第30話 困惑

そのざわめきは次第に大きくなり入り口の方から正面の舞台まで人の波が左右に分かれ道が開かれていく。ダンスの曲も次第に消え踊る人々も足を止めた。

 何が起こっているのか分からず、とりあえずぐぅちゃんと二人で周りの動きに合わせて移動する。


 ちょうどホールの中央付近で踊っていたために移動したはいいものの、ちょうど開かれた道は目の前にあり、これから何が起こるか分からず緊張してしまう。もっと壁際にいれたのならこの緊張も違っていただろう。


「ぐぅちゃん、何だろう?見える?」


右隣に居るぐぅちゃんの方が入り口側だし何より私より背が高い。何が起こっているか見えるだろうか。


「いや、まだ何も見えない」

「そっか。ほんと、何だろうね」

「ついに、お見えになったようだね」

「え?あ、エヴァンさん」



いつの間にか左隣に来ていたエヴァンさんがものすごく自然に会話に入ってきた。

 東の森に遊びに行った時もいつの間にかフラッとやって来て気がついたら居たみたいな事が多々あるので今更驚きはしない。ただ、気配を消すのはやめて欲しいなと常々思ってはいる。


「お見えって誰がだ?」

「リストピアの皇帝陛下だよ」


ドキリと胸が弾む。"リストピア"その名前を聞くだけで嬉しい。いつか行ってみたいなぁ。すぐ隣にあるのに一度も足を踏み入れたことのない土地。見慣れたはずなのに触れた事もない木々とそれらを包む空気。けれど愛おしいその場所。

 触れ合ったことはないけれど心を通わせた少し風変わりな恋人関係の私たち。

 今日初めて謁見する雲の上のような存在の皇帝陛下だけれど、大好きな人の住む土地を治める人だからとても興味がある。どんな方なんだろう。


 入り口近くの人々から敬意を表する最も深い礼をしていく。それに従って私たちも頭を下げる。徐々に数名の足音が中央にできた道を進んで正面の舞台へと進んでいく。その気配が近づくにつれて今までに感じた事のないような、上手く言葉で表せない圧倒的な力に畏怖の念を抱いた。


 足音が近づき緊張が増す。


 いよいよ自身の前を通り過ぎるその時、ふわりと優しい風が頬を撫でた。それと同時に愛しい香りが私を包む。

 毎回とまではいかなくてもたまに感じる愛しい人の香り。初めて感じたのはリリの首元だったことを今でも鮮明に覚えている。

けれど、どうしてネムの香りが?突然の感覚に思わず顔を少し上げてしまったちょうどその時目の前を皇帝陛下が通り過ぎてーーー


「...え?」


零れてしまった音にいち早く反応したのはエヴァンさんだった。


「ミューリアちゃん」


小さく困惑気味に掛けられた声に、っはと我に帰り再び頭を下げる。

 あまりの衝撃に心臓がばくばくと大きな音を立ててその存在を主張してくる。

 似てた...すごく。本人かと見間違ってしまうくらいに。


 その後、礼が解かれ皇帝陛下とその臣下達はフォレスティア王家と会話を交わしていた。もう一度顔を見てみたかったのにその後は、後ろ姿しか見えずしばらく確認できそうにない。


「はぁ...」


何だか、一気に疲れてしまった。もう一度踊る気にもなれず飲み物をもらって壁際へと移動する。

 ぐぅちゃんとエヴァンさんも私の様子がどうにも変だと気が付いたのか一緒についてきてくれた。


「ミュー、お前急にどうしたんだよ」

「何か、気になることでもあるの?」

「いやぁ、皇帝陛下が知り合いにあまりにも似てたからついびっくりして声が出ちゃって。ごめんなさい」


本当に似てた。皇帝陛下がネムにそっくりだった。綺麗な髪の色も整いすぎた横顔も。

ただ、雰囲気がまるで違った。ネムは、なんて言うんだろう...こうもっと優しくて柔らかいのに、陛下は少し...怖かった。顔は似てるのに纏う空気がまるで違う。


 再び楽団が音楽を奏で始め、皇帝陛下と本日の主役の一人であるサブリナ様が踊り始める。その姿を遠くから見つめ、関係のない世界なのに何故かチクリと胸が痛んだけれど、すぐにそれも気のせいだと思った。

 あの方はネムじゃない。姿形は似ているけれど、纏う空気が違う。それに、そもそもネムが皇帝陛下なはずがない。だってネムは隣町の町長なのだから。


「あ、もしかして、知り合いってミューリアちゃんの想い人?」

「へ!?あ、まぁ。なんていうかそのぉ....そう、ですね...」


急に先ほどの何とも言えない気恥ずかしい会話が始まり動揺が隠せない。


「なんだ、ミュー。あんなイケメンなのか?やっぱり一度は会わないとな」

「なんでよ、ぐぅちゃん」


 ぐぅちゃんまでも会話に入ってきた。誰か助けて。

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