第35話 ヒロインは囲まれる
「あ、あのぉ、これよかったら使ってください」
可愛らしい震えた声に呼びかけられ、覆っていた手を離し、ゆっくりと顔を上げた。
きっとお化粧もとれてひどい顔になっているんだろうなぁ。そう思いつつも、それもどうしようもないかと諦める。
顔を上げメイドさんのほうへと顔を向けるとハンカチを差し出してくれていた。私が渡したものとは別の水色の刺繍糸で刺された模様が美しいハンカチだ。
綺麗な刺繍だなぁ。
差し出されたハンカチに思わず見惚れていると、その手があからさまにふるふると震えだした。
「わ、わた、私のもので良ければですが...」
どうやら、涙を拭くために自身のハンカチを差し出してくれたようだった。
「あ、ありがとうございます」
フルフル震える手からハンカチを受け取り、そっと目ともへと当てた。受け取るときに触れた彼女の手がひんやりしていて、泣いて火照った体から熱をとってくれるようだった。
「なんだか、ハンカチ交換したみたいになっちゃいましたね」
涙を流せて少しだけスッキリした。
彼女のおかげだなあ。
情けない鼻声でへへと笑って顔を上げると、何故か目の前の彼女が目を見開いて驚いた顔でこちらを見ていた。
「ど、どうしました?何か顔についてますか?」
あまりに動かないのでそっと顔を覗き込んで声をかけてみる。
すると、今まで出会ってからずっと泣いていた彼女がふにゃりと笑って私の両手をそのひんやりした華奢な手で優しく包み込んだ。
........わぁ。
そのあまりに愛らしい微笑みに思わず息を呑んだ。泣き顔がいいなんて、うそだ。彼女はこんなにも素敵に笑うんだもん。ずっと笑っててほしいなぁ。
「私、リコルと申します」
「リコルさん?」
「はい。リコルとお呼びください」
「...リコル。私はミューリアです」
「ミューリア様...。ミューリア様ですね」
「私のこともミューリアって呼んでください」
「いいえ、ミューリア様。私にはぜひミューリア様と呼ばせてください。それに、敬語も無くお気軽に話していただけたら嬉しいです」
彼女はまたふにゃりと愛らしく笑う。
「ミューリア様、もう大丈夫。大丈夫ですよ。私が、私達がいます。大丈夫です」
リコルはそっと私の額に額を合わせて大丈夫、大丈夫と何度も繰り返し声をかけてくれる。まるで、魔法の言葉のようなそれは心の中の重しがゆっくりと解けていくようだった。
そうして、何度も魔法をかけてもらえば、ほんとに大丈夫な気がしてきた。
「ありがとう...リコル。元気が出ま...出たよ。ごめんね、私、泣き虫みたいで」
「ふふ。私もです」
そうして二人で顔を見合わせて笑い合った。
しばらくして、会場に戻ることになり二人で立ち上がって庭園を歩いて行く。
ただひとつ。問題が....
「あの〜リコル?」
「はい?なんでしょうか?」
「...私庭園が広すぎて帰り道が分からなくなっちゃった」
夢中で走っていたから来た道をまるで覚えていなかった。
魔力を地に張り巡らせれば人の気配で会場を特定できるけれど、さすがにそんな広範囲に魔力を流すのも王城の庭園では躊躇ってしまう。どうしようか...
「大丈夫ですよ。私過去のことは大体わかりますから」
リコルはそう言ってふふふと微笑むと手を引いてこっちですと導いてくれる。
リコルは記憶力いいんだなあ。それにしてもなんて可愛い子だろうか。お友達になってくれないかなぁ。小柄で頼もしい背を見つめてホクホクしつつ手を引かれるままについて行く。そうしてしばらく歩いていればだんだんと花を照らす灯りとは別の華やかな灯りが辺りを照らし出す。どうやら、会場にもどって来られたようだ。
そして飛び出したテラスまで戻ってきた。
「では、一旦ここでお別れですね」
リコルの手が次第に離れていく。
もう流石にだれもいないけれど、このテラスを見ると先程の出来事を思い出してしまって一人になるのが心細くなってくる。リコルの手が名残惜しくて離れて行く手を只々見つめていた。すると、再びリコルの手が戻ってきて、泣いていた私を慰めてくれた時のように手をやさしく包み込んでくれる。
「ミューリア様。寂しいですが私はご主人様の元へと戻らなければなりません。なので今はここでお別れです。けれど、必ずまたお会いできます。だから、だから私はその時をとても楽しみにしています」
彼女の言葉が、目に涙をいっぱい溜めたその微笑みが心にそっと灯りを灯す。また、込み上げてきそうなものをグッと堪えて私も微笑み返すのだ。
「私も寂しいけれど、また会える日を楽しみにしてるよ」
そしてまた二人で静かに笑い合った。
ーーーッバン!!
その時、テラスのすべての扉が一斉に開き、帯剣をした騎士達が飛び出してきた。
「っきゃ」
「っへ!?なに!?」
あまりに急な出来事に二人で肩を大きく跳ねさせる。
庭園の方からも地鳴りのような足音が多数、勢いよくこちらに近づいてくる。そしてあっという間に騎士や兵士達に囲まれた。
何が起きているのか分からず状況が飲み込めない。
「な、なに?これ...」
多数の剣先がこちらを向いていている事実が不思議でならなかった。
茫然として全く動けずにいると、掌から伝わってくる振動で、ハッと我にかえる。
周りからリコルへと視線を移せば、涙を目にいっぱい溜めてカタカタと震えていた。握る手にも力が篭り、怖がっているのだと思った。
慌てて彼女の手を離し、一歩前へ出て背に庇う。
そして剣先を向ける騎士と対面すれば、そこではじめて、先頭にいる人物がアリーの婚約者であることに気が付いた。
「ローバル様。これは一体どういうことでしょうか。なぜ私が剣を向けられているのですか?」
こわい。この状況があまりに理不尽で無慈悲で。けれど、アリーの婚約者の顔を見て歯を食いしばる。
ーーーーきっと、またあの人だ。
だから私は恐怖を飲み込んで、声が震えてしまわないように胸を張って問いかける。
チラリと視線を横へと移せば、その間にも騎士が飛び出した扉から会場にいた貴族達が何事かと溢れ出てくる。広かったテラスも着飾った人々が埋め尽くしてしまえば窮屈そうだ。
ガヤガヤとした空気の中で、目の前にいる人物の舌打ちだけはやけに耳についた。
「白を切るつもりか、ルナール。婚約者の友人だからと、今まで大目に見ていたが、いよいよお前も性根が腐っているようだ。お前みたいな者が婚約者の友人だと思うと吐き気がする。アリーナも人を見る目がないようだ」
ああ。
胸から嫌な音がする。
崩れてしまわないようにぐっと堪えて自身の拳を握りしめる。
ダメだ。だめ。堪えるの。こんな世界にだって大切な人がいるんだから。耐えなきゃ。
何も言い返さずただその憎い顔を睨み返した。誰も言葉を発せずただただ沈黙が流れる。
「ミューリア・エルフィ・ルナールよ」
それを破ったのは、騎士達の後ろから現れた人物だった。
騎士達が道を開け、中央に出来た道をその重厚な声の主はゆっくりと歩いてくる。
「国王陛下...」
なぜ、陛下が出てくるのか。どうしてここまで大きな事が起こっているのかさっぱり分からない。あまりの出来事に冷や汗が背中を伝っていく。
「ミューリア・エルフィ・ルナール。其方を第二王子暗殺未遂で地下牢へと投獄する。これは王族への反逆罪だ」
そのよく通る声は、地響きのような響めきを呼んだ。貴族達の動揺は凄まじい。
けれど私は陛下の言葉を聞いても私自身が驚くほどに、心は凪いでいた。
ああ、、、そうくるんだ。
寧ろ、笑ってしまいそうだった。
どうやら、私はとことん彼女とこの国に嫌われているらしい。ほんと、私が何をしたっていうのだろう。
「私は何もしていませんし、知りません」
私は静かにそう答えた。
無駄だとは分かっていても、肯定だけは出来ない。エルフは嘘がつけないからだ。
「抵抗しても無駄だ。我が息子は毒を盛られたようだが、息子が倒れた傍らには其方が身につけていた髪結いのリボンが落ちていた。言い逃れは出来まい」
まさかと思い、手でリボンを結ってもらった位置を触ってみる。
そこには纏められた髪しかなかった。
ああ、なるほど。あの時か...。
踊っている時は回るたびにリボンの端がヒラヒラと視界に入っていた。だから、あの時は確かに私のもとにあった。
その後、給仕とぶつかった。何となく不自然なぶつかり方だとは思っていたけれど、そうか、あの時かぁ。
盗られていたとは思わなかったなぁ。
...なんだか、何もかもが馬鹿馬鹿しくて笑いが込み上げてくる。
っふと後ろを振り返ればリコルが下を向いて泣いていた。変なことに巻き込んじゃったなぁ。どうにかして、無関係なリコルを逃してあげないと...
顔を前に戻してっふと上を見上げるとバルコニーからは、国賓である王様達やその側近がこちらを見下ろしていた。
そこには、皇帝陛下もいてその隣に
ーーーーーサブリナ様もいた。
ああ。もう....抑えられない。
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