第15話 約束の日


「はい!ホットミルク!」

「ありがとう」


あの日もう一泊だけ東の森で過ごしてルナールへと帰ってきた。そして今日は待ちに待ったネムとの約束の日。


私とネムは湖の辺りで芝の上に壁を挟んで座っていた。 

夜空には宝石のように美しい星達がキラキラと瞬いており、月は静かに優しく暗闇を照らしている。

そんな月が水面に映り、もう一つの世界が湖の中にあるみたいだ。とても幻想的。




 精霊の森と魔の森には一つの湖がある。丁度、国境の位置にあるその湖はフォレスティアにも属するし、リストピアにも属するお得?な湖だ。しっかり水の中まで壁が張られているけれど、魚には関係ないので壁をすり抜けて行ったり来たりしている。壁よりこちら側で獲ればフォレスティア産のお魚だし、あちらで獲れば、リストピア産のお魚になるのだ。まあ、魔の森はどうか分からないけれど、そもそも精霊の森には滅多に人が立ち入らないから魚を獲る人はいないけれど。私以外は。



それは置いておいて、私が東の森へと行っている間にお母さんが素晴らしいアイテムを作ってくれていたのだ。


それがこの"壁専用長細い籠"!!


これがまた画期的だけど原始的で!長細い籠の両端に飲み物の入ったカップを置いてその横にちょいとつまめるお菓子の入ったお皿をそれぞれ置く。そして壁の向こう側に押して、丁度籠の真ん中に壁が来るようにしたら完璧!一つの籠で二人分入れられてお互い不自由なくお茶が飲める。これならリリにわざわざ頼まなくても自力でお茶を渡せるし、回収も楽ちんだ。お母さま素晴らしい!ありがとうお母さま!!



「今日はクッキーじゃないんだ」

「あ〜。クッキーね、焦がしちゃったんだよね」


そうなんだよね....

帰ってきて、改めて東の森で聞いたことを一人で思い返していた。

ある程度落ち着きを取り戻したけれど、やっぱり森を失う可能性があるのは悲しくて...どうすれば守り切れるかを答えのでないままずっと考えていたら、いつの間にか焦がしていた。オーブンに入れたことを忘れて、砂時計をひっくり返すのも忘れて...

ボーッとしてたら焦げてた。綺麗な炭だった。


「だから、今日は木苺。この木苺ね、リリヤベリーといって東の森で沢山なってる木苺なんだよ」


 リリヤベリーはそのまま食べるとすっごく酸っぱいのだけれど、少し天日干しすれば甘みがグッとでて甘酸っぱい味が最高に美味しい果物になる。他のお菓子と迷ったけれど、丁度食べごろだし、時間も時間なのでさっぱりした軽いものがいいだろうと思ってコレを選んだ。




「東の森?」

「そう!東の森!あれ?話してなかったっけ?」



 そっか、ネムには話してなかったっけ?東の森のこと。それじゃあ、仕方ない。話してあげよう。

 それから簡単に東の森についてと、ネムとお別れしてから今日までの間に向こうへ行ってたことを話した。さらに、美人で優しい幼なじみが私のお姉ちゃんみたいな存在で料理上手だという話と、奥さんの尻に敷かれる顔だけはいい幼なじみの話を少し。

森が狙われている話はしなかった。魔の森と隣接しているこの森に何かあるかもしれないと分かれば、魔の森によく来ているであろうネムも不安になるだろう。

壁があるからリストピアにまで被害が及ぶことはないと思うけど心配はさせたくないから。



「ネムには幼なじみいる?」


私の質問を聞いたネムは月を眺めながら、うーんと考えている。


「幼なじみかぁ...友人と呼べるかは分からないけど幼い頃からずっと一緒にいる双子の兄妹ならいるかな」

「双子?すごい!私双子の人に会ったことないの。やっぱりそっくりなの?」


双子って珍しい!そういう人達がいるってことは知っていたけれど、実際には見たことが無い。確か、お母さんのお腹の中で一緒に育って一緒に産まれてくるんだっけ?顔もそっくりって聞いたことがある。兄弟のいない私にとって羨ましいことこの上ない存在だ。


「全然似てないよ。髪の色が一緒なくらいで、顔も性格も似てない。あぁ、でもたまに同じ言葉を同じタイミングで話すことがあるかな。アレは面白いよ」

「そうなんだぁ。いいなぁ、会ってみたいなぁ」


リストピアにはなかなか行く機会がないけど、いつか会ってみたいなぁ。

それにしても...

ネムが私の質問に答えてくれている。初めて話したときは私の質問に全然答えてくれなかったのに...。だけど今は私の質問に答えて、自分の事を私に話してくれている。それがたまらなく嬉しい。こうやって少しずつ仲良くなっていいお友達になれたらいいなって思う。



「ミューリアも片方には会ったことあると思うけど...」

「へ?どこで?」


え?会ったことあるの!?いつ?どこで?

木苺を口へ運ぼうとしていた手をピタリと止めて、顔をッバとネムの方に向けた。

あ!今日もピン付けてくれてる。嬉しいなぁ。それにしても綺麗な顔!!


月の光に淡く照らされた横顔はとても美しい。何より、夕暮れのような不思議な色合いの瞳が湖に反射した月光を写しきらきらと煌めいて神秘的だ。神々しいとはまさに、このことを言うのだろう。視線を奪われて目が離せない。ネムのご先祖様が何の神様だったのかは知らないけれど、神様だった頃のお姿にきっと彼は劣らないだろう。


そんな、思考の海へダイブしていた私の耳にネムの楽しそうな声が届く。



「まあ、またいつかまた会えるよ」


ネムは可笑しそうに笑いながら木苺を一つ摘んで口へと運んだ。


「ッ!?」


楽しそうな顔が一転。



一噛みした瞬間にネムは目をパチパチさせてびっくりした顔をしている。


先ほどまで、人外じみた美しい横顔をしていた彼が今は目をまん丸くして幼い子供みたいだ。そんなギャップに思わず吹き出してしまった。



「あはは。それ酸っぱかったかな?ふふ、大丈夫?っぷぷぷ...」


そんな表情があまりにも可愛くてつい笑ってしまう。

一夜干ししたリリヤベリーは甘酸っぱくて美味しいのだけれど、食べ慣れない人が食べれば初めてのその酸味にびっくりしてしまうみたい。2口目からは分かっているのでその酸味もまた美味しく感じるのだけれど、なんせ流通している木苺は甘いものが多いのでこのリリヤベリーは、はじめての人にはかなり衝撃的なものだろう。ネムも例に漏れずその酸味に思わずびっくりしちゃったみたい。


 そんなネムはふてくされた表情で笑っている私を睨んでいる。


「知ってるなら教えてよ」

「あはは。ごめんね。私は小さい頃から食べ慣れているからすっかり油断してたの。でも美味しいでしょ?」

「.....まぁ、うん」



それからネムはまた恐る恐る木苺を口へと運んだ。覚悟を決めたように表情は少し強張っていたけれど、今度は平気だったようでネムは表情を緩めた。どうやら酸っぱさに慣れたみたい。良かったよかった。



「あ!そういえば、この前のお別れの時のアレって瞬間転移したの?」

「そうだけど?」

「やっぱり!すごい!すごい!ネムはほんとに魔法上手なんだね。私どうしても怖くて試してみようと思えないの。きっと出来たらすごく便利なのに。あなたはとても勇気があるんだね」


私の言葉になぜかネムは目を大きく見開いてただただ、こちらを見ている。何か変なこと言ったかな?勢いよく喋り過ぎた?声大きすぎ?


「ネ、ネム?」

「あ、いや、勇気があるなんて言われたことないからびっくりしただけ」

「え?そうなの?だって失敗したら大変なことになるんだよ?練習したくても怖すぎて出来ないよ。ネムは怖くなかったの?」

「ああ、初めて出来た時は小さい時だったから。しかも意図せずだったからね、怖くはなかったよ。ただ、その場から逃げ出したくて行きたい場所を強く願ったんだ。そしたらいつの間にかその場所に居たって感じかな」


ネムは表情をッスとなくし正面の月へと視線を移して静かにそう答えた。


 この感じまただ。前もそうだった。ネムは自分の話をする時どこか悲しそうにする。

きっとネムにも何かがあって色々な事情があるのかもしれない。


だったら...せめて私と一緒にいる時はネムが笑ってられるように、辛さが吹き飛んでしまうくらいネムが楽しく過ごせるように心掛けよう。私がここでネムに元気をもらってるようにすこしでも私がネムの元気になれたらいいなと思う。

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