第22話 それは突然に
「ミュー!またこぼしてるわ!それに口の横にも付いてる!もっと優雅に食事出来ないの!?」
「そんなこと言われても...ご飯は頬張って食べるのが一番美味しいのに!ほらアリー、怒ってると眉間のシワが癖になっちゃうよー」
「だれのせいだと思ってるの!?」
「まぁまぁ、せっかくの再会なんだからぷりぷりしないの!ほら、私の苺あげるから。アーン」
「そんなのでごまかされ…モグモグ」
二人だけの賑やかな食事を終えた私達は湯あみをして、寝支度を整えた。
「わぁ。久しぶりのアリーのベッド!!」
ッバフ
寝る準備ばっちりな私は大きなアリーのベッドへ大の字でダイブする。こんなに大きなふかふかのベッドを目の前にして飛び込まずにいられるだろうか。否!飛び込まずにはいられない!!もう、最高!最高!最高!
もはや見慣れた光景に、いつもお行儀には厳しいアリーも苦笑いするだけで、怒らない。アリーは優しい。
「そういえば、どうしてアリーは帰って来たの?学園は?」
一頻りベッドで泳いだ後、体を起こして端に腰掛けているアリーの横へと移動した。湯浴みの後、香油を塗ったアリーの赤髪はとても艶やかであまりの綺麗さと懐かしさに思わず目を細めた。
「3日前に卒業パーティーがあったの。これで学園生活はおしまい。だから帰ってきたのよ」
そっか。もうそろそろ卒業の時期かなとは思っていたけれど、すでに卒業していたのか。帰ってきてからは毎日が穏やかであっという間に月日が過ぎていった。
「...そうなんだね。改めておかえりなさい。ずっと会いたかった」
気がついた時にはアリーに抱きついていた。懐かしい香りが心を満たしていく。
アリーが帰って来てくれて嬉しい。
けれど......少ししたらまた出て行ってしまうのだろうな。次は婚約者の方と結婚して。もうここへは滅多に帰ってくることが出来なくなってしまうかもしれない。
やだなぁ、寂しい。やっと仲直りが出来たのに。私は貴族じゃないからアリーが結婚したら気軽に会いにも行けない。
「ただいま、ミュー。私もミューにずっと会いたかったわ。今日は.....寝かさないわよ?」
抱きついた私の背中と頭にそっとまわった手は優しく撫でてくれる。
「アリー....../////」
アリーと私はそのあと本当に寝ずに一晩ずっと喋り倒した。二人で布団に潜って、アリーは学園での事を、私は帰ってきてからの事とネムのことについての話をした。
そしたらとても心配されて、どこぞの馬の骨か分からない奴にミューは渡さないと言う始末。そういえば、アリーは幼い頃から何かと過保護だったなぁと思い出して、なんだか心が温かくなってくる。そんなアリーを説得するのはなかなか大変なのも幼い頃からである。アリーはおじさま似だ。確実に。
翌日、目蓋は泣いたせいで腫れに腫れて、夜更かしのせいで目の下には隈をつくり、朝の支度の為に訪れたメイドさんを絶句させてしまったのはご愛嬌だろうか。
数名のメイドさんが慌てて顔のマッサージやら、お化粧やらをしてくれたお陰で何とか違和感ない見た目になることができた。アリーはともかく私まで整えていただいてなんだか申し訳ない。
支度を終えて、アリーに行儀を叱られつつ朝食を頂いた私たちは、今日の予定を決めつつお茶を飲んでいた。アリーは今日一日予定を空けてくれていて二人で自由な時間を過ごす事ができる。
二人でデラリアを散策してもいいなぁ。あ、お小遣いも頑張って貯めたしアリーと一緒にあのガラス細工のアクセサリー屋さんに行ってお揃いのものを買ってもいいかも〜。
平民の私が貴族のアリーにプレゼントなんて痴がましいけれど、私なりに何か結婚のお祝いがしたい。それに何より離れていてもお揃いのものを持っていたら繋がっていられるような気がするから。
「ねぇ、アリー。私行きたいところがーーーー」
コンコンコンッ
「お嬢様失礼致します」
「どうぞ」
提案をしようとした時、それと同時に扉がノックされトーマさんが訪れた。手に持っている質の良さそうなベルベットのトレーに手紙が乗せられている。
「お嬢様とミューリア様宛にお手紙が届いております。デワイス公爵家からでございます。」
「デワイス公爵家から?」
その名に思わずカップを落としそうになり慌ててソーサーに戻した。けれどガチャリと大きな音が室内に響きわたってしまった。心臓がキュッと締め付けられたような感覚に陥る。
いつもは、音を立てないように置きなさいと、咎めるアリーも今は何も言わず訝しげな顔をしてトーマさんが持つトレーの上を見つめている。
少し間を置いたのち、恐る恐るアリーが手紙を受け取りつつ心配そうに私に視線を移した。トーマさんも事情をある程度知っているのか心配するような申し訳なさそうな顔で私を見つめている。
心配かけないように平然を装いたい。けれど、体は素直に震えだした。自分を抱えるように腕を回してどうにか抑えようにも力を加えても、腕を摩っても体は素直に怯えて体温がどんどん奪われていくようだった。
「ミュー、大丈夫よ。今は私がいるわ。無理しなくていいのよ」
アリーがすぐ隣で背中を優しく撫でてくれる。指先の感覚がないほど、冷え切った体にアリーの体温が背中から全体へと広がっていくようだった。この温かさがアリーの優しさそのもののように感じてなんだか無性に泣きたくなった。
「何か温かいものをお持ち致します」
「えぇ。お願い」
トーマさんはそういうと部屋を後にし、すぐに温かいミルクと一緒にマフィンを持ってきてくれた。
・・・・・。
「は!ロミコのマフィン!」
「...え?」
「トーマさんありがとうございます!私の大好きなお菓子!」
「あ、えぇ。喜んで頂けたようで何よりでございます」
「ミュー、なんだか雰囲気?いや、違うわね、なんていうのかしら、なにか、なにかが台無し...いや、まぁ、ミューが元気になってくれるのはとてもいいことよ。何よりだわ。それに食欲旺盛なのはミューのいいところだし、それで今は救われたのだし.....うん。ーーーーなんか...府に落ちない!!!」
「いっただきまーす!」
アリーが一人で何やらボソボソ呟いているが、それを聞き流しながらマフィンを頬張る。ロミコはオレンジ色の果実で南の地域に成る果物だ。幼い頃にアリーの家で食べた日以来、私の大好物の一つになった。それを知っているトーマさんは私が遊びに来ると必ず出してくれる。
動揺して二人に心配をかけさせてしまった。何かに意識を向けないと、このままずっと恐怖に包まれ震えることしか出来なくなってしまう。二人を困らせたくない。大好きな人達の前では一緒に笑ってたいのだ。だから、マフィンを思いっきり頬張る。弱音が飛び出してしまわないように。食べる手を止めない。これ以上震えてしまわないように。
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