第40話 挿話 自称ヒロインの喜び 後編
プロフィールで読んだことがあるの。
そこには、触れた者の感情が読み取れることともう一つ。
先祖返りとして生まれ、幼い頃から周りの過度な期待と理想を押し付けられながら育ったせいで自身を閉ざしたことを。
だから、彼を特別扱いせず、貴方自身を見ているのよと伝えてあげれば彼の心は動くことを私は知っている。
これで、彼は私の事が気になって気になって仕方がなくなったはずよ。
「あ、そうだわ。これ良ければ召し上がってくださいな。安心してください。毒などは入っておりませんわ。ほら」
顔を伏せている彼にクッキーの入った袋を差し出す。毒見でクッキーを目の前で食べてみせた。これもヒロインがしていたことをそのまま再現している。
ゆっくりと顔を上げた陛下は私の手元と顔を交互にみて不思議そうな顔をしていた。そんな顔も素敵で、思わず緩みそうになる頬に必死で力を込めた。
「これは?君が作ったの?」
「はい。殿下がお好きでよくお作りしております。味には自信がありますのよ」
そう言って差し出せば、陛下は恐る恐るといった様子で一枚摘み、口へと運んだ。
口に含んだ瞬間、陛下は目を大きく見開いてそして、優しく微笑んだ
来る!ついにあのセリフが、
「私以外の人を思うなんて妬けてしまうな」
やったわ...。遂にこの時がきたのね。
クッキーを受け取った後、一生懸命クリスのことを考えながら粉砂糖を振りかけておいたの。そうすれば、ミューリアの感情を上書きできると思って。陛下の事を考えてしまわないかとヒヤヒヤしたけれど、上手くいって良かったわ。
ずっとずっとこの瞬間の為に頑張ってきたんだもの。
このセリフは、モノの感情が分かる陛下が、気になり始めたヒロインの作ったクッキーが、クリスを思ってのモノだと分かり不満を漏らす場面だ。
つまり、陛下は確実に私の事を好きになり始めてる。早く私も伝えたい、この思いを。
その時、背後で何かが走り去っていくような足音がかすかに聞こえた。反射的に振り返ってみると、一瞬だけ桃色の毛先が庭園へと流れていくのが見えた。きっとミューリアに違いないわ。残念ね。いつも一足遅いのよノロマちゃん。
特に話す事もなく、しばらく二人で庭園を眺めながら過ごしていた。
そろそろ、時間かしら?
本当はもっと二人の時間を楽しんでいたいけれど、ここは一旦お預けね。
ーーーそして、クリスが倒れた。
王族暗殺未遂の疑いでミューリアを捜索することになり、私達は比較的安全な二階のバルコニーから他国の王達と共に外の様子を伺う事となった。ここまで、想定通りの展開に思わず笑いが溢れてしまいそう。
国王陛下も薄情よね。実の息子に薬を盛ることを許すなんて。
けれど、現実は私の想像を遥かに超えることとなった。
なによこれ、なによこれ、なによこれ.....
最高じゃない!こんなに面白い展開ある?
まさか、ミューリアが...ヒロインが闇堕ちするなんて!!
本来のシナリオであれば、悪役令嬢であるサブリナが、自分に婚約破棄を言い渡したクリスを恨み毒を盛った後、最後の悪足掻きとして、庭園に鬼火を放ち会場を混乱に陥れる展開だ。鬼火は神の力であり魔法では消すことは出来ない。それを、同じ先祖返りであるミューリアが勇敢に立ち向かい、最後は皇帝陛下と協力して火を鎮め、燃えてしまい灰だらけとなった庭園を元の美しい庭園へと蘇らせるのだ。因みに悪役令嬢サブリナはその後捕縛され投獄されることとなる。
それにしても、学園の時のように大人しく罪を被るのかと思っていたけれど、まさか反抗してくるなんて...いいわぁ。とてもいいわミューリアさん。ここはどうしてもシナリオ通りにならないと思っていたけれど、あなたのお陰でとても面白い展開になりそう。私は正義のヒロインであなたは闇堕ちした哀れな悪者。あぁ、なんて最高なの!
私が貴女を倒してあげる。だって所詮草花なんですもの。私の炎で全部燃やしつくしてあげるわ。ゲームであれば、陛下が助けてくれるのだけど彼は今、私の味方だからごめんね?そして、そんな貴方にとっておきのサプライズを用意したの。驚いてくれるかしら?
「あぁ、彼女はなんて素晴らしいんだ!そう思いませんか?陛下。みるものを魅了する美しさ!そしてなにより誰もが平伏してしまうほどの絶対的な神の力!」
近くで惚けた声がして振り返れば、赤茶色の長髪に片眼鏡をかけた青年が何かに取り憑かれてたかのように目の前の光景に釘付けになっていた。
「君は、相変わらずだね」
陛下は苦笑しながら呆れたような声で彼に話しかけている。そんなお顔もとても美しく素敵。
リストピアの宰相である赤茶髪の彼は、だれもが帝国の宰相の名に相応しいと言うほど敏腕であり、その一方で絶対的な実力主義者だと聞いたことがある。その為、皇帝陛下を敬愛し、帝国内の誰よりも堅い忠誠を誓っていることは有名な話だ。未来の皇妃もそれ相応の実力が条件で候補の令嬢達がそれを満たせていなければ、彼が突っぱねてしまうらしい。陛下もそれに意見する事は無いらしく、よほど彼を信頼しているのだろうことがわかる。
「君は下がっていたらどう?」
陛下がこちらに振り向き声を掛けてくださった。私のことを心配してくれているのね。そのお気持ちはとても嬉しいのだけれど、ここで宰相に実力を存分に見せておくのも私達二人の未来にとって、とても大切なことだと思うの。
私は少し下を向いて首を振った。
「いいえ、陛下。私が彼女を止めてみせますわ」
ミューリアさんの、おかげでストーリーを進めることができるわ。ありがとう悪役ミューリアさん。
「そう...頑張るのはいいけど、怪我をしたら許さないよ」
「は、はい。陛下の仰せのままに」
"怪我をしたら許さないよ"
ですって。はぁ...貴方様はどれだけ私をときめかせれば気がすむのかしら。
緩む頬に気合を入れてミューリアのいる方へと向き直る。さぁ、燃え尽きてしまいなさい。
『炎火球』
胸の前で合わせた手が段々と熱を帯びる。そのまま掌を開けば火球が現れ、手から浮かび離れると、どんどんとその大きさを増し、成長した火の球は勢いよく目標へと向かっていく。近づくにつれて勢いを増し彼女を包み込んでしまうほどの大きな炎となった。
「おぉ!デワイス嬢も素晴らしい力をお持ちだ」
ふふ。そうでしょう?これで、私の先祖返りとしての力を宰相にも見せられたのでは...
ーーーーーーっな!
私の火球を片手で受け止めるなんて....
いいわ、一度で終わってしまったらつまらないもの。どこまで私の攻撃に耐えられるのかしら?
ーーーーけれど、攻撃を撃っても撃っても、彼女には当たらず気がつけば目の前まで彼女が迫っていた。
どうして、あんなにも容易く私の攻撃を躱せるの?これが、本物のヒロインの力だというの?そんなの認めない。この世界は私のものなの。私がヒロインなんだから!
まぁ、いいわ。だって私の味方には彼がいるんだもの。流石のヒロインでもネストリダリウムの力には敵わないに決まってるわ。
覚悟しなさい。悪役のミューリアさん。
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