第14話 にこちゃんには逆らえない
「俺たちには出来るだろ?その力を持ってる。何も人を殺めるわけじゃない。ただ、木を植えるだけだ。森の中でも人は生きていける。森への感謝を忘れた愚かな奴らに森への感謝を思い出してもらうだけだ」
ぐぅちゃんは楽しそうに私に向けて無邪気に笑っている。子供が悪戯をする時みたいな顔をするから私も思わず頬が緩んでしまう。心臓がトクトクと鼓動を早め、胸のあたりがソワソワ騒いでいる。そう、この気持ちは誕生日プレゼントの包装を傷つけないようにゆっくり解いている時のあの感情に似ていた。
フォレスティアが緑豊かになれば.....
それはとても良いかもしれない。
ルナールは緑が豊かな町だ。みんなの笑顔が溢れてる。この国全体が森になっても困る事なんてなにもない。それに、木々が空気を綺麗にしてくれているから王都の淀んだ空気も森になればきっと綺麗になるだろう。沢山の木の実に野草、食べ物に困ることはないし、木は刈り過ぎなければ共存できるし、木材にも困らない。国にとって良いこと尽くめではないか。
.....なんて、建前だ。偽善的な言葉を並べただけ。ただ、分からせたいのだ。森を焼こうとする愚かな貴族に王家に。森が人にとってどれほど大切なものなのかを。自分達がいかに傲慢で無知なのかを。
やっぱり嫌いだ。貴族なんて大嫌いだ。いつでも自分達の利益のことばかり。お金や名誉があれば自分達の思い通りになんでもしていいと思ってるの?私達の大切な森を傷つけようとする愚かな者は絶対に許さない。
ッバコンッッ!!
「ッツ〜ッイテェ!何すんだよニコ!」
「馬鹿なこと言わないで。あなた嘘がつけないから本気で言ってるあたり本当にタチが悪いわぁ。ミューちゃんグレンの言う事なんて常に真に受けなくていいのよ?」
ニコちゃんが近くにあったお盆でぐぅちゃんの後頭部を思いっきり打った。爽快ないい音がした。
なかなかの衝撃があったのか、ぐぅちゃんは未だに呻きながら両手で後頭部を押さえて俯いている。
そんなぐぅちゃんを見てエヴァンさんは大爆笑である。
そこで、私はッハとした。
私は今何を考えていたのだろう。頭に血が上ってとんでもないことを考えてはいなかっただろうか?
「アハハ!グレン、いい音だったね」
「っうるせぇ」
「まぁ、姉さんが止めてくれて良かったよ。これは僕のただの推測だからね。それが理由でフォレスティアを森にされたら流石に焦るよ。君達なら本当に出来ちゃいそうだから怖いね」
「ああ、間違いなくできるな。なんせ、森を生み出したエルフの力そのものを持ってんだ。国を森にすることだって出来るに決まってる」
ッバコンッバコン
「「ッィテェ!!!」」
目にも留まらぬ速さで二人の後頭部が打たれ、見事に二人同時にうずくまっている。
「グレン、その馬鹿げた話まだするの?エヴァン、私のことを姉と呼ぶのはやめろとあれほど言ってるのに...ふふ。」
とりあえず、今この場で一番恐ろしいのは、エルフの先祖返りでも、侯爵子息でもなく、赤毛で美人な人妻だった。
「ミューちゃん。お茶冷めちゃったわね。今入れ直すわ。この間頂いたハーブティがあるの。苦手ではないならどうかしら?」
「あ、いただきます!!」
「その優しさを少しでもいいから俺にも分けてくれ」
「僕にも....ッヒィ!!」
私にはよく見えなかったけれど、ニコちゃんの顔を見たエヴァンさんは声にならない悲鳴をあげていた。
詳細は語れないけれど一悶着あった後、やっと落ち着いてニコちゃんが淹れてくれたハーブティをみんなで飲み始めた。
ミントの香りが爽やかでローズヒップの酸味が美味しいお茶だ。
「まぁ、すぐにすぐの話じゃないよ。なんせ、北と南を開いたのは20年近く前だ。それからすぐにまた森を開いたりなんてしないと思うよ。数年先か、何十年先かそれは分からないけれど」
「まあ、警戒しておく事に越したことはない。まだこの村の民には話してないが時期をみて話そう。狼達にも交代で見張りをしてもらう。ミューも精霊達に話しておいた方がいい」
「うん。そうする」
まだ、どうしていいか分からないけれど、精霊達にも相談しておこう。
ルナールは東に比べて町民が多い。まだ正確でない情報を伝えて余計な混乱を招くわけにはいかないのでこの件は伏せておくことにした。
帰ったら結界の魔法陣の本がないかデラリアの図書館へ探しに行こうと思う。
「さ!この話はもう、お終いだ。公に確かな情報が俺達の元に来ていない今、警戒することしかできない。これ以上ウダウダ話していても暗くなるだけだ。さて、晩飯の野菜でも獲りにいくかぁ。ミューも手伝えよ。働かざる者食うべからずだ」
ッパンとぐぅちゃんが掌を鳴らしてニカっと
笑う。暗かった雰囲気が一気に変わった気がした。こういうところを見るとなんだかんだ言ってもしっかり東の森を纏めている長なんだなと思う。ニコちゃんには尻に敷かれっぱなしだけど。
その後はぐぅちゃん達のおかげでとても楽しい時間を過ごせた。
東の森でしか採れない野菜や木の実を収穫したり、狼達と狩にも行った。凛々しくカッコイイ狼達の狩りは見事なもので何度見ても凄い迫力。拍手!
今日は大きな猪を捕まえてくれた。お肉は狼達と山分けだ。その日に頂く分だけをその日に狩る。無駄な殺生はしないのが東の森の民のルールだ。
昔、森と共に生きる者として、命を頂くという行為にどうしていいか分からなくなった時があった。森を守る者として、果たしてその肉を私が口にしていいのか疑問に思ったのだ。その事をぐぅちゃんに相談した事がある。そんな私の疑問にぐぅちゃんは
"そんなこと言ってたら何も食えなくなるぞ。野菜や木の実だって立派な命だ。俺達だっていずれ死ねば土に帰る。その土からまた新たな命が食い食われ育っていくんだ。この世に生きる者全ては何かの命を頂いて生きている。だから、俺たちは食べる前に「いただきます」っていうだろ?あれは料理を作ってくれた人への感謝もそうだが、命を頂きますって意味だ。だから、俺たちも感謝の気持ちを忘れずに食べような"
と教えてくれた。私は今でもその言葉を思い出すくらいその言葉に救われたし、とても感動したのだ。ただ最後に、っていうか肉旨いじゃん?肉最高じゃん?って言っててなんか、台無しだった。
晩ご飯を食べた後はお風呂に入った。集落を少し外れた所にある天然露天風呂!綺麗な夜空を眺めながらのお風呂は最高だった。それから、ニコちゃんが用意してくれた可愛い刺繍が施されたパジャマを着て髪には花から抽出したオイルを塗ってもらった。パジャマは可愛いし、肌触りもいいし、髪の毛も艶々でいい匂いまでして気分は最高潮だ。そのままベッドへするりと入ればあっという間に夢の中にいた。
翌朝はいつもより早く起きたけれど、ぐぅちゃんとニコちゃんはもう起きていた。東の森の民の朝は早い。ニコちゃんがご飯を用意してくれている間に私とぐぅちゃんは狼たちにブラッシングをしてあげることにした。銀色のモフモフした毛が艶やかでとても綺麗だ。
「狼が人になったら、ぐぅちゃんみたいになるのかな?」
ぐぅちゃんの髪の色と狼の毛の色一緒だし。
「俺みたいに顔はカッコよくないかもだけどなーーッイテ!」
狼に噛まれている。ぐぅちゃんは狼達からもこんな感じなのか.....
でもそれがぐぅちゃんの良いところ。心の壁がなく誰でもすぐに懐へと入れてしまう。そんなぐぅちゃんへ皆、愛を持って接している。今噛んでいる狼だって本気で噛んでなんかいない。戯れるような甘噛みで、その間には信頼関係があって仲の良さが分かる。やっぱり尊い。この光景が愛しい。東の森も西の森も。全ての森が愛しくてたまらない。この想いが私の魂に刻まれているものなのか、私自身の...ミューリアとしての想いなのかは分からないけれど、でも私はこの感情がとても好きだ。
因みにナコの実は東の森にもあるらしい。そういえば、小さい頃こっちで食べたことあったなと自分で聞いて自分で思い出した。
エルフの力が濃く巡っている地には成るらしく、魔法に疎い人にとってはただの美味しい果物。でも魔法が使える人はこの実を食べると微量ではあるが魔力量が増えるらしいのだ。気がつかない人も多いが敏感な人はそれに気が付くらしい。だから無闇に他人へあげない方がいいとのことだった。それ、はよ教えて。
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