第46話 自称ヒロインの愛

私はあなたの事が好きだったの。ただあなたと結ばれることを夢に見て、いままで頑張ってきたのに...私はどこで間違えてしまったの?




「気が付かないうちに俺はお前から相当嫌われていたようだな」

「...嫌ってなどいません」


俯いていた頭上からクスリと笑いが漏れた。それがあまりにも渇いた笑いで顔をあげることができない。


「そうか、嫌ってはないんだな。

なぁ、サブリナ。気づいてたよ、お前が俺を一番に愛してくれた事などなかったこと。お前の瞳に俺が映ったことはなかった。それでも俺はお前を愛してた。いつか俺だけを愛してくれるって信じてた。だから、今日を迎えられた事が何より嬉しかったよ。名ばかりでは無く、正式に契約してしまえばお前は俺から簡単に離れられなくなるって。けれど、俺の考えは甘かったみたいだ。なぁ、教えてくれよサブリナ。お前は一体何を考えているんだ?お前は誰を愛しているんだ」


何も答えられない。何を答えればいいかも分からない。ただ、歩みを止めないことがやっとで...。

隣で歩く人の歩幅が合わなかった。いつもは並んで談笑だって出来たのに。そこでやっと、いつも私に合わせてくれていた事に気が付いた。でもどうして合わしてくれなくなったのかが分からないの。だって私の事愛しているのでしょう?


 そうして無言が続き、気がつけば扉の前まで来ていた。ここはいつも私が泊まる部屋じゃない。ここは何の部屋だろう?


「今日はゆっくり休むといい」


 そう言い残してその場を後にしたクリスの背中をずっと見つめていた。

その姿が見えなくなっても眺めている私に痺れを切らした侍女と騎士が部屋の中へと誘導する。中へ入ればいつもよりは狭い部屋だったけれど、一人で寝るには十分大きなベッドが置かれていた。それ以外の家具はなく少し殺風景だったけれど、寝るだけならベッドがあれば十分。だけど何かがおかしいの。何かが...そうか、窓が無いんだわ。どうして今日はこの部屋なのかしら?


「それでは、おやすみなさいませ」


そうこう考えているうちに、寝支度が整えられたらしい。侍女は一礼し部屋から出て行った。やっと一人になれた。そう思った瞬間、静かな部屋にガチャリと重厚な金属音が鳴り響いた。不思議に思って音の方へと向かいドアノブを回してみたけれど、扉が開かない。


「どうしてかしら?」


どうやら外から鍵が掛けられたらしい。

何度捻っても開かないドアノブから手を離し部屋を見渡した。

 まぁ、いいわ。とにかくベッドへ入りましょうか。なんだか今日は疲れたわ。 


 ベッドで仰向けになり天井を見つめた。

どうしてこうなってしまったのかしら。

王は西の森を開きたかった。私はヒロインを呼び出して条件が満たせたのなら、用済みな彼女をどうにかしたかった。だからこの計画を立てた。

 ミューリアを婚約式へと呼び出すことができた。そして彼女がクリスに毒を盛ったように仕組み濡れ衣を着せることも。ミューリアには学園からの追放でクリスを憎む動機もある。だからそこを不審に思われることはなかっただろう。

そうして、ミューリアが国に拘束されたタイミングで森が何らかの原因で不運にも燃えてしまうのだ。本来、森に何かあれば対処する役割のミューリアが拘束されている以上、森は燃えるしかない。そうして王家暗殺未遂でミューリアは投獄され、森は燃えて開かれる。王と私の利害が一致した計画が出来上がった。

 ミューリアが拘束の手を振り払い反撃に出たのは予想外だったけれど、闇に堕ち本物の悪役となったミューリアはとても見応えがあった。これが本当に私が望んでいたことと言っても過言ではないくらい最高の展開だった。あとは勇敢に悪に挑む私を皇帝が助けてくれれば完璧だったのに


なのに...どうして彼は助けてくれなかったのだろう。ーーーそれに


「どうしてミューリアが」


 どうしてミューリアが彼のイヤリングを持っていたの?あれは結ばれた時に彼から貰えるアイテムだったはず。どういう展開で貰えるのかは分からない。ただ、調べた時にその情報を見かけたのだ。だから、あのイヤリングを貰える日を夢見ていた。なのにどうして彼女が...


考えれば考えるほど目が冴えて、まとまらない思考が迷子になっていく。もう寝なければ。きっと今日の出来事は間違いだ。

そう。ただの夢なのだ。だから起きればきっといつもの日常に戻っているはずだわ。





 戻っているはずだった。それなのにどうして私は今ここに座っているのかしら?


小さなホールに国の偉い方々や国王陛下、王太子殿下、クリス、その他の攻略対象達、部屋の端にはアリーナ様もいる。そして2階席からは皇帝陛下がこちらを見下ろしていた。

 誰もが目の前のステージの上からこちらを見下ろしており、私はひとり床に描かれた陣の上に座っている。その陣を挟むように黒いお仕着せを着た水色の髪の男女が二人立っていた。


そして、シンとした静かな空気を二人の声が揺らした。呪文のような言葉を発した瞬間床の陣が強い光を放ち動き始める。その陣はゆっくりと床を離れ私の体に巻きついてきた。鎖の様なそれは私の自由を奪い締め付け強い窮屈感を覚えた。それに耐えきれなくなった瞬間陣はさらに強い光を放ち光の粒となって散り、その光はやがて何かを写し始めた。それは前世で画面越しに見ていた映像のようなものだった。


そしてそこに映し出されていたものは私の、サブリナとしての人生そのものだ。






 我に返ったのは全てが終わり手首に枷が嵌められた瞬間だった。


「サブリナ」


 兵士に立たされた私はその声をあまりにも懐かしく感じて笑顔で振り返った。


「クリス!ねぇ、私どうして枷をはめられているの?これ、重くて。外してくださらない?そうだ、ねぇ、クリス。庭園へ連れてってくださいな。今は丁度花が見頃だと以前仰っていたでしょ?」


どんなに笑顔で話してもクリスは苦しげに眉を寄せるだけで笑いかけてはくれない。


「サブリナ」


    どうして


「ねぇ、どうして!?何もかも上手くいっていたのよ!?何よ今更!全部知ったら素っ気なくなるの?あなたの愛はそこまでだったの?ねぇ、愛してるって言ったじゃない!クリスもアレクもエドワードもロイも!みんな私を愛していたじゃない!そうだわ!陛下!皇帝陛下。私はあなたの事をお慕いしております。だれよりも。あなたも私を愛してくださいますよね?」


喉から鉄の味がする。こんなに枯れるまで声を張り上げたのは、いつぶりだろう。いや初めてかもしれない。

みんなみんな優しかったのに。あんなに愛してるって何度も言っていたのに。こんな状況になっても誰も助けようとーーー


「酷いな、サブリナ。私の返事も聞かないで他の男性に求愛するなんて」


声の方へと顔を向ければ、笑顔のクリスが手を広げて私を見ていた。その笑顔は今までに見たことのないくらい恐ろしく、瞳の奥はどこまでも底のない闇が広がっていた。


「私は王位継承権を破棄します。そして、サブリナと共に幽閉の塔へ入ります。兄上、よろしいでしょうか?」


 突拍子の無い発言を何故か国王ではなく王太子殿下の兄へとクリスは投げかけた。それに応えるはずの王太子殿下は何故か皇帝陛下を見上げそれに気がついた陛下は静かに片手を上げただけ。


「お前がそれで良いのなら了承しよう」

「ありがとうございます。兄上」


そうして、手首の枷が繋がった鎖をクリスに引かれながら廊下へ歩いていく。歩幅が大きくて転ばない様に小走りで着いていくのがやっとだ。


「ねぇ、サブリナ。これからは毎日一緒だね。お前が望むようにすべてのお前を愛そう。来る日もくる日もお前を愛し拒絶しようとお前を愛し骨の髄までどろどろにとかしてやろう」


振り向いた顔があまりにも恐ろしくて声にならない悲鳴が喉を締め付けた。



私は大きな間違いを犯してしまったのかもしれない。

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