第32話 ヒロインは皇帝陛下と踊る

曲がはじまり、片方の手は相手と繋ぎ、もう片方の手は肩に添えてお互いに向き合う形で踊りだす。皇帝陛下と踊っていることで、入場の時と比べ物にならないくらい視線が突き刺さる。絶対に間違える訳にはいかないのだ。

 お互いに顔を見なければいけないのは分かっていても緊張でダンスに集中できなくなりそうで、代わりに繋いでいる手を見つめる。細くてしなやかに見える手なのに繋いでみれば、私の手なんかよりよっぽど大きく節がしっかりしているのが分かる。男の人の手だなぁと不覚にもドキッとする。


 ダメだ。集中しなくちゃ。陛下はネムに似ているだけで別人なのだから。でも、綺麗な手でさえネムに似ていて、きっとネムの手もこんな感じなんだろうなと思ったらニヤけてしまいそうでまた危い。



「で、さっきの誰?」


 自身の邪な心と集中力が喧嘩していると突然、上から心地の良い声が降ってきた。けれど、上手く聞き取れず、声の方へと顔を向ける。


「っう」


 思わず声が出た。

 ネムに似すぎだよぉ。ドキドキしちゃうじゃん。浮気、ダメ!ゼッタイ。


「すみません。上手く聞き取れず、なんと仰ったのかもう一度お聞きしても?」

「先程、貴女と踊っていた男性は知り合いなの?」


表情は柔らかく微笑んでいるのに何故か言葉にトゲを感じる。なんで?


「あ、彼は私の幼なじみで東の森の先祖返りです。幼い頃から面倒を見てもらっているので兄のよ...うな....」


話している途中なのにある一点に気が付いてしまって、何も考えられなくなってしまった。


「ど、うして...?」


どうして、陛下が持っているの?


 胸ポケットのチーフの横で輝くピン。夕暮れの石が埋め込まれたフレイヤを加えた翠の瞳を持つ小鳥。それが光を浴びてキラリと光る。頭が混乱して言葉が出てこない。どうして....


 そんな私とは裏腹に、陛下は心底不思議そうにこちらを見ている。


「どうして、そのピンを陛下が持っていらっしゃるのですか?」


そのピンは私がネムにあげたものなのに。

 いつも会う時はそれで髪を留めてくれていた。それをなぜ、皇帝陛下が?


「どうしてもなにも、これは貴女が私にくれたものだ」


陛下の返事を頭の中で何度も繰り返すけれど、その言葉の意味が全く理解できない。


私がピンをあげたのはネムなのに。


「それは、私が恋人に渡したものです」

「私が貴女の恋人だ」


ーーー何を言ってるの?


陛下は表情も変えずに当たり前のように返事をしてくる。


 何だか段々腹が立ってきた。もうダンスに集中とかどうでもいい。この人が言っていることめちゃくちゃで何を言っているのかさっぱりわからない。

 その涼しげな顔がひどく嫌だ。顔はそっくりだけどネムはもっと表情豊かで、可愛いらしい人だ。



「失礼を承知でお話しをしてもよろしいでしょうか」

「かまわないよ」


よし、言質は取った。皇帝か何か知らないけれど、本当何言ってるんだこの人。


「誰と勘違いしているのか分かりませんが、私の恋人はネムと言います。皇帝陛下、貴方ではなく、ネムです!」


言ってやった。私は今すごく不快だ。


平民の私が隣国の皇帝陛下にこんな口を訊いて、ただじゃ済まないことは重々承知している。でも後悔はしてない。

私の大好きな恋人はネムだ。

 だからもう、顔を真っ直ぐ見ても動揺しない。


動揺し、、な、、、、ッ!?



「ミューリア」


 なんで...


なんでそんな...ネムみたいな笑い方...

少し照れた時の、あのふにゃりと笑う私の大好きな顔。どうして貴方がそんな顔するの




「あなた...誰?」

「私が分からない?」

「...分からないです」

「貴女の恋人なのに?」

「貴方はネムじゃない」

「そう...






 君本当に僕の顔覚えてる?どこからどう見ても本人なのにどうして分からないの?君の目は節穴なの?」




ーーーーーうそ...






「え...本当にネムなの?」

「君、どこで僕って判断してるわけ?」

「口の悪さ」


はぁ。と目の前の人は大きな溜息を吐いた。皇帝陛下と踊っていた筈なのに、いつの間にか相手がネムで...胸がいっぱいでうまく言葉が出てこなくて、訳が分からなくて...

 ただ、ふんわりと暖かい手の方へと視線を向けるとそこには繋がれた、綺麗で大きな手と私の手。ずっと焦がれたこの瞬間。やっと、やっと触れられた。







「ねぇ、もっと感動的な触れ方が良かったな」

「感動的でしょ?サプライズ。

 迎えに来たよ、姫。」

「っぷ、あはは。ネム、王子様みたい」



 周りに聞こえないようにコソコソ話をしながらのダンスはとっても楽しかった。


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