第23話 要らぬお誘い
親愛なるミューリアさんへ
この度、クリス王子殿下と婚約式を執り行うことになりましたの。ぜひいらしてね。
それと、クッキーも忘れずに。前日に遣いの者が受け取りに参りますからね。くれぐれも下手な真似はしないように。あなたの大切な幼なじみとその家の為にね。
ミューリアさんに会える事を心より楽しみにしております。
サブリナ・デワイス
手紙の封を切ると王族が婚姻前に執り行う婚約式への招待状が入っていた。それともう一枚。サブリナ様直筆の手紙。ちらりと隣へ視線を向ければ、アリーは招待状一枚だけだったらしい。この手紙は私だけに宛てられたもののようだった。
もう、関わりたくないのにどうして放っておいてくれないのだろう。追いだしたのはそっちなのに...。
「なんて書いているの?」
「え、あぁ、これーーーッアツ」
読んでいた手紙をアリーが覗き込んだ瞬間に手紙が燃え炭すら残すことなく消え去った。
手紙が消える瞬間に浮かんだ陣。名を記した者以外の目に触れると消えてしまう術だ。燃えたのは、サブリナ様が炎の魔法を得意とするからだろう。本来は機密事項の記された本などに施される高度な魔法陣のはず。それをわざわざ平民個人に当てたモノに仕掛けるなんて手の込んだことをするもんだなと少し呆れてしまう。
もちろん、内容を言葉にする事も出来ない。話そうとすれば口は動き息も出ているのに音にならないのだ。だから、アリーに話すことも出来ず、ただ大きなため息を漏らすことしか出来ない。アリーもそのことが分かっているのか眉を潜めて私の手を見つめるばかりだ。
「はぁ。とりあえずコレのおかげで今日の予定が決まったわね」
「え?何?」
「何?じゃないわ。婚約式が行われるのは1週間後なのよ?私達は招待状がなくても事前に知っていたから準備出来ているけれど、ミューも招待されたなんて今知ったんだもの。その様子だとあなた自身もでしょ?だったら急いでドレスや小物を揃えないと。もう時間がないわ。もちろんあなたの後盾は我が家なんだから、デラーレ家の総力を上げてミューをより美しく仕上げるわよ!!」
拳を握ったアリーの髪の毛はメラメラ燃えているようだった。
様子を見守ってくれていたトーマさんは力強く頷くと綺麗な一礼の後、あっという間に部屋を出て行き1時間後にはデザイナーさんを連れて戻って来た。
「まぁ、ミューリア様また一段とお美しくなられて!腕がなりますわ!!!」
以前お会いしたことのある、アリー御用達ドレスデザイナーのヨイネさんだ。
ヨイネさんは元気よく部屋へ入ってくると私の手を取りブンブンと音がしそうなほどの弾む握手を交わしてくれた。そして、すぐさま視線を私とスケッチブック、交互に往復させて何かを書き留めると、トーマさん同様あっという間に部屋から出て行ってしまった。
...と、思ったらすぐに数人の助手を引き連れて数着のドレスと共に部屋へと戻ってきた。
一連の出来事があっという間すぎて思考がついていけないので、テキパキ仕事をこなす女性ってかっこいいなぁと別のことを考えることにする。
「本当は、一からお作りしたいのですが、時間があまりにも足りない為、完成品のドレスをミューリア様仕様へアレンジしたいと思います。ですので、まず土台となるドレスからお選びしましょう。何かご希望はございますか?」
「希望...ですか?うーん。なんだろう?」
ドレスの希望と言われても、普段着ないから好みとかないからなあ。どれが似合うかも分からないし、どれも可愛いと思う。というか、どれでもいいかな、分からないし。
「ふくらみがあり過ぎるドレスはミューには似合わないわ。どちらかといえばもう少し大人っぽいものがいい。そうね...これなんてどうかしら?」
指差した先にあるドレスは胸元には艶やかな生地を使い、胸下はきっちりとリボンで締められている。そこから下へ流れるように幾重にも重なる菫色のスカートがふんわりと優しいふくらみを作り出しているものだった。
「なるほど。さすがは、アリーナ様。こちらは南の国から輸入致しました、海の先にある遠い国で織られた希少な生地を贅沢にたっぷりと使用しております。この艶やかながらもふわりと儚い見た目、つい触れてしまいたくなることでしょう。ミューリア様に大変良くお似合いになると思います。」
希少な布をたっぷり?
.....それってお高いのでは...?
「ただ、このドレス形はいいのだけれど、全体的に淡い色合いだから、色白で、髪色も淡いミューではボヤけてしまうかしら?」
アリー、心配は色ではなくてお金...
「そうですわね。けれど、そこはお任せください。私共が全身全霊を尽くしてミューリア様にお似合いのものを、いいえ、ミューリア様以外では決して着こなせないであろうものに仕上げてみせましょう!!!」
え、え、どうしよう
話が決まっちゃう
いいのかな?おじさまに一回ご相談とかしたほうが...あ、でもおじさま今王都って言ってたしなぁ...
そもそも二人の話遮れる感じじゃないし、どうしよう
「いいわね、それでお願いしましょう!ね、いい?ミュー?」
「え?あぁ、うん?」
....アリーが良いと言うならいいのかな?
いい..か。いいよね?うん!そういうことだ。そもそもドレス自体高い物なんだから、きっと今更。よし、これ以上考えるのはやめておこう。でないとそわそわしてしまう。
それにアリーが良いと言ってくれてるんだから間違いない。
アリーは私のこと誰よりも分かってくれているし、なにせ、センスがいいのだ。
だからアリー任せになってしまって申し訳ないけれど、選んでもらえたことは素直に嬉しい。
そんな感じでドレスの打ち合わせはアリーとヨイネさんの話し合いにより瞬く間に終わり、採寸が終わるとヨイネさんと助手の皆さんはアトリエへと帰っていった。
その後昼食を摂り、十年前に教えてもらったことのあるダンスを復習することになった。
私は渋ったけれど、社交の場に出るのであれば絶対にダンスは必要だと、ダンスホールまで引きずられ、慣れないヒールの高い靴を履き、鬼コーチ恐怖のレッスンが開始した。
幼い頃、興味本位でアリーにダンスを教えてほしいと言ったことがある。
当時の私はほんの軽い気持ちで、ダンスとは手を繋いで飛んだり跳ねたり回ったり本人達なりに楽しく踊るものだと思っていた。
そんなぬるい気持ちで、愚かな発言をした自分を恨んでも後の祭り。
真面目で情熱的で熱血完璧主義ことアリーは喜んで徹底的にダンスを叩き込んでくれた。この時に私は初めて"藪をつついて蛇を出す"ということわざと意味を知った。
「ミュー!背筋が伸びてないわ。次は左!指先まで意識するのよ!」
「は、はい!」
「もっと胸を張る!」
「はいぃ!」
「顎を引く!!ミューまた視線が落ちてるわ!足元は見ないの!相手の顔を見るのよ!」
「は、はいぃぃ!」
「ミュー!そうよ!その調子!!ーーー背筋ッッ!!!!!」
「はいぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
つついて無いのに藪から大蛇が出てきた。解せぬ。
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