第25話 愛しい時間


「精霊はね、魔力のカケラが心を持った子たちなの。エルフが生まれ変わる時、精霊も生まれ変わるんだよ。だから今この森にいる精霊達は私の魔力のカケラから生まれたの。この子達は私がいない間、私の代わりに森を守ってくれるのよ」

「へぇ。どんな姿をしてるの?」

「姿形はないよ。精霊はただそこに"在る"存在。でもね、声は聞こえるんだよ。私だけにだけど色々な話をしてくれるの。小鹿が産まれた話や蛙と蛇が喧嘩した話、モグラの競争とか。あと美味しい実の場所とかね。」

「主人に似ておしゃべりそうだね」

「...否定はしないけど、納得も出来ない感想をどうもありがとう」

「いえいえ、どういたしまして」


 ネムはクスクス笑いながらクッキーをパクリと一口。今日も星空が綺麗で、夜に溶け込むはずの深紫色の髪は月の淡い光を浴びてキラキラとその美しさを放っている。


 アリーとの鬼のレッスンはまさかの翌日まで及び、なんとか及第点を頂いて家へと帰ることができた。

そしてあっという間にネムとの約束の日になっていた。

 明日にはまたデラリアのお屋敷に行き、そのまま王都へと出発となる。速度強化魔法の掛かった馬に馬車を引いてもらい3日間掛けてデラーレ伯爵の王都別邸へと向かう予定だ。急遽決まった婚約式参加による怒涛の日程、アリー鬼教官によるスパルタレッスン。思い出すだけで白目になりそうな今、ネムの楽しそうな声は何よりの癒しだ。少々揶揄われている気もするが大目にみてやろう。


「あ、でもね、森の奥に古い切り株があるんだけど、そこにいる精霊だけはこの森の始まりからいる精霊なんだよ。私はおじいちゃんって呼んでるんだけど、なんでも知ってて凄いんだよ。

あ、そうだ。恋人が出来たって報告しなきゃ。もう知ってるだろうけどね」


 おじいちゃんに報告しなきゃなぁ。ちょっと照れ臭いけれど。


 なんだか恋人って響きがくすぐったい。はじめての恋人。まだ手も繋いだこともないけれど、私の心の大切な拠り所。浮かれているなぁ、って自分でも思う。だって嬉しいの。好きな人が私を好きでいてくれた。今がとても幸せ。


ーーきっと、婚約式は何かがあるから...。王都への立ち入りを禁止したくせにわざわざ婚約式に呼ぶなんて絶対にクッキーだけが目的ではないはず。本当は行きたくなんかない。でも王の印が押された招待状を受け取ってしまった今、権力に逆らいアリーやおじさまに迷惑は掛けるわけにはいかない。だから行くしかないのだ。怖い、本当は怖くて怖くて堪らない。


 恐怖へ呑み込まれそうになって、慌てて頭を振る。ダメだ。せっかくネムと一緒にいるのに。暗い気持ちになってたら勿体ない。

 一度、目を固く瞑って気持ちを切り替え隣へと顔を向けた。

すると、先ほどまで足を伸ばして木に凭れていたネムが今は膝を抱えて顔を埋めている。俯いているせいでさらりと下へと流れた髪の隙間から形のいい耳が姿を表し、星空の淡い光でも分かるくらいに耳が赤くなっていた。


「やっぱり、キミはズルい。不意打ちだ」

「へ?なぁに?」


 なにかごにょごにょ話しているけれど、うまく聞き取れなかった。なんだか勿体ない。







「ねぇ。ネム。しばらく会えないかも」

「なんで?」


ネムが顔を上げてから暫く、お互いに話す事もなく二人で星空を眺めていた。

月の位置も深く、そろそろお別れの時間だ。

 夜に会った時のお別れは明るい時よりも少しだけ寂しい。けれど、バイバイじゃなくておやすみって言える夜はやっぱり特別で。


「私、フォレスティア王家の婚約式に参加する事になったの。それで、明日出発することになって......本当は行きたくないんだけどね」


つい溢れてしまった本音に慌てて苦笑いで誤魔化した。別に心配されたいわけでも、同情されたい訳でもない。ネムとの時間はいつも穏やかに過ごしていたいから。だから、いつも通りでいたかった。

 けれど、少しこぼれた甘えはすぐに自制を忘れて熱を持った滴が溢れ出す。


「ごめっ..ごめんね。違うの。...すぐ止まるから。...っ、待って...ッ..ね」


 手の甲で必死に目を擦るのに全然乾いてくれない。もうやだ、、やだ止まって。泣きたくなんかない。困らせたくなんかないのにーーーー。





「迎えに行こうか?」



 暫く黙っていたネムの声が聞こえて、ゆっくりとその音を頭の中で組み立てていく。


『迎えに行こうか?』


 そう言ってくれたの?

言葉となった音が何度も何度も頭の中で繰り返す。胸の奥がじんわりと暖かくなった気がした。




 涙も、もう止まったみたいだ。




「あはは。なにそれー」


 目尻から溢れた最後の一雫を指で払いながら、今度は心から笑った。


「僕は真面目に言ってるんだけど。笑われるなんて心外だ」


拗ねたような声音でわざとらしくそっぽを向いたネムが可愛らしくてまた笑ってしまう。


「何だか、王子様みたいなセリフだね。ネム似合うね!ありがとう。元気でたよ」

「もしかして僕、馬鹿にされてる?」

「全然!心から思ってるよ。カッコ良かったし嬉しい」

「あ、そう」


 何だか納得してなさそうに細い目でこちらを見てきてるが本心なのに。エルフは嘘がつけないんだってば。

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