第26話 甘い仕返し


 ネムのお陰で元気がでた。今怯えたって仕方がない。乗り切るしかないのだ。前を向こう。

 そうだ。明日からの3日間はアリーとの楽しい旅なのだ。沢山お話しして休憩では一緒にお買い物をしたり、美味しいものたべたりして。頑張るのはたったの1日だけ。大丈夫。それを乗り越えればまたこうしてネムと一緒に過ごせるんだから。


「ありがとう、ネム。

 じゃあ、そろそろ帰ろっか」

「あ、少し待ってくれる?」

「ん?」


手を地面について立ち上がろうとした時、ネムの待ったがかかり、とりあえず手についた土をはらった。


 何だろう?

 ネムの方を向けば、パチンッと指を鳴らす音が響く。それを合図にネムの側にあった、クッキーが入っていたカゴにかけてある赤いチェックの布がふわりと浮き、丁度中が見えないように籠の上に掛けられた。

 そしてこちら側へと壁をすり抜けて移動してきた。


「いつも綺麗に片付けてくれてありがとう?」

「違うよ、そういうことじゃない。中見て」

「中?」


 何だろう?

首を傾げつつそっと布をめくってみた。

 そこには一輪の菫色の小さな花と小さな小箱が入っていた。それを手に取りネムの方へと視線を上げる。


「これ、なに?見たことあるような、ないような?可愛いお花だね」

「それ、ミューリアがくれたピンのモチーフの一つになっているフレイヤっていう花だよ」

「あぁ。なるほど!だから見たことあるような気がしたのか」



 それにしてもやっぱり綺麗なお花。花弁がひらひらと愛らしいレースみたい。花の表面は濡れていないのに朝日を浴びて輝く朝露のようにキラキラとしている。花弁は中央に行くにつれてほんのりと薄橙色に色を変え、美しい夕暮れのようなそれはネムの瞳のように温かく美しい。

 ピンに埋め込まれた石の色そのままのフレイヤが見れば見るほど愛おしく感じてずっと眺めていたいほどに.....


ん?




 っふとガラス細工のお兄さんの言葉を思い出す。


『フレイヤという伝説の花がモチーフに...』


 そうだ。たしかお兄さんフレイヤは伝説の花って言ってたよね?じゃあ、目の前にあるこの花は何?フレイヤ?いやぁ、まさか。


「ねぇ、前にフレイヤって伝説の花って聞いたんだけどそのフレイヤとは違うよね?」

「フレイヤは一種類しかないけど?」

「じゃあ、これ伝説の?」

「フレイヤ」

「えー!なんでなんでなんで!?」

「まだ秘密」


クスクス笑ってまた揶揄いの色がネムの瞳に灯る。その楽しげな瞳がいつもズルイなと思う。


「婚約式にはドレスを着るんでしょ?ならその時のアクセサリーの一つにでもしてよ」


 ネムは楽しそうに私の顔を覗き込んでくる。もう見慣れてもいいはずのその顔は何度見ても綺麗過ぎて目のやり場に困ってしまう。恋心を自覚してからは尚のこと。

 だんだんと頬が熱を帯びていくのが分かって、でも気付かれるのはなんだか悔しくてフレイヤへと視線を戻した。


「でも、このお花生花でしょ?ドレスを着るのは4日後なんだけど、それまでに枯れてしまわない?」

「それは君が何とかできるでしょ?お野菜元気に育てられるんだから」

「あ、なるほど。確かに。ところで、念のために聞くけど、馬鹿にはしてないよね?」

「まさか。素敵な力だよ。羨ましい」

「ねぇ、本当にそう思ってる?」

「もちろん。僕だって嘘はつけない」


 わざとらしく戯けてみせる顔に対して私は大袈裟に目を眇めてネムを睨む。

そして、どちらからともなく吹き出して笑い出した。


「でもこのお花のお陰でネムと一緒にいるような気持ちになれるよ。ありがとう」

「どういたしまして。出来れば首に近いところに添えてくれると嬉しいけど」

「分かった。当日着付けてくれるメイドさんにお願いしてみるね」

「あともう一つ。箱開けてみて」


指を指された先にあるカゴの中から、フレイヤと一緒に入っていた小箱を取り出す。上質そうな革張りの箱の蓋側には見たことのない魔法陣のような刻印が押されている。

 それを手の平に乗せ、もう一度ネムの方をちらりと見れば、瞬きで先を促され、恐る恐る蓋を開けた。





口に手を当てて息を呑んだ。

 そこには黒い雫形の石がついたイヤリングが静かに佇んでいた。手の平に納まる程度の大きさなのになんとも言えない威厳があり、私が今持っていることが恐れ多いとすら思うくらい。

 全てではないけれど、黒はあまり好ましく思えない。けれど、この黒はなんだか不思議だ。


「ねぇ、それ手に持って月の光にかざして見て」


ネムに言われた通りに、二つあるイヤリングの片方を手に取り月の光が当たるように上へと持ち上げる。


「ーーーっうわぁ」


雫は月光を受け止め内なる輝きを放ちだす。

 黒だと思っていたそれは深い紫で、世界中の美しい夜空を閉じ込めてしまったかのように煌めいていた。


「きれい...なんだかネムみたい」


髪色と一緒なだけじゃない。

威厳と気品と美しさと優しさとそれを彩る煌きと誇り。この雫がネムそのもののよう。


「.....僕は自分で思ってたよりも幼稚だったみたいだ。君が僕と一緒に居るって言ってくれた事がすごく嬉しかった。けど、それ以上に焦った。君の手を取ることのできない今、他の誰かに取られるかもしれないと思うと不安で堪らないんだ」


苦笑いしながら、ネムの瞳は戸惑いに揺れていた。


「私、ネム以外の誰かのところなんて行かないよ。ネムが好き。初めて恋したの。私ネムとの恋しか知らない。ネムとの恋だけがいい」


 真っ直ぐネムの顔を見て私の思いを返す。

心外だ。だって私はこんなにもネムが好きなのに。よそ見なんてしないのに。

 そんな私の言葉にネムの目が徐々に見開かれていく。

そんなに驚かなくたっていいのに!やっぱり心外だ!



「〜〜〜だから、そう言う不意打ち勘弁して」

「へ?不意打ち?何?何のこと?私気が付かないうちに空気砲出してた!?」


 思ってもみなかった返答に今度は私が目を見開いた。


再び膝を抱え込んでしまったネムと、いつも遊ぶ時に空気砲を出している自分の人差し指を交互に眺める。

...とりあえず人差し指はしっかりと握り込むことにした。これで安心。


「ミューリアの気持ちを疑ってるわけじゃない。これは僕の気持ちの問題だから。僕が身勝手に君を縛りつけておきたいだけなんだ。ただの独占欲なんだよ。

ねぇ...それを側にいれない僕の代わりにつけておいてくれない?」


 膝を抱え込んだ腕にうつ伏せていた顔を少し上げチラリとこちらの様子を伺っている。

 そんな可愛いネムの仕草にクスリと笑いが溢れる。


「もちろん!喜んで!」


 早速手にしていたイヤリングを耳につける。重厚感のある見た目をしているのに付けてみれば耳たぶの下で軽やかに揺れている。

 もう一つも箱から取り出して反対の耳へとつけた。



 普段耳は髪の毛で隠している事が多い。

お父さんの手伝いや、ぐぅちゃんに会う時は別だけど、外を歩く時はなるべく耳が見えないようにしているのだ。

 少し尖った耳は奇異の目で見られることも少なくない。

先祖返りとして生まれてきたことに誇りを持っているけれど、それを敢えて人前に晒すことはしたくなかった。先祖返りであっても私は人間だから。


 でも、ネムにならいいかと髪を耳にかけて見せる。揺れるイヤリングに手を添えて少し照れ臭いけれど嬉しくて、つけたところを見せたかった。


「どう?」

「...とても似合っているよ」


 膝から顔を上げて優しく微笑んでくれるネムの顔がカッコよくてつい見惚れてしまいそうになる。

 けれど、一つの不安が頭をよぎった。


「ねぇ。こんな高価そうなもの貰ってもいいの?」


嬉しいけれど、本当に心の底から嬉しいのだけれど、見るからに高そうなものだし、こういうプレゼントは貰ったことも初めてでどうしたらいいか分からない。


「いいよ。それは印だから。僕のものっていうね。だから必ずミューリアが持ってて」

「ーーー!?」


ぼ、ぼ、僕のものって.....



今度は私が膝を抱えて頭を埋めた。

隣から仕返しだよって楽しそうな声が聞こえてきたけど何の仕返しか分からなかった。

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