第6話 ヒロインは過去を振り返る

始めは良かった。慣れない環境、自分の生きてきた世界とはまるで違う別世界での生活に戸惑いを感じながらもそれなりに楽しく過ごせていた。何よりアリーがいてくれたことはとても心強かった。

 16歳になる年から18歳までの3年間貴族や商家の子息令嬢が通うフォレスティア王国最高峰の学園。私はそこに、特待生として入学した。そこで最初に親しくなったのが、サブリナ・デワイス公爵令嬢だった。

 庶民の私が学園に馴染めるように気にかけてくださり、とても優しくてしていただいた。そんなサブリナ様のことを私はすぐに好きになった。

なぜか、王太子殿下やその側近である高位の令息達がやけに話しかけてきたり、何故か行く先々でその方達それぞれとサブリナ様の逢瀬に出くわしてしまったりと、驚くことは多々あったけれど、学園生活は上手く過ごせていたと思う。


 けれど、学年が上がって二年生になってから私の学園生活は変わった。きっかけは私の焼いたクッキーだった。自分とアリーで食べるようにと作ったクッキーを持っていると、サブリナ様と偶然会った。私の作ったクッキーに興味を持ったサブリナ様にお口に合うか分かりませんがと召し上がって頂くと、とても喜んでくださった。また、作ってほしいと頼まれた私は喜んでクッキーを作った。貴族であるサブリナ様に喜んで欲しくて少しでも見栄えを良くしようと慣れないラッピングをして。

 そのクッキーも嬉しい!と、とても喜んでくださった。


 それが始まりだった。また喜んで欲しいと作ったクッキーを鞄から取り出しているところに通りかかった殿下が私に言い放った。これは盗んだ物だろうと。結局、私が作ってサブリナ様に渡したクッキーはいつの間にか"サブリナ様が殿下のために作ったクッキー"として殿下への贈り物となっていたらしい。いくら私が弁明しても聞く耳を持たれず結局私は盗人扱いとなった。それからは地獄のような日々だった。

身に覚えの無いサブリナ様への嫌がらせを責められいくら否定しても全く聞く耳を持たれない。今まで仲良くしてくれていた他の人達も相手が王子殿下やその取り巻きである高位貴族の子息達であるために、触らぬ神に祟りなしと私から離れていった。幸い私の力の影響を怖れて便乗して嫌がらせをしてくる人も居なかったけれど、その代わり私の存在はいないものとされた。

話しかけても本当に聞こえていないかのように無視をされ目は合わされず私がいる所には誰も近寄らない。近づいてくるのは、私にまた罪を擦りつけてくるサブリナ様とそれを責める殿下達。

私の心はどんどんと擦り切れていった。


 そんな中でもずっとアリーだけは私の味方でいてくれた。私を庇い私の話を聞いて胸を貸してくれた。本当にアリーだけが私の心の支えだった。ずっとアリーの手を握っていたかった。けれど、それじゃいけないことも分かっていた。私がアリーの手を握り続けていれば、アリーの世界を壊してしまう。サブリナ様が目を付けているのは幸い私だけ。それに巻き込まれてしまったアリーを解放しなければ。私が近くにいなければアリーの周りには人が寄ってくる。それに、何より取り巻きの中にはアリーの婚約者だっているのだ。やっぱり私の側にいちゃいけない。私がまだ正常な判断が出来る内に、心が無くなる前に手を離さなければ.....。


 そして、私はアリーを遠ざけた。それでも来てくれるアリーの手を突き離した。痛かった。胸が心が、張り裂けそうだった。


 こうして、私の心は死んだ。

何も感じなくなり、喋ることもなく、食べ物の味さえ分からない。もう、辛いと感じる事も無くなった。涙も出ない。学園で私は存在しなくなった。唯一存在を許されるのは、身に覚えのないサブリナ様への嫌がらせの罪を被される時だけ。けど、もう何も感じないし、否定する気もない。だって私の言葉に意味なんてないから。強く胸倉を掴まれようが大声で罵声を浴びせられようが何でもない。ただその時が過ぎるのを待つだけだ。早くこの生活が終わればいい。終わりを待つだけだった。


 そして終わりの日が訪れた。

私の瞳に輝きが、胸に歓喜の炎が灯されていくのを感じた。追放という名の解放。


私は学園を追放され、私は私を取り戻した。

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