第34話 ヒロインはメイドと出会う

気がついた時には、走り出していた。

もう何も考えられなくて頭の中がぐちゃぐちゃで。


 どうして、?どうしてネムがその人といるの?どうして?ネムまでその人のところへ行ってしまうの?私とずっと一緒にいてくれるって言ってたのに、、、


言葉が消えていく。大切な思い出が黒いモヤに覆われていくようだった。


 ネムまで私をあの人達と同じような目でみるようになるのだろうか。



 走って、走って、走り続けてそれでも庭園は広く、足を止めて花に囲まれひとり蹲み込んだ。足元に視線を落とせば慣れないヒールで走ったせいか足がじんじんと痛みを訴えてくる。


私はここで何をしてるんだろう。


 全く思考が働かず、涙すら出ない。

茫然としゃがみ込む私と痛みを訴えてくる足。

 その場から動けず、ただ、土の付いた靴の先を見つめていた。



 思い出すのはテラスで見つめ合う男女の光景。学園では何とも思わなかった光景だったのに、その相手が好きな人だとこんなにも苦しいなんて...


 アリーもこんな気持ちだったのだろうか。もともと、恋愛感情がなかったとはいえ、何とも思わないなんてことは無かったはず。

 自分の身に起こってはじめて、本当の意味で他人の気持ちを理解出来ることを知った。


 学園に入ってから知らなかった沢山の感情を知ってその殆どが知らない方が幸せだった事ばかりだなと自傷の笑みがこぼれる。


「ほんと、なんでこうなっちゃうんだろう...」


せっかく、ルナールに戻って穏やかに過ごせていたのにこっちに来た途端またこんな気持ちなる。やっぱりこっちの世界は嫌だ。嫌い。大嫌いだ。





 こうしてどれくらいの時間が経ったのだろう。学園生活やルナールに戻ってきてからの出来事、そして先ほどの光景が頭の中でぐちゃぐちゃに溢れ出して思考がうまく働かない。



ただ...一つの考えが頭の中に浮かんでくる。





 あの人は...皇帝陛下はネムじゃなかったのかもしれない。




 そうだ。きっとそう。ダンスでの会話は緊張のあまり見てしまった幻夢に違いない。だから皇帝陛下はネムではないし、あのバルコニーでの二人の逢瀬は私には関係ない。

きっとそうだ。


そうであってほしい。



もう私は貴族の世界とは関係無いのだから。ここで起こる出来事はすべて無関係で私は無関心のままいたらいい。



 そう思えば少し気持ちも軽くなってきた。

 そろそろ会場に戻らなければもしかしたら姿が見えない私をぐぅちゃんやエヴァンさんが探しているかもしれない。





「〜っう、っう、うぅぅぅ」



 泣き声?


私?ううん、違う。誰か泣いてる?


 そろそろ戻ろうとかと考えていると、どこからか微かに泣き声が聞こえてきた。

重たい顔を上げて辺りを見渡すけれど花壇に植えられた花でまわりがよく見えない。


 ...泣いている人も悲しいことがあったんだろうか。こんなところでどうして泣いているんだろう。

 気になってのそりと立ち上がった。


「おっと」


 暫くしゃがんでいたせいで足が少し痺れてよろけたけれど、なんとか踏ん張って転けずにすんだ。けれど、立ってもよく見えなかった。


どこから聞こえるんだろう


泣き声を頼りに歩みを進めていく。数歩、歩いていれば次第に足の痺れもなくなりすたすたと歩けるようになった。

 っほっと息を吐いて声の方へと歩みを進めていくと、すんすんと可愛らしい泣き声が大きく聞こえてくるようになってくる。


 そして、ようやくたどり着いた先には植木の影で小さくなって蹲るメイドのお仕着せを着た少女がいた。


 水色のくるくるショートカットのメイドさん。下を向いているのでつむじしか見えない。どうしよう。声かけても...いいのかな?



「あの〜、すみません。どうされましたか?」


 迷ったけれど、やっぱり声を掛けずにはいられなかった。だって悲しそうに泣いてたから。こんな暗くてだれもいない中一人っきりで。そんなの寂しいよ。


 私も寂しかった....


 声を掛けると、メイドさんは肩を大きく跳ねさせて固まった。

 なんだか悪いことをしてしまった気持ちになってきたけれど、声をかけてしまったものはしょうがない。なかなか動かないのでもう一度声を掛けてみる。


「あのぉ、大丈夫ですか?」



ゆっくりと上げてくれた顔を見たその瞬間私は、はっと息を呑んだ。


なんて、なんて可愛いい子なんだろう。クルクルの水色の髪がフワリと揺れて大きなまん丸の目にはこれまた綺麗な空色の瞳。そこに溢れんばかりに溜まる涙はクリスタルのようにキラキラと輝いている。少女の泣いている姿はとても愛らしく、いけないとは分かっていてもきっとこの子にとってこの泣いている姿が一番美しいのではないのかと思ってしまうほどに。

それほどに泣いている少女は魅力的だった。


 そんな彼女はこちらを見て大きな目をさらに見開き茫然とこちらを見ている。そして、また一粒の美しい宝石が頬を伝って落ちた。


「あ、あの、急に声を掛けてしまってごめんなさい。泣き声が聞こえたので思わず近づいてしまいました。...これ、よかったら使ってください」


 なんだか、申し訳ない気分になって慌てて言葉を繕い、ドレスの隠しポケットからハンカチを取り出して渡した。

 王都に向かう道中に立ち寄った小物屋さんでアリーとお揃いで買ったものだ。


 ーーアリー、会場で私のこと探しているだろうか。優しくて心配性のアリーの事だから直接話さなくとも視線で私を見守ってくれていただろうから。はやく、戻らないといけないな。


 それにしても....





「す、すみませんん。ありがとうございますぅう。っう、っう。」


 す、すごく泣いてる。なんて声かけようか。どうしよう、どうしよぉぉ。


 少女はハンカチを受け取ると恐る恐る目元に当てて涙を拭き取った。さっきよりも少し落ち着いたみたいで何より。


「あのぉ、何かあったんですか?」

「っすん。え、えぇとぉ、そのぉ」

「あ、別に言いたくなかったらいいんですけど、話せば楽になることもあるかなぁと思って...私で良ければですが」


メイドさんは、っばっと顔をこちらに向けた。そしてその大きな瞳から止まりかけていた涙がまたハラハラと溢れだす。


 なんでーっ!?


それをみて私はパニックである。何か言葉を間違えてしまったのかもしれない。どうしよぉ...私も泣きたくなってきた。


「あ、ありがとうございますぅ。あのぉ、綺麗なお花に夢中になって歩いていたら、この子をふんでしまって。....っうぅぅ〜」


 彼女がしゃがんでいる足元に視線を落とし、手を伸ばした先には元気を無くした白い花が一輪。それを優しく撫でながらまた一粒の涙をながしている。


 彼女は涙を拭い鼻をすすりながらポツポツと成り行きを話してくれた。


 仕えしている人がパーティに参加している間、時間が出来た為に一人で庭園を散歩していたんだとか。あまりに王城庭園が美しく感動して夢中で観賞していたところ、ふさりと足の裏に柔らかい感触を感じたらしい。嫌な予感がして恐る恐る足を退けてみたら、案の定花壇の外、通路側に生えた花を踏んでしまったようだった。それが彼女にとって、とても悲しい出来事だったらしくここで一人で泣いていたそうだ。

 それで、こんなに泣いてしまっていたなんて、彼女はなんて心優しくて繊細なんだろう。

 草花を大切に思ってくれる人はとても好きだ。さっきまでの心の靄はまだ残っているけれど、彼女の優しさに触れて少しだけ心は温かくなった気がする。



 私の力で少しでも元気になってくれるだろうか?


 経緯を説明してくれた彼女は再び花を優しく撫でている。



「この花は、クルーゼといって、とても強いお花なんですよ。踏まれても、再び起き上がって花を咲かせるんです」


 そう。この白い花はとても強い花だ。可憐な見た目をしているけれど、踏まれても踏まれても起き上がり、寧ろその度に根を伸ばしどんどん繁殖していく。きっと明日には一株分くらい範囲を広げているだろう。

 けれど、少しでも彼女に笑ってほしくて少しだけお花にワガママを言ってみる。


「可愛い女の子が泣いてるよ。さぁ」



『起きて』



 花にそっと手を添えて呼びかける。魂の奥底から湧き上がるあたたかいこの力は魔法とは似て異なるモノ。

 花は青白い光を淡く纏いゆっくりと顔を上げていく。そして、その隣から新たな芽を出した。

 やがて、光は粒となって消え凛と咲くクルーゼが彼女を見つめる。


「す、、、」


 花が元気を取り戻し、添えていた手を引いた。

 凛と咲いたクルーゼに微笑み、隣のメイドさんへと視線を移す。

 これで、少しでも元気になってくれると良いんだけどなぁ.....っ!?


「す、すすすごいですぅ〜っうっう。私感動しましたぁぁ」


号泣.....


「か、感動してもらえてよかった..です?...っふふ。メイドさんよく泣きますね」


ほんと泣き虫なメイドさんだな。


感動しても泣いてしまう彼女を見ていると、だんだんと視界が滲んでくる。

頬を伝う温かなものはルナールに戻ってからよく流すものだった。


「私も一緒に泣いてもいいですか?」

「へ?」


これは、もらい泣きだ。ただのもらい泣き。そうじゃなきゃさっきの出来事を事実だと肯定した事になってしまう。悲しくて泣いているんじゃない。私は無関係なのだから。


「ど、どうしたんですか?どこか痛いのですか?」


隣でメイドさんが慌てているのが分かる。急に泣き出して申し訳ないなと思いつつも、一度溢れた涙はなかなか止まってはくれない。先ほど自分のハンカチは渡してしまったから流れるままに流すしかないのだ。だから、私が泣いているのは仕方がない。だってもらい泣きだから。涙が止まらないのは仕方ない。だってハンカチがないのだから。



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