第41話 ヒロインのさよなら
つまらないなぁ...
ただ、それだけが頭の中を占める。
攻撃は単調で同じ物ばかり、届かないと分かっているくせに何度も何度も撃ってくる。
この人こんなに弱かったんだ...
「そろそろ、お話をしませんか?サブリナ様?」
いい加減飽きてきた。
一気に彼女との間を詰め、炎をだし続けている両手を自身の両手で包み込んだ。
「や、やめてください。ミューリアさん」
ただそっと包み込んだだけなのに、彼女は大袈裟に私の手を振り解き再び炎を呼び起こしている。
あぁ、この光景周りから見ればサブリナ様は健気なヒロインで私はただの悪者で...
ーーそうか、そうだよね。何もしなくても悪者なら本当の悪者になってもいいんだよね。
それなら、いっそこの状況を楽しまなくちゃ
今にも手の上で爆発しそうな、炎のエネルギーを指で弾く
ッパチン
「なっ!?」
「ふふ、綺麗でしょ?」
撃っては消されるだけだった炎が、燃えてしまいそうなほど真っ赤な薔薇の花に姿を変えた。それを手に取り、優しくサブリナ様の耳の上へと挿してあげる。
「黒髪に真っ赤な薔薇はとてもお似合いですね」
茫然とこちらを見つめる彼女へとっておきの言葉をとっておきの笑顔で
「鬼ごときがエルフに敵うわけないよ」
「...な、なんですって?」
うふふ、おもしろい。今の悪者っぽかったんじゃないかな?なんだか、ワクワクしてきた。悪者になるのも案外悪くないかもしれない。
「どうします?まだ、戦います?私はいいですよ学園でのお礼もしたいですし、ここまで来たらもう何をしても重罪なのは変わらないだろうし」
怒りと悔しさに揺れるその瞳が私を映し出す。そこに映っている私はひどく歪んでいた。いやだなぁ。ずっと気にしないようにしていたけれど、すぐそこにはネムがいるのに。
きっと....この状況でも沈黙しているということはそういうことなのだろう。
けれど、たとえ彼女を好きになっていたとしてもこんな顔見られたくなかったなぁ。ただ、楽しく笑っていたかったのに、もう遅いけれど。
「ふふ、あまり油断するものではないわ」
嫌な囁きが耳に届いた瞬間目の前が赤に染まり熱風が巻き起こる。瞬時にクルーゼから飛び降り別の花へと移ったけれど避けきれず、左の腕が炎に包まれた。
「ッアッツ!」
格下の神とはいってもさすが先祖返りなだけあって、纏わりついた炎はなかなか消えてはくれない。
『新緑の伊吹』
右手の指を2本揃えて、燃えている左の手首から肩にかけて力を込めてなぞれば、青々とした葉が炎ごと腕を包みこんだ。
ジュワァと白い煙が立ち上がり炎は小さくなっていく。
青葉のひんやりとした感触が心地いい。
やがて、包み込んでいた青葉が一枚一枚剥がれ落ち最後の一枚が落ちる頃には炎は消えていた。流石に鬼神の炎で焼け爛れてしまった腕が治るにはもう少し時間がかかりそうだ。
「うぅ〜ヒリヒリする...ん?」
なんだか、顔の横が少し焦げ臭い。きっと髪の毛も焦げちゃったんだろうな。ちょっと悲しい。まぁ、いっか。そうこなくっちゃ面白くないもの。
『花剣』
私の呼びかけに答えて花びら達が宙を舞う。闇夜に浮かび月光に照らされた色とりどりの花達がとても美しい。そんな花達は徐々にガラスの様に硬化し鋭さを増していく。
ーーそして、体全体をピリピリとした威圧感に包み込まれた。本能的に恐怖するこの感覚は火傷の痛みなんて比ではない。
どうやら、これを感じているのは私だけではないらしく下にいる騎士、魔法士さえも立っていることが出来ず膝をついて震えていた。
それの源を辿ればこちらを睨むネムがいる。きっと私がサブリナ様に刃を向けているから怒っているのだろう。
ーーー大丈夫。そういうことには慣れてる。
上を向いてひとつ息を吐いた。
滲む視界に気が付かないフリをして風を呼びこむ。冷たい風が濡れた目尻を撫で、耳元の優しく切ない思い出をシャラリと揺らした。
一度硬く目を閉じて泣き騒ぐ心を押し殺し、目的の人物の方へと向いた。風は強さを増し、下ろしている髪が強く靡く。
彼女はそんな私をみて大きく目を見開いた。
「な、なんであなたが..それを持っているのよ...」
サブリナ様の口が微かに動いた気がしたけれど音が風に攫われて何も聞こえない。魔法の詠唱かな?それとも、誰かに助けを求める甘い言葉?どんな手を使ってでも対抗してきてよ。その度に私が打ちのめしてあげる。そうして悔しがるあなたの顔をみて私は笑うのだ。
「さぁ、みんな踊ろうか『乱舞』」
呼びかけと共に彼女の元へ花びらと共に飛び込んだ。
『鬼火』
彼女が指をならせば 無数の火の粉がこちらへと飛び散る。それが当たって儚く燃えてしまう花びらもいれば、風に乗ってひらりと躱す花びら達もいた。
自身に飛んでくる火の粉は風を操り、体を捻りながら躱していく。そうして彼女へと近づくにつれて宙を舞っていた花びら達は徐々に手元へと集まり、やがて一本の剣となった。
それを握りしめ、彼女に刃を突き立てようとしたその時ーーー
《ミューちゃん!!!!》
頭の中で精霊の叫び声が鳴り響いた。
突然のことに剣を構えたまま動きを止めた。彼女の喉元まできていた剣先に生唾を飲み込む音が聞こえる。
足下まで迎えに来てくれたクルーゼに降り立ち、剣先と視線だけは彼女をしっかり見据えたまま、脳内へと集中することにした。
《ミューちゃん熱いよぉ》
《ミューちゃん苦しいよぉ助けてぇ》
みんな、どうしたの!?
《ミュー!》
おじいちゃん!どうしたの!?何があったの?
《森が燃えている》
…森が燃えている?
思いもよらない出来事に息を呑んだ。
どうして。どうしてそんなことに...
精霊の森はそんな簡単に燃えたりなんかしない。私が居なくても精霊達の力で安寧を保っていられるのに...
誰かが、イタズラに火を放ったとしても、精霊の力ですぐに消せていたのだ。例えそれが魔法の力であっても。同等の力以外はすべてーーーー
"本命は西の森"
あの時のエヴァンさんの言葉が頭を過ぎる。
あぁ、なるほど。ほんと...嫌になる。
取り残して来た3人の内の最も高貴な人物をこちらへと呼び寄せる。凄いスピードでこちらへと移動してくる蔓に運ばれる人は、情けない叫び声を上げていた。
目の前まで来ると、剣を握っていない方の手で蔓を手繰り寄せ、間近で目の前の人物を睨みつける。
「王様、私の森に何をしたんです?」
「し、知らん、何のことだ」
「森に火をつけたのはあなた?」
「も、森に火をつけられたのか。それは大変であろう。すぐに兵士たちを送ろう」
白々しい。
王様に巻きついた蔓が徐々に締め付けを強くしていく。っう、と苦しそうに苦しむ目の前の人物に鋭く尖った棘が迫っていく。
「時間が無いんですよ。私は火をつけたのは誰かと聞いているんです」
そうしている間にも蔓から飛び出た棘が王様の目に向かって伸びていく。その過程で棘の先からじゅるりと粘度のある青色の液体が滴り落ちた。
「ひっ!!ーーーサ、サブリナだ!サブリナが私に提案してきたのだ。森を開く方法があると。その火はあやつの鬼火だ」
「な、なにをおっしゃっているのです!陛下!」
前に乗り出そうとした彼女に剣先をさらに突きつけて動きを制する。
「そうですか。.....もういいですよ王様」
王様を地面へと下ろし解放すると、動ける騎士達がすかさず駆け寄り抱えていく。その光景を無感情のまま眺めた後、彼女の方へ向き直ると嫌な微笑を浮かべていた。
その表情があまりにも憎く、剣を握る手に一層力が篭る。心の奥底から湧きわがる憎悪に呑まれてしまいそうだ。
「ふふ、はやく帰らなくていいのかしら?まあ、どんなに急いで帰ったところで間に合わないかもしれないけれどね?」
私にだけ聞こえる声量で彼女はそう囁く。
私の中で何かが弾けた音がした。握っていた剣を手から離せば、解け花びらに戻り、宙を舞いながらひらりひらりと地へ降りていく。
「あなたは...あなたはそうやっていつもいつもっ!!」
彼女の胸ぐらを両手で掴んで、声が枯れてしまいそうなほどに叫んだ。
「っきゃ」
胸ぐらを掴む私の手首を両手で掴み、か弱い悲鳴を上げる目の前の人物はこの世で一番嫌いな人。
「穢れるからやめてくれる?」
ずっと傍観するだけだった人物が私の手首を掴み彼女と私を引き剥がす。
その手は痛くは無かったけれど、とても冷たい。
ほら、やっぱり大っ嫌い。
いつもいつも、私の大切なモノを奪っていく。居場所も守ってきたものも、大切な人でさえ奪っていく。
掴む手を振り解いて、今度は彼の胸倉を掴み強引に自分の元へと引き寄せた。
彼女と出会って私はいつも奪われてばかりだ。だから...
「私の初めてのキス、あげる」
奪ってやる。
彼の唇と自身の唇を重ねた。
勢いよくぶつかった唇はゴチンッと鈍い音を立て、音の通り鈍い痛みをもたらした。
そうして胸を押し、突き放すように離れれば彼は口に手を当て、驚いた顔でこちらを見つめている。
こんな事になっても、その表情が堪らなく愛おしくて締め付けられる胸の痛みに気付かないフリをした。
決して、泣かない。泣いてやるものか。
だから笑うのだ。もう名前を呼んでくれることも、会うこともないであろう大好きなネムに向けて
「さよなら」
そうして、私は強く目を瞑り守るべき場所を思い浮かべ、愛しいあの人が見せてくれた魔法を初めて発動させた。
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