第33話 ヒロインは立ち止まる

というか、皇帝って?


 さっきは驚きと嬉しさですっかり忘れてたけど、皇帝ってなに?ネムは町長じゃないの?皇帝陛下?本物?


 ネムと踊り終わって挨拶をして離れるやいなや、次から次へとダンスのお誘いを受け、あれよあれよとダンスを繰り返した。

 お父さんと同じ歳くらいの紳士から小さな男の子まで。

 けれど、誘われた多くは学園生活1年目まではそれなりに話していた同級生達だったことに驚いた。皆、口を揃えて"あの時は力になれなくてすまなかった"と、小さな声で謝罪のようなものを述べていたけれど、そんなものはもうどうでもよく"過ぎたことですので"と返しておいた。


 それより皇帝陛下がネムだった事実がまだ頭の中で整理出来ておらず、その事ばかりが頭の中を占めてダンス相手との会話を謝罪されたこと以外ほとんど覚えていない。

 鮮明に覚えている事といえば最後に踊った8歳の侯爵子息に癒されたことくらいだろうか。彼は本来、社交界には出ない年齢だけど、伯母が王妃様で第二王子殿下は従兄弟なので参加する事になったらしい。小さい体で一生懸命にエスコートしてくれて本当に可愛かった。



 連続して何度も踊ると流石に疲れる。

ぐぅちゃんはどこにいるんだろうか?

会場に着いてからずっと一緒に居てくれたから、少しの間離れていただけでもうずっと会ってないような気になる。だんだん心細くなってきて急いであちこちを見回した。


 本当は今すぐにでも、もう一度ネムにあって色々聞きたいけれど、ダンスが終わり別れた後、ネムはすぐに国賓の席へと戻ってしまった。

 さすがにそこに向かう訳にもいかず、せめて姿だけでもと思って視線を上げてみるけれど、もうその席にネムの姿はなくどこかへ行ってしまったようだった。

 たくさん考えすぎて、姿を確認することもできなくて、なんだか先ほどの出来事は夢だったんじゃないかって思えてくる。 

 現実逃避の幻を見た。そう考えた方がしっくりくるぐらい。


 はぁっと溜息を一つ吐いて目的を思い出す。


 それにしてもぐぅちゃん、ほんとどこいっちゃったんだろう...




ーーーーあ、居た!


 見慣れた後ろ姿が見えて、そちらの方へ向かって歩みを進めていく。

途中で、またダンスに誘われそうになったけれど、ひとつ微笑んで躱していった。

私はもうヘトヘトなのだ。貴族様の体力すごい。


 ようやく、あと少しで声を掛けられる距離になった時、ぐぅちゃんの向かい側にエヴァンさんともう一人。金髪碧眼で王族特有の正装をした男性が立っているのが見えた。

 その姿を確認した瞬間歩みを止め、急いで方向転換をする。


 王太子殿下。この国の王位継承権第一位のお方だ。


 そういえば、ぐぅちゃんとエヴァンさん王太子殿下と同じ年で仲良くしてたって聞いたことあったなぁ。

幼なじみの片方は王族と仲良く、片方は険悪ってなんだコレ。



「どうしよう」


せっかくぐぅちゃんは同級生との再会を楽しんでいるのに側に戻って邪魔したくないし、もちろんアリーの側には行けない。

どうしようか。もう挨拶も済ませたことだし帰りたいなぁ。

 とりあえず、端っこにでも行こうか...


広間の隅へ向けて歩みを進めた。途中でまたダンスに誘われそうになったり給仕の人とぶつかってしまったりしたけれど、やっとの思いでなんとか壁際まで近づけた。



あ、、、



飲み物でも飲みながら、一息つこうと思ったその時テラスへと出られる扉を見つけた。


 外の空気でも吸おうかな。

きっと王城の庭園も見渡せるはず。

花が咲き誇る王城の庭園はとても美しいと聞いたことがある。一度でいいから見てみたかったんだ。テラスから外へ出られるなら少し庭園を散歩してもいいかな?なんだか気分転換がしたい。


 胸を躍らせつつ、テラスへと続く扉を開ける。少し開けただけで、流れ込む夜風が心地いい。手に風の抵抗を少し感じつつも力を入れて扉を開くと、花の香りに全身を優しく包み込まれる。

暗闇の中でライトアップされた花たちが星空に負けじとその存在を主張していた。


「うわぁ」


 思わず感嘆の声がこぼれ落ちる。

 なんて綺麗なんだろう。

 近くに行きたい衝動に駆られ、テラスに階段がついていないかを確かめると、


「あった!」


丁度、扉を開けたすぐ近くにテラスの柵の間に外に出られる2、3段ほどの階段を見つけた。早る気持ちを抑えつつ扉を静かに閉めて階段へと向かおうとした時、目的の階段とは反対側の方から人の話し声が聞こえた。

 反射的にその声の方へと顔を向けてしまったけれど、どうやら男女の逢瀬の場だったようだ。

 お邪魔しては申し訳ないので背を向けて急いで立ち去ろうとしたその時ーーーー








「私以外の人を思うなんて妬けてしまうな」


聞き覚えのある心地のいい声が耳に届いた。




「....え?」


 途端に、体が何かに縛り付けられように動けなくなってしまった。指の先から徐々に血の気が失われていくような感覚に陥り心臓がドクドクと騒ぎ始める。



いやだ、嘘だ。きっと何かの間違いだ。そんなはずない。


 何故か、学園での出来事が頭の中を駆け巡る。何度も見てきたその光景。何故か行く先々でその場面に出くわし、そして最後には皆その人へ愛を囁いていた。

そんなことをどうして今思い出してしまうのか。


見たくない。確かめたくない。


 そう思ってはいても足は歩みを止めて体はゆっくりと声の方へ向いていく。




「うそ.....」


瞬きさえ忘れて振り返ったそのさきには、

先ほど一緒に踊った私の恋人と名乗る皇帝陛下と...





ーーーーサブリナ様がいた。

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