第31話 呼び出し

「ご機嫌よう」

「アリー!!!!!」


 心の声が通じたのか絶妙なタイミングでアリーが来てくれた。天使だ天使が来た!!!


「ふふふ。ミューリア様。やり直しですわ」


ひぃぃぃ


 口は笑っているのに目が笑ってない。悪魔だ!悪魔がいる!


「ご、ご機嫌よう、アリーナ様」

「補習ね」

「.....お手柔らかにお願いします」


隣でぐぅちゃんとエヴァンさんが笑いを必死で耐えているのが分かる。見なくても分かる。視界の端で小刻みに揺れている。許さん。


 その後顔見知りであるぐぅちゃんとエヴァンさんも挨拶を交わし四人で歓談しているとアリーの後ろから婚約者であるアレク様がやってきた。


 顔を見た瞬間嫌悪感が一気に溢れ出す。


 アレク様は学生の頃、私を責め立てた王子の取り巻きの一人だ。でも、この人に関してはそんなことどうでもいい。

 この人はアリーという婚約者がいるにも関わらずサブリナ様に恋慕し、逢瀬を繰り返した。それだけなら人の心は制御できないこともあるから仕方ないと思えた、いや、思えないけど、アリーが気にしないと言うから気にしないようにしてるだけだけれども!!

今もこうして当たり前のようにアリーの隣に並んでいる。そのことが腹立たしくて堪らない。


 アリーが眉を潜めて扇で口元を私だけに見えるように隠し、離れるように促して来るけれど、関わると面倒くさいことになると分かっていてもここで逃げる訳にはいかない。

 隣に並んだ彼は何も言わず私を見下ろしこちらを睨み付けている。私はそれに負けじと睨み返す。他の取り巻きであったなら関わらまいと離れていただろうけど、この人だけには負けたくなかった。


 その時、ッスと隣に居たぐぅちゃんとエヴァンさんが私の一歩前にでて、何事もなかったように、にこやかにアレク様と挨拶を交わし出す。


その二人の後ろ姿を見てッホと力が抜けた。


 ほんと、どこまで知ってるんだろう。情報はエヴァンさんが集めてぐぅちゃんと共有したんだろうけど。いや、どこまでというより、きっと学園でのことほとんど知っているんだろうな。エヴァンさんの情報収集能力凄いらしいもんなぁ。


 気まずい雰囲気から救ってくれた二人の間からアレク様の隣にいるアリーと目が合いお互いに苦笑した。


「ミューリア・ルナール様」


 突然、後ろから声をかけられ肩が跳ね上がった。恐る恐る声の方へと顔を向けると立派なお仕着せを来た初老の男性が立っていた。


「はい、なんでしょうか」


とりあえず、名前を呼ばれたので返事をしてみた。誰だろうか。


「国王陛下がお呼びです」

「私をですか?」

「はい。どうぞお越し下さい」


なんで王様が私に。というか私一人だけで?行きたくない。怖い。

 私だけしか呼ばれてないってことはぐぅちゃんもエヴァンさんも、アリーにも付いてきてもらえない。一人でなんて行きたくない。

 チラリと陛下がいるであろう場所に視線を移せば艶めく黒髪が側に見える。

 きっと側にサブリナ様と王子殿下がいる。いつかはタイミングを見計らって必ずお祝いの挨拶に行かねばならない事は分かっていた。けれど、まだ心の準備ができていない。


 それでもこの案内の人についてかなければならず、唯一味方である三人と少しずつ距離が離れていく。心配そうにこちらを見送る三人の視線に思わず泣きそうになった。

 初めは一人で参加しようと臨んだこの日。けれど、ぐぅちゃんとエヴァンさんが迎えに来てくれた。

 話さないようにするからね、離れていようね。と、あれほど出発前に確認し合ったのにそれでも心配になっていつも通りを装いつつ側に来てくれたアリー。三人がいたから私は今ここに立っていられたんだと今更気が付いた。

 三人から離れていくにつれて、段々と視界が狭く暗くなっていくような錯覚に陥る。


「よくぞ来てくれた。西の守り神」


渋い少し掠れた声が突然近くで聞こえ、はっと意識を目の前に集中させた。いつの間にか国王陛下の目の前まで来ていたらしい。

 慌てて礼をする。アリーと練習したことを必死で思い出し陛下への挨拶の言葉を述べた。

 表を上げる許可を経たのでそのまま勢いで隣にいる婚約する二人へのお祝いの言葉を贈る。まっすぐ姿を見る事に抵抗があったがこればかりは、乗り越えなければならない事だと自分に言い聞かせて真っ直ぐ顔を向け、ぎこちないながらも微笑みを浮かべた。

 サブリナ様は心から嬉しいと言わんばかりの微笑みを浮かべ、第二王子は目を合わす事なく素っ気ない返事だった。


 反応はどうであれ、とりあえず今日すべき最大の難関を乗り越え少しだけホッとした。あとは、なぜ呼び出されたか、だ。

 再び顔を国王陛下へと戻し、言葉では不敬になるので、そっと視線で伺ってみる。

 それが伝わったのかは分からないけれど、陛下はすぐに本題を切り出した。


「皇帝が、リストピア帝国とフォレスティア王国の国境に位置する西の森の先祖返りに会いたいというので其方を呼んだのだ。失礼のないようにしなさい」


 国王陛下は立派な顎髭を撫でながら厳しい視線で釘を刺してくる。その鋭い視線が、学生の頃よく睨まれた殿下の目とそっくりでとても嫌だ。


「初めまして森の精霊姫。私は隣国リストピアの皇帝、ネストリダリウム・ユイリュ・ノア・リストピアだ」


突然、国王陛下の隣から現れた人物に驚愕する。こんなに凄まじい存在感を放っているのに全然気が付かなかった。わざと気配を消していたのだろうか。

 それにしても、と背の高い皇帝陛下を見上げそのご尊顔を先程の入場の時よりも近くで拝見する。


 やっぱりネムと瓜二つだ。その煌めく深紫の髪色も人外じみた美貌も美しい黄昏色の瞳も。背丈だって、ちゃんと並んだことがないから分からないけれど、きっと変わらない。    違うのは服装と丁寧な言葉遣いと纏う空気くらいだろうか。


「フォレスティア王国、西に位置する精霊の森、エルフの先祖返りミューリア・エルフィ・ルナールと申します。皇帝陛下にお会いできて光栄です」

「そう、畏まらなくていい。良き隣人として挨拶をしたかっただけだからね」


話せば話すほどネムからかけ離れていく目の前の高貴な方。

どうしてこんなにもネムに顔が似ているのか.....


ーーーあ、もしかして


私とぐぅちゃんが似ているみたいに神様だった頃にネムと皇帝陛下は兄弟だったのかもしれない。だから違う人物でも姿形が似ているとか?



「ルナール嬢、私と一曲踊って頂けませんか?」

「へ?」


 ネムのことを考えていると、突然ダンスのお誘いを受けてしまった。どうしてそんな流れになったのだろう。さっきぐぅちゃんと踊って失敗したばかりなのに初めて会う、しかもこの世の頂点と言っても過言ではない皇帝陛下と踊るなんて正直ご遠慮したい。

 そう思いつつ、すぐに返事が出来ずチラッと国王へと視線を向ければこちらを射抜かんばかりの鋭い視線が返ってくる。


 どういう意味の視線なのか分からないよ。とりあえず断ると、この場合不敬になるの?もう嫌だぁ


「あの、私こういう場は不慣れであまりダンスが得意ではないのですが宜しいでしょうか...?」


とりあえず正直に話してみることにした。

これ以外に返す言葉が見つからなかったのだ。


「そんな事はない。先ほど目見麗しい男性と踊っていたのを見かけたが大変素晴らしいダンスだったよ」


目見麗しい男性?


 .....ああ、ぐぅちゃんのことか。確かに顔はほんとに綺麗だもんなぁぐぅちゃん。



 結局断れず差し出された手を取り、王族に礼をしてから背を向けダンスホールへと歩み出した。

その瞬間ピリッとした殺気を背中に感じ、その方向へと振り向けばそこには只々微笑むサブリナ様がいた。

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