第7話 プレゼント

ーーーなんて、全て言えるわけないからクッキーの部分だけの話をした。

 本当は全部話してしまいたいけれど、こんな話を聞いた相手はどう思うのだろう? 

貴族に目をつけられた厄介な相手だと思う?そうしたらネムにまであの学園の生徒達みたいに私の言葉が届かなくなる?そんなの嫌だ。久しぶりに出来た友達なのだ。せっかく私の言葉が届いているのに。

こわい。失いたくない。




「ーーーってことで私が作ったクッキーを食べて美味しいと言ってくれて、またつくってほしいと私に言ってくれた事が何より嬉しいんだよ。だから、ネムの為ってよりも私の自己満足でしてるのかも」

「.....そうなんだ。それにしても、ひどい話だね」

「ほんとそうだよね?ねぇ、ネム知ってる?王都って何でもすっごく高いんだよ?クッキーの材料だってこの町で買うより遥かに高いんだから!田舎娘のお小遣いをなんとかやりくりして材料買って作ったのにほんとひどい!せめて材料費くらいくれても良いと思わない?手間賃サービスするからさ!?」


そう。王都はなんでも高い!

サブリナ様に裏切られた悲しみが落ち着いた後に残った感情はお金返せ!という怒りだったのは秘密。

軽くなったお財布を見て何度涙したことか。


「あ〜...うん。そうだね?」

「あ!あと、この話内緒だよ?ネムはリストピアの人だしフォレスティアでの事だから関係無いと思うけど一応ね?相手は国のえら〜い身分の人だから、こうやって話しちゃったこともバレたら不敬罪になっちゃう。こわいよね!だから内緒!それに、ネムは貴族じゃないから安心して話し....ネムって貴族じゃないよね?」


そういえば、貴族かどうかの質問をして、結局答えてもらってない気がする。首を傾げながら聞くとネムも連られて首を少し傾ける。


「僕は...隣の長の息子」


隣の長の息子...つまり?


「私と一緒だ!」

「一緒?」

「そう。一緒。私のお父さんもルナールという小さな町の町長なの。といっても名ばかりで家はメリィ牧場なんだけどね。」


隣の長。つまり隣町の町長の息子さんということだろう。なんだ、なんか親近感が湧いてきた。


「でも君って.....」

「あ!ねぇ、ネム?」


話を遮って申し訳ないけれどさっきから気になっている事がある。ネムの方へと腕を伸ばし人差し指を上に向けて立てる。ポーズに深い意味はない。何となくだ。

勢いよく腕を突き出してきた私に驚いたのか少しだけネムの肩がびくりと動いて、申し訳ないと思いつつその様子がなんだか可愛く思えた。


「何で名前呼んでくれないの?今日、君ばっかりじゃない?もしかして私の名前忘れた?」


それならば仕方がない。私のお母さんも人の名前を覚えるのは得意じゃない。誰しも得手不得手があるもの。そういう人がいるということも知っている。だから名前を忘れてしまったことを責めたりはしない。


「ミューリアでしょ?」


・・・・・。


「覚えているなら呼ばんかーーーい!!」



あら、思ったより大きな声が出てしまった。とっさに口に手を当てたが、時すでに遅し。

私の声に驚いたのか今度は手を突いて体を後ろに引いていた。その様子があまりにも面白くて耐えきれなくなった。


「あはは。ごめん。大きな声でちゃった。びっくりした?」

「そりゃ、びっくりするでしょ。まだ心臓が

煩いくらいだ。今度からはこんな事にならないように、名前を呼ぶようにしようと決意するくらいには衝撃的だったよ」


おっ。ネムにしては饒舌。まだまだネムとは会って間も無くで知らない事も沢山あるけれど、間違いなく私とネムが会話した中で一番長い言葉だった。それがまた面白くてついつい笑ってしまう。見えないがきっとネムの目は今、まん丸に見開いている事だろう。見えない事が残念である。


「で、話遮ってごめんね。何の話だっけ?」

「いや、なんだったかな。忘れた」

「うそ!?ごめん。」


私も今後こんな事にならないように気をつけよう。相当浮かれてしまっているようだ。落ち着け私。

ナコジュースで口を潤して心を落ち着かせてみる。少しぬるくなっていたので、もう一度魔法で冷やそう。火照った体には少し凍るくらいが美味しいかもしれない。流す魔力を多くして冷やしていく。瓶を持つ掌がヒヤッとしてくるところで止め、もう一度口に運べば瓶の口からシャリシャリとした氷の粒が流れ込んできた。飲み物以上シャーベット未満。うん!美味しい!なかなかクセになりそう。

この飲み方を提案しようとネムの方へと顔を向けた途端、大切なことを思い出した。

ワンピースのポケットに手を入れるとすぐに角が丸くベルベットのフワッとした触り心地を指先に感じた。その箱を掴むとゆっくりポケットから取り出してゆく。


「あのね、ネムに渡したい物があるの」

「なに?」


緩やかに吹いた風が壁を通り抜けてネムの頬を撫でる。その瞬間目に掛かっていた髪が揺れた。

早く渡したい気持ちがソワソワと急かしてくる。

しかし...言ったもののどうやって渡そうか。ネムは無言でこちらを見ている。このサイズだと籠みたいには押せないだろうし...うーん。


クーン

云々考えていると可愛い鳴き声と共に隣に寄り添っていたリリがのそっと体を起こす気配がした。それに気が付き体ごとリリの方へ向けば手に持っていた箱に鼻先を近づけてスンスンと匂いを嗅ぎ、私の顔を覗いてくる。


「ネムに渡してくれるの?」


ワフッと返事をしてくれたリリは小さな箱を潰してしまわないように器用に咥えた。大型犬のリリにとってその箱はとても小さく簡単に飲み込めてしまいそうなサイズではあるけれど、その心配をしなくて済むのはリリだからこそだ。なぜならリリは天才だからである。親バカと言われることもあるが、そういうフィルターを取り払って、第三者の目で見たとしても、リリは類稀なる天才犬という事実は変わらない。それを親バカというのよ。とアリーには数え切れないほど言われてきたことも変わらない事実である。

 リリは長くフワフワの尻尾をパタリと一度振って壁をスルリと抜けて行った。

 片方の足を折り曲げて木に背を預けて座るネムの横まで行くとお行儀よくお座りをして手を出されるまで待っている。ネムが躊躇いがちに口元まで掌を差し出すとリリはそっと箱を置いた。


 地面にぺたりと付いているリリの尻尾がゆらゆらと左右に揺れている。その嬉しそうな姿に思わず目を見開いた。リリがここまで他人に慣れるなんて本当に珍しい。家族以外には全く懐くことはなく、噛みつきはしないものの、決して近づく事はない。初めてネムを見つけた時もそれしか思いつく方法がなくダメ元で頼んでみた結果うまく行っただけのことだった。それが側に寄り尻尾を振って嬉しそうにするくらいネムに好意を持っているなんて、本当にびっくり。


「これ、開けていいの?」


訝しげに掌の上に載る小さな箱を眺めながら尋ねてくるネムに即座に返事をする。


「もちろん。」


返事を聞くとネムは左手で箱の底を持ち、右手で蓋を開けた。ネムの手はとても綺麗。肌も白いし、箱を開ける仕草までも優雅で指先までも動きがきれいってどんなだ。あ、違う。それより今は喜んでもらえるかどうかだ。反応を見逃すわけにはいかないのだ。




・・・あれ?


ネムは箱の中身、昨日あのお店でもらった髪留めを見つめたまま一向に顔を上げず言葉すら発さない。どうしたんだろう。

顔を覗き込もうとするけれど、壁が邪魔で覗ける角度は限られているし、何より私が髪留めを渡したかった理由の一つである前髪が邪魔をして見えていた頬までも隠してしまう。

出来るだけ壁に近づいて首の角度を変えて必死に覗き込んでいると、ガバッと顔を上げたネムがこちらを向いた。


「っうっわ。びっくりした」


今までピクリとも動かなかったのに、急にこちらを向いてくるとは....びっくりして胸が痛い。


「これ...どうしたの?」

「へ?...ああ、これね。すっごく素敵でしょ?昨日領都に行った時に新しく出来ていたアクセサリーショップで見つけてね、話しているうちに譲ってもらうことになったの。これを見つけたとき、なぜだかネムを思い出してね。だからどうしてもネムに渡したかったの」


ちゃんと、友人にあげますと言ってあることや、"前髪を留めてね。そんなに長い前髪でいたら目が悪くなっちゃうよ。"というお小言も忘れずに伝える。ちょっとお母さんみたいだなと自分で思った。


「そう。...とても珍しい石だね」

「私も初めて見たの。あ、でも昔読んだ本でこの石に似た宝石は見た事があるよ。青紫色に夕陽のような淡いオレンジ色がほのかに混ざっていて、まるで夕暮れを閉じ込めたような石。本で見てもとても綺麗だった。でも、その石は実在するかどうかも分からない伝説の様な石と書いてあったから、その石ではないと思うけれど...でも、その伝説の石ですって言われても信じちゃうくらい綺麗だよね」



「...うん。綺麗だね」


トクンと心臓が跳ねた。そんな優しい声でるんだ。そっと呟かれた言葉が耳に届き胸を擽る。やっぱり私は声フェチなのかもしれない。ネムの声すきだなぁ


「この花はフレイアだね」

「店主のおにぃさんもそう言ってた。ネムよく知ってるね。」

「まぁね」


...ところでつけてみてくれないかな?

ネムはずっと髪留めを眺めたままで一向に手に取ろうとすらしない。絶対にその綺麗な紫色の髪に似合うのに。付けてるところ見たいな。あわよくば、顔も見れたら嬉しい。ネムはどんな瞳をしているんだろう。


「...ねぇ付けてくれる?」


待ち切れずに急かしてしまった。嫌がられるだろうか?



 けれど、そんな心配は不要だったようで、ネムはああ、うん。と返事をして前髪を掻き上げ頭の天辺で髪留めを使って留めた。

俯き気味だった顔がゆっくりと持ち上げられこちらを向く。


「ーーーっわあ」


声にならない声が口から漏れた。

口元を両手で覆って目を大きく見開く。言葉にならない。目が離せない。まるで時間を止められてしまったみたいに。

ネムの顕になったその顔があまりにも美しくて恐ろしくて。その人外めいた美貌に加えて一番驚いたのはその瞳の色だった。

同じだ。同じなのだ。あの石と同じこの世で最も美しい夕暮れを切り取ったような瞳。キラキラしていてどこか寂しげで儚くて。


「ありがとう」


息を呑むほど美しく、けれど迷子の幼い男の子がお母さんを見つけたときの様なそんなふにゃりとした微笑みを向けてくれる。

先ほどまでのネムと今のネム。まるで違う人と一緒にいるみたいだ。

それに薄く形の良い唇が紡ぐ言葉が特別なものに感じる。初めて話した時からネムは私の特別だけれど、今は何だか違う。親しみを持った特別感ではなく、恐れ多い特別感。美形ってすごい。綺麗に整っている眉。少し垂れ気味な目とそれを囲む長い睫毛は優しげで色気もあって..。鼻は高くスッと通っていて、何もかも完璧にーー


「ねぇ、聞いてる?」


っは!


すっかり自分の世界に入ってしまった。

我に変えるとネムは目の前で手をひらひらさせて私の意識を確認していた。


「ねぇネム、あなた綺麗な顔してたのね」


何だか夢見心地だ。かろうじて言葉を紡ぐがまだボーっとしている。


「何言ってるの?君だって人のこと言えないでしょ?」


一気に意識が覚醒した。

ジト目でネムを見つめる。いや、睨む。


「...ミューリア」


 ネムの陶器のように白く滑らかな眉間にシワが寄る。まるで苦虫を噛み潰したような顔。美形のそんな顔はなんかちょっと面白い。


「.....ミューリア」


ちょっと納得はしてなさそうな小さな声でようやく呼んでくれた。また君って言ったのだ。別に君でもいいけれど、たまにはミューリアとも言って欲しい。ここまで相手に押し付けることでもないのは分かっている。分かっているけど、こうでもしないと名前を呼んでくれないことも分かってる。




 なんとなく胸まで伸びた髪を一房とって指に絡ませる。根元は金色なのに毛先にいくにつれてなぜか桃色に色付く髪。瞳は深い翠に星の様な金色が混じっている不思議な色。肌はどれだけ日差しを浴びても白く、耳は少しだけ尖っていて顔立ちもまぁ綺麗だと思う。というか、会った人ほとんどにそう言ってもらっている。自分掛けられた称賛の言葉はどこか他人事に聞こえてしまうけれど。私自身は、自分の容姿を毎朝鏡を見ているので、見飽きたというのがしっくりくる。だって、私は...


「私の容姿や力はご先祖様のものだもん。中身はただの田舎娘だよ」

「...ミューリアは先祖返りなんだね」


お、嬉しい!ちゃんと名前を呼んでくれた!

またキュンと胸が躍る。

私は自分の名前が好き。お父さんとお母さんが付けてくれた大切な名前。


「何、にやけてるの?」


立てた膝に頬を乗せて上目遣いでこちらを見てくるネム。上げ切れなかった髪がさらりと流れ、髪留めがキラリと光った。何それ。その反則な角度。

あざとすぎる!自分の顔の威力分かっててしてるな?



「そういうのは気が付いても言わないでほしのだけれど?」


顔があつい...ダメだ。耐えられない。両手で頬っぺたを潰してグリグリと解す。そして咳払いを一つ。ここで髪を上げてもらったことを少し後悔している私がいる。まあ、そのうち慣れるだろう。学園でもびっくりするくらい綺麗な顔の人が多かった。特に殿下やサブリナ様、宰相様の息子さんや、アリーの婚約者。次期魔法士長なんて人もいたっけ?他の令息様やご令嬢も綺麗な人は多かったけれど、あの方達は別格だった。まぁ、それでも私にはサブリナ様よりもアリーの方が断然可愛く見えるけれど!!

....そういえば、サブリナ様も先祖返りだったっけ。

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