第29話 兄とのダンス

ファンファーレが鳴り響くと会場であるホールを上から見下ろせる客席に国賓である近隣国の国王、貴族が現れる。

 今回はフォレスティア王国を囲む隣国の四人の国王とその側近である高位の貴族が国賓として招かれているとアリーが事前に教えてくれていた。

 アリーはその全員の名前は勿論、今回招かれている貴族の名前をほとんど頭にいれているのだから本当に凄い。すごいすごい言ってたら『ミューだって賢いのだから覚えられるわ』っと言ってなにやらガサゴソ分厚い本を出してきたから急いで寝たフリをした。こわい。


 そんなことを思い出しつつ上を見上げ順番に王様達の顔を拝見していく。さすが国を治める主なだけあり有無を言わせぬ威厳がある。自然に背筋がのび会場の緊張感が増していることを肌で感じた。アリーとはまた違う怖さがある。




ん?.....ッひぃぃぃ



 視線を感じてそちらをチラリと向けば婚約者と先に来ていたアリーと目があった。

扇で口元を隠してはいるが、目を細めてなにやらこちらを見定めているような見透かしているような...そんな視線を送ってきている。もしかして今考えてたことバレた?確かにアリーには、すこーしだけ失礼なこと考えてた自覚はある。あるけど、なにそれ...こわい、こわい、こわい。

 とりあえず愛想笑いをひとつしてギギギと音が聞こえそうなほどぎこちなく視線を二階席へと戻した。




 ホール正面にある舞台から一番離れている2階席の国王から順番に視線を動かす。


「向かって右手側、舞台から一番離れた席に座るのが東の隣国フィスティラ国の王、その左横が北の隣国ノストラト国の王、その隣が南の隣国シティランダ国の王だよ。リストピアの皇帝はまだ来られてないみたいだね」


隣からコソッと小さな声でエヴァンさんが教えてくれる。シティランダは顎髭を立派に生やした強面の王様、フィスティラは白髪の優しそうなお爺ちゃん王様。そしてノストラトは女王様だ。真っ白な肌に純白の髪。凛として少し冷たそうな雰囲気はまるで雪の化身のよう。同性の私でも魅せられてしまうほど美しい女王様に見惚れていると、ファンファーレが別のものへと変わる。

 次いで壇上にフォレスティアの王族である国王陛下、王妃殿下、王太子殿下が登壇する。その3名が着席すると本日の主役である第二王子殿下とその婚約者サブリナ様が現れた。


 久しぶりに見た姿は自身の感情を抜きにすればとても美しいかった。けれど、今はただ嫌悪感しかなく、見たくはないのに金縛りに掛かったかのように視線すら動かせずにいる。体が震えぬように、涙が溢れないように、逃げ出してしまわぬように強くスカートを握って耐えることしかできない。


「ミューリアちゃん」


小声でエヴァンさんに名前を呼ばれてっはっと我に返った。ちょうど会場にいる人々がゆっくりと隣国の王と自国の主に敬意を払い最も深い礼をとっているところだった。私も慌てて淑女の礼をとる。

 その瞬間耳からシャランと軽やかに揺れる愛おしい音が私だけに聞こえた。

 強張った頬に徐々に熱が灯っていく。そして誰にも聞こえぬように小さく笑った。大丈夫。今日この時を乗り越えれば精霊の森へ帰れる。このイヤリングとネムの花、そしてこのドレスを身につけた私はきっと大丈夫。

それにアリーだって近くにいてくれる。今度は背中を向けて離れているんじゃない。しっかり向き合って心を通わせて見守ってくれているのだから。ぐぅちゃんだってそう。私の側でいつも通りの姿で味方でいてくれる。エヴァンさんだって社交の場になれない私をこうして優しくフォローしてくれている。大丈夫。私は一人じゃない。



 会場にゆったりとした音楽が流れ始める。第二王子殿下とサブリナ様がゆっくりとホール中央へと降り、ファーストダンスを踊り始めた。いよいよ、始まったのだ。


「ミュー。大丈夫か?」


ぐぅちゃんが心配そうに顔を覗き込んでくれる。


「へ?あぁ。うん。大丈夫。ありがとうぐぅちゃん」


 これから、何が起こるんだろう。もう、してもいない事を押し付けられるのはいやだ。


これがただの杞憂であればいい。

ぐぅちゃんや他の先祖返りも呼ばれているから私も呼ばれた、ただそれだけの理由だと思いたい。お願い。私に構わないで。何も起こらないで。


 一曲踊り終わると盛大な拍手が送られ、その後続々とホール中央に人が集まり踊り出す。男女がペアとなり優雅にダンスを楽しんでいる様子を見ていると改めて貴族と平民の違いを感じた。華やかで美しい世界。側から見れば憧れの世界のように見える。でも私はこの美しいハリボテの世界より無礼講で大声で笑い合う町の祭りの方がいい。早く帰りたい。


「ぐぅちゃんは踊らないの?」


隣で同じようにダンスを楽しむ人々を眺めていたぐぅちゃんを虎視眈々と狙うご令嬢が徐々に近づいて来ている。きっとダンスに誘われたいのだろうな。あれは狩人の目だ。借りをする東の狼よりも目が鋭い光を放っている。こわい。


「なんだミュー、踊りたいのか?行くか?」

「いや、踊りたいとかはないけど...っというかぐぅちゃん踊れたの?」

「ミューリアちゃん。安心して。僕達が学生の頃、グレンにはきっちり叩き込んだから。ここへ来る前におさらいしたけど今でも完璧だよ」


エヴァンさんが楽しそうにこちらへとウィンクをする。とても爽やかに答えてくれたのにそれに返す笑顔が引き攣るのは身に覚えのある体験だからかもしれない。


「ぐぅちゃん。貴族の幼なじみって面倒見が良すぎる時あるよね...ははは...」

「この気持ちをわかってくれるのはお前だけだよ、ミュー」


二人で顔を見合わせて苦笑していると、なんだか本当に面白くなってきてっぷっと小さく吹き出した。


「じゃあ、踊りますか?エルフィ?」

「お願いします。エルフィオ」


お互いに魂の名を呼び合う。

 かつて四人のエルフは兄妹だったらしい。だから、私とぐぅちゃんは血は繋がっていなくても同じ瞳の色を持ち容姿だって少しだけ似ている。今の私に兄妹は居なくてもちっとも寂しくなんてなかったのはぐぅちゃんがいてくれたからだ。

 小さな頃から頻繁に会っていたからこそ知らないことなんて無いと思っていた。だからこそ知らないぐぅちゃんの一面を知れることはとてもワクワクする。

 踊りたいとは思っていなかったけれど、悪くない気がしてきた。それにぐぅちゃんを狙っていた女の子達には申し訳ないけれど、今日は私がニコちゃんのぐぅちゃんを守るって決めているからね。あなた達とぐぅちゃんを踊らせるわけにはいかない。それにブラコン心がちょっぴり。お兄ちゃんは渡さない。


 二人で手を取り合いダンスホールへと向かう。

 その途中、ぐぅちゃんを狙っていたご令嬢達の前を通り過ぎる瞬間雷が足元へと流れて来る気配を感じた。

 咄嗟に下ろしている方の手でさりげなく空を指で弾じいて雷を跳ね返す。


びっくりしたぁ。こわいすぎるよ。隣でぐうちゃん笑ってるし。勘弁して


ッピキンと魔法が弾けた感覚にホッと胸を撫で下ろした。

驚いたけど、表情には出さずに対処できて良かった。地を巡る魔力の動きには敏感なんだよね。

その後ッドサっと一人の令嬢が気絶した。貴族令嬢はドレスの締め付けのせいで倒れることがあるらしい。だから、特になんの騒ぎにもならずに医務室へと運ばれていった。

 魔法が跳ね返り倒れてしまったという事実を知るのはきっと私と隣で笑ってるぐぅちゃんと彼女だけだ。


 音楽が別のものへと切り替わるタイミングでダンスに加わる。お互い向き合って踊るのは気恥ずかしいけれど、エヴァンさんの言っていた通りぐぅちゃんは踊るのがとても上手く一緒に踊りやすい。


「ぐぅちゃん本当にダンス上手だったんだね。喋らなければ完璧な紳士だよ」

「一言余計。ミューこそ魔法上手くなったな。昔はエルフの力以外はポンコツだったのに」

「だから魔法を学ぶ為に学園に入ったんだよ。そんな事より気付いてるなら笑うより助けるとか心配してくれても、良かったんじゃないかな?」


目を眇めてぐぅちゃんに不満を漏らす。笑うだけ笑って、あの様子を楽しんでただけじゃないか。すっごくびっくりしたんだから。びっくりして声出したかったけれど瞬時にアリー教官の鬼顔が浮かんで必死に耐えたんだから。怖いんだから!アリーが!!


「何言ってんだよ。エルフィーはエルフの中で一番神の力が強いんだぞ?俺の出る幕なんてねぇよ。寧ろ守って?」

「魔法と神の力別ものなんだけど!?」

「ほら、お喋りに夢中でステップ間違えてるぞ」

「え、あれ?次何だっけ?」


 まずい、お喋りに夢中になりつつ踊っていたので、ダンスに意識を戻した途端、頭がこんがらがってステップを上手く思い出せない。これは本当にまずい。あの日々が全て水の泡になってしまう。


とりあえずぐぅちゃんにリードしてもらいつつ、何となくで足を動かしていると急にホールの入り口辺りがざわつき始めた。

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