第39話 挿話 自称ヒロインの喜び 前編
なによこれ、なによこれ、なによこれ...
最高じゃない!こんなに面白い展開ある?
一か八かの賭けに私は勝った。ヒロインをこの婚約式に呼ぶことで、あの人を、皇帝陛下を登場させる事ができたわ。
現れた時は念願の彼を見て胸が熱くなって涙が出そうだった。ずっとずっと恋しくてたまらなかったあの人は画面通り本当にカッコよくて、でもそれ以上に綺麗で威厳があって思わず息を呑んだ。これでやっと、やっと私は彼と結ばれることが出来るんだわ。
彼とのダンスは夢のような時間だったの。クリスやその他の攻略対象達もみんな美形だったけれど、彼は別格。姿形もそうだけれど、きっと私の気持ちも違うから。
だってずっと彼を愛してきたのだもの。生まれる前からずっとずっと大好きだった貴方。
彼は隠しキャラだったから、全ルートを攻略した2周目以降にしか出てこない。
彼が現れたってことは対象者全員の好感度調整もしっかり出来ていたということになる。
対象者全員から愛されつつ、クリスと婚約式を挙げる直前。一週目には現れない選択肢が現れる。それは、ヒロインにとってこの婚約が乗り気ではないという選択肢。
クリスとの婚約が楽しみという選択をすれば、そのままクリスと結ばれ、乗り気では無いを選択すると皇帝陛下が現れる。
現れれば確実に彼と結ばれることが出来るのだ。
レギュラーの対象者とは誰とも結ばれることなく隣国の皇帝陛下にヒロインを略奪されるルート。
前世ではなかなか調整が難しくて何度も失敗した。なかなか現れないものだから、隠しキャラのビジュアルが気になって攻略前に必死にネットで探したものだ。そしてやっと見つけた彼の姿に一目で恋に堕ちてしまった。画面の中の人に恋をしてしまうだなんて、前世では誰にも言えなかった。今世でも、もちろん誰にも言えるはずがないからこの恋心は私だけの秘密。
だから、この恋心を初めて打ち明けるのは貴方。
でも、彼との結ばれた先を私はまだ知らないの。
やっとの思いで彼を出現させ、結ばれるところまでは覚えているのに、その後のストーリーの記憶が全くない。
きっとその直後に前の生を終えてしまったんだわ。
でも、むしろそれで良かったと思うの。だって、彼とのこれからを新鮮な気持ちで過ごしていけるのだもの。どんな素敵な日々が待っているのだろう。私の心臓もつかしら?あぁ、なんて楽しみなの!
そろそろかしら?
貴族達との挨拶をある程度受けたヒロインは慣れない社交の場と自分の気持ちとは裏腹な周りの期待に疲れてしまい1人になるためテラスへ出る。そこで一人で庭園を見つめる皇帝陛下と鉢合わせし、会話の中でお互いに惹かれる展開になるのだ。
だから、挨拶もそこそこに私はヒロインに先を越されまいと、はやめにテラスへと向かう。念のために同級生の数人にミューリアをダンスに誘うように促しておいた。"もう卒業したのだから、彼女に手を出すことはないわ。声をお掛けしたらどうかしら?"とね。
ミューリアに片想いしていた生徒達は、素直に表情を明るくして我先にと彼女をダンスへと誘いに行った。ほんと、単純なお坊ちゃん達は扱いが楽で助かるわ。
今までだって、重要なポイントではいつも一足遅くミューリアが現れた。その度に彼女は驚いた顔をしていたけれど、何も考えず素の行動でちゃんと攻略対象と出会すようになっているのだから、本当に油断出来なかった。
だから私は急いで彼が待つ場所へと向かう。クッキーを忘れずに持って。
「まぁ、綺麗」
扉を開けてヒロインのセリフを口にする。流石にミューリアのように庶民丸出しの話し方は出来ないわね。内容は変えずに私の言葉に直して話すように心掛けなくては。
その背中に聞こえるように大きめの声で呟けば、その愛しい顔をこちらへと向けてくれる。夜の闇のなかでも僅かな光を反射して煌めく深紫の髪に私の大好きなその美しいお顔。
貴方に会えた嬉しさを今すぐに伝えたいのだけれど今は我慢するわ。私はヒロインなのだから、ヒロインの言葉を口にしなければ。
私は驚いた顔をして手を口に当て、急いで謝罪の言葉を口にする。
「す、すみません」
ここでの、ヒロインの気持ちは、
"しまった。思わず大きな声だしちゃった。よりにもよって皇帝陛下がいらっしゃるなんて...。"
そのセリフを頭に思い浮かべて表情を作る。
そんなヒロインを見て皇帝陛下は微笑みながらこう言うのだ。
"確かにここの庭園はとても綺麗だね。良かったら一緒にどうかな?"
「確かにここの庭園はとても綺麗だね。良かったら一緒にどうかな?」
ふふふ、やったわ!ゲーム通りのセリフよ。
「も、申し訳ありません。...では、お言葉に甘えて失礼致します」
そして、恐る恐る陛下の隣へと並んで庭園を眺める。愛しい人の隣にいるという事実だけで顔が緩んでしまいそう。必死に耐えて次のセリフを待つのよ。
次のセリフは、
「そんなに気を張らなくていいよ。ここには私と君だけだからね。それにしても、どうしてここへ?君の王子様が心配しているんじゃないの?」
「ありがとうございます。
...少し緊張で疲れてしまって外の空気を吸いたくなったのです」
「...君はこの婚約、嫌なの?」
「へ?ど、どうしてですか?」
「それは、秘密だよ」
あなたの怪しく悪戯に微笑む顔があまりにも素敵だから私は思わず見惚れてしまった。
貴方は秘密と言ったけれど私知っているのよ。貴方が触れたモノの感情が読めること。だから、私がクリスとの婚約を望んでいないことに気が付いたのよね?
さあ、お話をつづけましょうか。
「と、ところで、陛下はどうしてこちらへ?」
「私も少し休憩がしたくてね。社交の場はあまり得意ではないんだ。ここの花は本当に美しいね。心が安らぐよ」
「陛下も苦手な事柄がお有りなのですね」
「はは。いくら先祖返りといっても私も人間だよ。苦手な事の一つや二つあるさ。そういえば、貴女も先祖返りだそうだね」
「はい。キジャの先祖返りです」
さぁ、いよいよここからよ。
平民故にお付き合いを断りきれず、先祖返りだった為に王子と婚約まで来てしまったヒロインが陛下に弱音を吐いてしまう場面。
けれど、私は地位的にも王子との婚約者に相応しく、ヒロインと全く同じセリフを言うことはできない。しかしここを違う言葉に変えてしまうのはリスクが高すぎる。
少し端折ることにはなるけれど、仕方あるまい。
「.....陛下は、先祖返りではなければ良かったと思ったことはお有りですか?」
少し唐突すぎるセリフになってしまったかもしれないけれど、ここは憂いを帯びた表情で乗り切るしかない。
私は恐る恐る陛下の返事を待った。
「...そうだね。僕はただの器だから。誰も僕を見ていない。誰も僕自身を知らないし知ろうともしない。虚しいだけだよ」
きた...。そうよ、これよ!このセリフよ!良かったぁ。上手くいったみたいね。
「陛下....」
さぁ、今からあなたの心に触れるわ
「...ふふ」
「え?」
「ふふふっ」
「...どうしたんだい?」
「もしかして、陛下は寂しがり屋さんですか?」
「君は何を言ってるの?」
表情を崩した貴方の動揺する顔もとても素敵。さあ、私を好きになって?
「陛下は寂しかったのですね。誰も、陛下自身に気がついてくれないから。もっとご自身を見てもらいたかったのですね。ふふふ、陛下は存外可愛らしいお方なのですね」
くすくすと笑いながら少し揶揄うようにけれど優しく、ヒロインの言葉を私の言葉に変えて彼に触れていく。
そう言ってしまえば、彼は困惑気味にテラスの柵に腕を置きそこに顔を埋めて大きな溜息を吐くのだ。そして...
「〜〜君は何なんだ」
ふふふ、思わず顔が緩んでしまいそう。こんなに上手くいって良いのかしら?
「陛下、ご存知ですか?」
「....なにをだい?」
「特別とは他と異なる事を言いますの」
「どういうことかな?」
「陛下と私は先祖返りでございます。一緒ですわ。つまり、私達の間で特別は存在しません。私は私。貴方様は貴方様。今はただそれだけでございますわ」
陛下は上げかけていた顔をもう一度自分の腕に埋めて、そう。とつまらなそうな返事をした。
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