第11話 東の森へ
木漏れ日が差す開けた場所に一羽の大きい鳥が止まって毛繕いをしている。
「おはようルル。ルルが大好きな人参持ってきたよ。今日はよろしくお願いします」
ここから東の森へはルルに乗って行く。その為今日は跨りやすいように作業着の綺麗めなものを着て来た。普段使っている作業着は汚れがこびりついてあまり綺麗じゃなかったから、新調してまだ一回しか着ていない作業着を選んだのだ。シャツの上から胸当て付きのズボンに作業ブーツ。髪は頭の上の方でテキトーに纏めて結った。この格好が一番楽で動きやすいのだ。
リリはお家でお留守番。ついて行きたそうにしていたけれど流石のルルでも私とリリは乗れない。それに、今朝は何だか一回りリリが大きくなっていた気がした。気のせいかもしれないけれど、どちらにせよ、もともと大型犬ほど大きいリリは連れて行けないので、少しの間離れる寂しさを埋めるように家を出る直前までずっと抱き締めていた。
《東の者によろしくな》
《ミューちゃん行ってらっしゃーい》
《行ってらっしゃーい》
精霊に挨拶をし終え、ルルの上にぴょんっと飛び乗りしっくりくる位置で体勢を整え跨る。
「じゃあ、みんな行ってきます!」
私の声と同時にルルは勢いよく空へと飛び立った。
東の森へはお昼ごろに着いた。早朝に飛び立って昼頃に着くのだから国の端から端へと考えれば短い時間だったし、体力面で言えば長い時間だった。
広大な森の中にポツリと開けた場所がある。その場所には家ほど大きい、頭の尖った八角形のテントがたくさん並んでいた。その場所の上空まで来るとルルは大きく旋回し、ゆっくりと降下していく。
上空から見れば広大な森の中に小さな穴が空いたように見えたこの場所も降り立って見ればかなり広い場所だ。
久しぶりの景色に胸が高鳴る。
ルルは建てられたテントの中でも一際大きいテントの前へと降り立った。
地上に着けばルルからピョンと飛び降りる。ずっと同じ体勢だったので来る腰の痛みを待ったけれど大丈夫だった。良かった。
さてと、と大きく息を吸う。精霊の森とは違う木々や花の濃い匂いが心地良い。
「ぐぅちゃん来たよー!!!」
テントの入り口に向かって大きな声で呼び掛ければ中からガラガラガッシャンと何かが盛大に転がる音が聞こえた。
あ、まずい?
少しして入り口の布が揺れた。ゴクリと固唾を飲んで見守る。布はゆっくり横へとめくれ中から一人の銀髪の青年が現れた。
「ミュー。お前なぁ.....」
「あは、は。ごめんなさい、ぐぅちゃん。驚かせちゃったかな?嬉しくて、つい.....大丈夫?」
「お前の分のスープはなしだからな」
「そんなぁぁあ〜」
綺麗な顔の額には青筋が浮かんでいる。ひぇ〜
「そんな意地悪しないの。ミューちゃん久しぶりね。会えて嬉しい」
「ニコちゃん!!」
ぐぅちゃんの後ろからもう一人、おっとりとした口調の赤髪の綺麗な女性が現れた。ぐぅちゃんの奥さんニコちゃんである。久しぶりに会えて嬉しい。小さな頃から会っていた二人は私の親戚のお兄ちゃんとお姉ちゃんのようなものなのだ。あぁ、嬉しいな、うれしいな!
「さあ、ミューちゃん。お腹すいたでしょう?入ってはいって!」
「お邪魔しまーす!あ!ルルありがとう。また後でね〜」
ルルはキュルルと返事をして何処かへと飛び立って行った。
中に入れば、白いだけの外観からは想像も出来ないほど色鮮やかな空間が広がる。壁掛けや絨毯、テーブルクロスにソファ。東の森の民特有の刺繍は何度見ても圧倒されるほどの美しさだ。
入ってすぐの空間は台所と食事をする為のテーブルとイス、皆んなが寛げる用の絨毯とソファがある。それらがあっても圧迫感など無い広い空間が広がっていた。その奥には扉代わりのカーテンで仕切られた部屋がいくつかあり、もはやテントというよりも布で出来た家である。
「ほら、ミューさっさと座れ。こっちはいい加減腹減ってんだよ。」
ぶっきらぼうに言いつつもしっかり椅子を引いて座る場所を示してくれるぐぅちゃんことグレン兄ちゃんはここ、東の森を守っているエルフの先祖返りである。銀色の短髪に私と同じ翠色に金色の星を散りばめたような瞳。背もスラリと高く、妖精も恥じらうほど綺麗な顔立ちをしているこの青年は六歳上の私の幼なじみだ。
「ふふふ。こんな風に言っているけれど、グレン、ミューちゃんが来るのが楽しみでずっとソワソワウロウロしていたのよ。すごく邪魔だったわぁ」
「っな!邪魔とは何だ!」
クスクス笑いながらプンスカしているぐぅちゃんをモノともせず、何なら無視をして机に料理を運んでくれるニコちゃん。緩やかに波打つ鮮やかな赤い髪を肩の上で一つにまとめ、おっとした美人さんはぐぅちゃん同様幼い頃から仲のいいお姉さんだ。そして東の森の民で獣人である。
獣人と言っても人と獣が混じった見た目をしている訳じゃ無いので、獣の耳も尻尾も生えていない。見た目は人そのものだ。というか、獣人と呼ばれているけれど、正真正銘の"人"なのだ。
東の森のエルフの末裔であるこの森の民は、森の頂点に立つ狼と意思疎通が出来る特殊な力を持っている。狼と会話をし、助け合い共に暮らす。それがこの東の森の民の生き方なのだ。
そんな東の森の民のことを人々は獣人と呼んだ。その言葉だけを知っている人は獣人は獣の耳と尻尾を持ったヒトだと勘違いしていることが多い。そして、勝手に想像をし、実際会って自分達と何も変わらない見た目をしていることに落胆する人々もいるそうだ。ほんと、勝手な話である。
あっという間にテーブルには美味しそうな料理が並んだ。
さっきぐぅちゃんに呼びかけた時にした大きな音の原因はぐぅちゃんがスープを作ろうとして水を張った鍋を盛大にひっくり返した音だったらしい。すみません。
けれど、魔法が使えるぐぅちゃんはあっという間に片付けれるからまぁ、いいか。
因みに、ニコちゃんは魔法は苦手らしい。私の両親も魔法の才能は皆無だった。
フォレスティア人は誰しもが魔力を保有しているけれど魔力の強さや得意不得意によって魔法が使える人は国全体で半分といったところらしい。さらに、魔力が強い人ほど魔法を学ぶ為や魔法の才能を生かした仕事に就く為に王都や各領都へと出てしまう人が多い為、魔法を使える人が田舎に住んでいるのは寧ろ珍しいのだ。
手際良く作られたぐぅちゃん特製の卵スープも並び三人仲良くいただきますをして食事を始める。
「おっいしぃぃ。ニコちゃんのお料理最高!」
ニコちゃんはとても料理上手で、小さい頃はここへ遊びに来るたびにお菓子を作ってくれた。実は私の得意なクッキーもニコちゃんが教えてくれたもの。ニコちゃんが焼いてくれたクッキーが大好きで家に帰っても食べたいと駄々をこねた私を見て、ならばと作り方を教しえてくれたのだ。
教えてもらってすぐは毎日のようにクッキーを焼いた。そのうち慣れてくるとメリィのバターを使ってみたり、特製ミルクジャムを加えてみたりと自分なりに工夫して私ならではのクッキーを作れるようになった。
「喜んでもらえて嬉しいわ。ミューちゃんちょっと痩せたんじゃない?沢山食べてね?」
「ありがとうございます!にこちゃん。たっくさん食べます!」
おかわりまでする予定です!
「学園はどうだったんだ」
「う〜ん。楽しくはなかったかな」
「そうか。まあ、田舎者のミューには合わないだろうな!」
「ぐぅちゃんだって田舎者じゃない」
ぐぅちゃんも私と同じ王都の学園へ通っていた。年が離れているから私が入学する時にはとっくに卒業していたけれど。ぐぅちゃんと同じ歳だったら学園生活は変わっていたのかな.....
「そうよねぇ。よく授業サボって木の上でお昼寝していたらしいの。グレンは野生児そのものよ。狼達の方がお行儀がいいんじゃないかしら?」
からかわれてプンスカするぐぅちゃんをニコちゃんはクスクス笑いながら華麗に無視して食事を続けている。幼い頃から変わらぬ風景、変わらぬ仲良しな二人。何よりである。
そんな楽しい食事を終え、一緒に片付けを...殆どぐぅちゃんに押し付け(ニコちゃんが)片付いたテーブルには香ばしい湯気を立てたお茶の入ったカップとニコちゃん特製ミューちゃん大好物のクッキーが並べられた。
沢山ご飯を食べてお腹いっぱいなのに、やっぱり甘い誘惑には勝てやしない。一枚とって口に運べばサクッと口の中で砕けバターの香りが広がる。あぁ。この味!この味だぁあおいしぃぃいい。
当時、作り方を教えてもらい、家に帰って沢山練習をした。けれど近づけても結局ニコちゃんのクッキーの味にはならなかったのだ。
だから、どうせ作れないのならと自分なりのクッキーを作るようになった。クッキーを振る舞った人からは好評を頂いているけれど、私にとってはやっぱりニコちゃんのクッキーは特別だ。お腹いっぱいなのに!手が止まらない!
「そんな細っこい体によく入るな」
「にほひゃんのふっひーさいほう!!」
「うわっ、お前食いながら喋るなよ。粉飛んでんじゃねぇか!」
ごめんなさい、アリー。あれだけ注意してくれたのに、幼馴染みの前で体裁が繕えるほど身に付いてはいなかったみたい。
机の上に噴射したクッキーの粉はぐぅちゃんが片付けてくれた。昔から口は悪いけど面倒見はとてもいいのがぐぅちゃんだ。
そんな感じでクッキーを摘みつつお茶を飲んでのんびりしていると、突然ぐぅちゃんの人差し指がコツンッと机を打った。
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