


 爺ちゃんは、たった一人で戦っていたんだぞ……!! それに勝ったからって何を誇るんだ!!


 やるなら一対一で戦って勝ってから誇れ!! そんなプライドすらないのかあなた達は!!


 悔しさから僕の目から涙が零れ落ちそうになるが、すんでのところで何とか堪える。それは彼等の前で涙を見せないという意地もあったけど、もう一つの意地の理由は僕の隣に居た。


 僕の幼馴染の彼女が、涙を流していたからだ。


 爺ちゃんの実の孫である彼女が泣いているのに、僕が泣いて心配させちゃいけない。だから堪える。本当に、これはただの意地だ。


 僕等にもう一度視線を送った爺ちゃんは、ほんの少しだけ口の端を笑みの形に変えると……再び先輩達に視線を向けた。


 今後はその視線には殺気は無く、皆を少しだけ憐れむような視線になっているのが分かった。


「ふぅ……長い間、手塩にかけて育ててきたつもりじゃったがなぁ……。この阿呆共が……。いや、これは儂の教育の責任か……自業自得じゃな……」


「なに言ってるんだよ、教育なら大成功だろ。あんたは誇っていいんだぜぇ? あんたのおかげで俺達はここまで強くなれた。俺達みたいな教え子を持てて、誇らしいだろ。それに師を超えるのって、最高の恩返しじゃないかぁ?」


 また先輩達は爺ちゃんをあざ笑う。その姿を見た爺ちゃんは大きなため息を一つついた。


「……つくづく自分の見る目の無さに、嫌気がさすわい。この年でもまだまだ学ぶことは多かったか……。さっさと出て行け、もう顔も見たくないわ」


「はは、言われなくてももうこんなギルドにはもう用は無いさ。それと約束通り、この金は貰っていくぜ。長い間尽くしてきた俺等が、これっぽっちの退職金で我慢してやることを感謝しろよな」


「ふん……約束は約束じゃ、持っていけ……。ただし、二度と顔を見せるなよ」


「そっちこそ、戻ってきてくれとか泣きついてこないでくれよ? じゃあな爺さん。せいぜい長生きしろよ!」


 爺ちゃんが、金貨の入った袋を奴らに投げ捨てる。その中にはこのギルドの運営資金がほとんど入っている。


 全部ではないが……かなりの量だ。


 どうしてそういう賭けがなされたのか、経緯は分からない。僕がこのことを知って駆け付けた時には既に戦いは始まっていたからだ。


 ……そして爺ちゃんは負けてしまった。


 それを取られたらこのギルドは下手したら潰れてしまう。僕の育った家ともいえるこのギルドが無くなるなんて……僕は嫌だ。


「先輩!! それでいいんですか?! 爺ちゃんに一から育ててもらった……その恩は無いんですか?!」


 そう思った瞬間、僕は思わず先輩達に叫んでいた。爺ちゃんには一切の手出しをするなと言われていたのに、我慢できなかった。


 みっともなくてもいい。このギルドの為に僕ができるのは今はこれくらいしか無いんだ……。


「ロニ……。いいんじゃ、これは儂自身の甘さが招いた事態じゃよ」


「何だ、見習いの無能が俺等に意見か? まぁいいぜ、だったら俺等にお前が勝ったらこの金を返してやろうか?」


 無能と言われ、睨まれた僕の身は竦んでしまう。


 威圧的な態度と、先ほどの爺ちゃんとの戦いでの光景が脳裏に浮かび……僕は情けなくも身を震わせてしまったのだ。


 それでも、なけなしの勇気を振り絞って先輩に意見する。こんなに先輩に対して反抗的なのは初めてじゃないだろうか。


「どうしてこのギルドを見捨てる様な真似ができるんですか!! ……このギルドの事が好きじゃなかったんですか?!」


 僕の言葉が先輩達には届かないだろう。そんなことは分かっていても、それでも僕は言わずにはいられなかった。


 そして……予想通り、僕の言葉は届かない。


「何を言ってるんだか……こんな小さなギルドなんて所詮踏み台だろうが。まぁ、無能なお前にはこの程度のギルドがちょうどいいんだろうけどな、俺等は大手ギルドにスカウトされたんだぜ。居続ける理由がねぇ」


「スカ……ウト?」


 僕の呆気にとられた言葉に、先輩達は全員が得意気に胸を反らす。


「こことは比べ物にならないでかいギルドだぜ! 俺等は……そう……がスカウトされたんだよ! 分かるかこの意味が?」


「仕方ないですわ。所詮見習である貴方に私達の志は理解できないのです……。私達は、こんな弱小ギルドで終わるような器ではないのですよ? 今回のスカウトでそれが証明されました」


「そっすよー、見習い君。悪いけど条件の良い所に行くのは当然でしょ。ま、俺達の周りをチョロチョロして、ギルド内のパーティーを転々としていた無能君には分からないでしょうけどねぇ」


 前に出た三人の先輩が代表するように、僕に侮蔑の視線を投げかけながら冷淡な言葉を告げてくる。


「ボルトさん、ソフィさん、トーラさん……なんでそんなことが……」


 三人は僕に最も辛く当たって来た人たちだ。だけど実力は確かだから、その点は……その点だけは尊敬していたのに……。


「うるせえな……引き抜きなんてよくある事だろ。声のかからなかった……お前には関係ないんだよ。 文句があるなら実力を付けてから言えや。 ま、せいぜい頑張れよ」


 それだけを言うと、先輩達は後ろ足で砂をかけるように笑いながら……去っていった。爺ちゃんが作ったこのギルド……『原点スタートオーバー』から。


 僕と爺ちゃん、それと爺ちゃんの孫娘の三人だけを残して。

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