第8話 ヒロインは揶揄う

 ずっとずっと昔この世には神々が実在した。時が経つにつれてその存在は在り方を変え、人の子として生まれて来るようになった。それが先祖返り。大昔は世界中にそれなりに居たらしいけれど、今ではその存在は希少だ。


 かつてこの国にはエルフと呼ばれる4柱の森の守り神がいた。他国からの侵略からこの国を守るため、そして恵みをもたらすためにこの国を森で囲ったのだ。


 東西南北それぞれの森を守ってきたエルフも例に漏れずいつしか先祖返りとして生まれ変わるようになる。そしてフォレスティアの西に位置するこの精霊の森は、西のエルフの末裔である、ルナールの民から先祖返りが生まれてくるようになったのだ。

 今代が私。エルフの先祖返り、ミューリア・エルフィ・ルナール。エルフィは神の名前。代々先祖返りはその力を授かると同時にこの名も受け継ぐ事になっている。ただ、恐れ多い名前なので普段は名乗らない。特別な時だけ。

 先代が亡くなればまた新たに先祖返りがこの世に誕生する。ただ、必ずではない。私は先代が亡くなってすぐに生まれたけれど、次代の先祖返りが何十年何百年先に産まれる場合もある。そして生まれてこなくなった神もいるのだ。

 私の先代はアネッタさんの祖母セレナ様だったそうだ。お茶の調合師だったセレナ様はとても温厚で綺麗な人だったとか。

 私達先祖返りは多少の容姿の違いはあれど、神だった頃の面影を残している。だから、私はお母さんやお父さんにあまり似ていない。ご近所さんには仕草はそっくりねとよく言われるけれど。






「綺麗な顔が台無しだよ?」


意地悪な笑みを浮かべるネムが妙に腹立たしい。


「あなた、自分の容姿を分かっててしてるよね?」

「君が何を言ってるのか分からない」

「ネムって時々意地悪だよね」

「そうかなって思ってた」


なにそれ。

クスクス笑うとネムも笑う。


っふとあることに気がついた。

もしかしてネムも?そうだったら良いな。

ネムもそうだとしたら近くなれる気がする。仲良くなりたい人と共通することがあれば理由がなくてもそれだけで嬉しいのだ。


「ねぇ、ネムも先祖返りなの?私と一緒?」

「...。」






ん?あれ?




 心地よく流れていた会話が突然途切れて少しの沈黙が落ちた。

そして、一拍置いて帰って来た言葉は...




「...そうだよ。僕も先祖返り。だからこの容姿はあまり好きじゃない。これは僕じゃない」



 そう答えたネムからは笑い声が消え、少し困ったように微笑えむだけだった。

 聞いてはいけないことを聞いてしまったんだろうか。そんな顔をさせてしまうなんて思ってもみなかった。


 近づける気がしたのだ。同じなら同じだねって笑い合えると思ってた。ごめんなさい。ネム。そんなつもりじゃなかったの。

 ねぇ、どうしてそんなに悲しそうなの?辛そうなの?手を取ってごめんねって言いたい。もっと側に行きたい。なのに近づけない。この壁はそれを許してはくれない。ゆっくりと壁に掌を当ててみる。ピタリと触れたその感覚は、熱くもなく冷たくもなく痛みもない。只々そこに人を通すことのない壁があるだけ。あなたの側に行くにはこの壁を越えなければならない。


ただ...あなたと私の間にある壁はこの壁だけではないのかも知れない。


「ねぇ、ネム。あなたは先祖返りじゃなければ良かったと思った事はある?」


 あなたの心の中にどれほどの壁があるかは分からない。けれど、きっとその中のひとつくらいは私も持っていたものだと思うの。


「...そうだね。僕はただの器だから。誰も僕を見ていない。誰も僕自身を知らないし知ろうともしない。虚しいだけだよ」

「ネム.....」


分かるよ。私も同じことを感じたことがある。

どんなに私自身が頑張っても全てこの力のおかげだと片付けられる。勝手な理想を押し付けてくるし、それらから逸れたことをすれば非難される。この力を利用しようと媚びてくる人もいれば、大き過ぎる力に恐れ遠ざける人もいる。私を知らない人は、私を同じ人間だとは思ってくれない。私は私という一人の人間なのに。皆んな私は特別だという。響きは良いけれど、それは特別という名の差別なのだ。


「...ふふ」

「え?」

「ふふふっ」

「...なに?」


 突然笑い出した私を見てネムは怪訝な表情を浮かべた。



「ネム、さてはあなた寂しがり屋さんね?」




 ネムの目が大きく見開かれ、は?と声にならない声が漏れている。




「...君はなにを言ってるの?」


 吹き出すように笑えばもっと不機嫌そうにネムは顔を歪める。それがとても可笑しい。ほらあなたはこんなにもあなたが出てるじゃない。気が付かないなんてできない。知らないなんて難しい。


「要するに寂しかったんでしょ?誰もネム自身に気がついてくれないから。ネムって意外とかまってちゃんなのね。可愛い!」

「な、に?ほんと君なに言ってるの?僕はそんなんじゃない」


あらら、顔が真っ赤!肌が白いから余計に赤!耳まで真っ赤っか!

怒ってる?焦ってるの?ネム、それは図星ですと言っているようなものだよ?

ああ、ほんと面白い。意地悪なこと言ってくるからお返しだ。


私がお腹を抱えて笑っていると恥ずかしくなったのか、いまだにネムの側にお行儀良くお座りしていたリリに抱きついて顔をフワフワの首に埋めた。

あ!こら、それは私の特権だぞ。


「〜〜〜君は何なんだ」


呻くような声がリリの首元から聞こえる。

そんな姿がまた可愛らしい。その姿を、感情を見せてくれていることがとても嬉しいの。


 笑いが原因の腹痛を深呼吸で和らげてきちんと座り直す。


「ネム。知ってる?」

「...なに?」

「特別って他と異なることを言うんだよ」

「どういうこと?」

「ネムと私は先祖返りでしょ?一緒なの。つまりね?私達の間で特別は存在しない。私はミューリアであなたはネム。ただそれだけ」





 ネムは上げかけていた顔をもう一度リリの首に埋めるとふーんとつまらなそうな返事をした。

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