第5話 約束の日


 朝が来るのが待ち遠しいなんて何だか不思議だ。今日はちょっぴり早起きをして台所に立った。今回はいつもより多めに焼こう。また喜んでくれるかな?前回は自分が食べるようにと気軽に作っていたけれど今回は食べてもらう事が目的。だからいつもと同じ材料、いつもと同じ手順でも、なんだか緊張してしまう。



 ーーーそれに気が付いた時にはもうダメだった。手が震えて動けない。ボールとヘラがぶつかり合ってカタカタと音を立てている。記憶というものはとても厄介なもので自分の意思とは関係なく勝手に現れては自由を支配する。早く作りたいのに。これじゃあ早起きした意味が無いじゃないか。




 クーン



足元に温かく優しい安心が寄り添う。ハッとしてゆっくりと視線を落とせばリリが足に頬擦りをしてくれていた。本当に優しい子。

小さな頃、壁に気がつかずぶつかって泣いている私の側に子犬だったリリはいつの間にかいて、頬を流れる涙を舐めて慰めてくれた。その後どこも怪我をしていないのに何故か弱ってしまったリリを家に連れて帰って助けて以来ずっと一緒いる。リリは、兄弟のいない私にとっての妹であり、いつも遊んでくれる友達だった。そして困ったり悲しい時にはいつも側に来て守ってくれるヒーローだ。本当にリリには感謝しっぱなしである。


「ありがとう。リリ。もう大丈夫だよ」


落ち着いてようやく作業が再開することができた。

焼けたクッキーの粗熱が取れるのを待ってから小さな丸い籠を三つ並べてそれぞれに分けていく。この丸い籠はお母さんが趣味で編んだものでとても使い勝手がいい。それに見た目も可愛くて私のお気に入りだ。私の部屋の小物入れもお母さんにお願いして色々な大きさの物を作ってもらった。因みに私もマネして作ってみたけれどまぁ、うん。人にはそれぞれ向き不向きというものがあるのだ。


 クッキーを作り終えて、もう少しでお母さんとお父さんが起きてくる時間だ。せっかくなので朝ごはんも家族分作ろうか。

 昨日お母さんが焼いてくれたパンが少し硬くなってしまったので、これを使ってフレンチトーストでも作ろうかな。トッピングはナコの実の甘酸っぱいジャムを添えて。あとはベーコンを焼いてトマトとレタスを細かく切って和えたサラダと昨日街の八百屋のおじちゃんにもらったイモでポタージュ作ってっと。うん!なかなか良い感じだ。

イモをペースト状にするには時間がかかるのでここはチャチャっと魔法で。

鍋に入った蒸して皮を剥いたイモに人差し指を向けてクルクルと回す。魔法はイメージが大切だ。鋭い風がイモの周りを歯車のように回るイメージで。


「くるくるく〜るくるん」


適当に歌いつつ芋を刻めばあっという間にペースト状になった。後はメリィのミルクを入れて香辛料で味を整えつつ煮込めば完成!


「本当に魔法って便利ねぇ」

「本当だな。草刈りもミューに頼もうか」


「っうわ!びっくりした!」



まだ寝ていると思っていた両親が左右の背後から顔を出して鍋を覗き込んでいた。


「ッアツ!」


驚いた衝撃で掻き混ぜていたお玉を鍋に激しく沈めてしまい跳ねたポタージュがお父さんのほっぺたに跳ねてしまった。


「わわわっ!ごめんお父さん!大丈夫!?」


急いで頬っぺについたものをフキンで拭く。うまく取れたかと思えば、先程クッキーを作った後に台を拭いたフキンだったようで、ポタージュのかわりに小麦粉が沢山頬っぺたに付いてしまった。


「っぷ!!!アハハ!」

「まぁ。お父さんったら。フフフ」


その顔が面白くてお母さんとお腹を抱えて笑った。その様子を見ているお父さんもキョトンとした後に照れ臭そうに笑った。私は今幸せだ。その事に、今この瞬間に気が付けた事がとても幸せだと思う。



 朝ごはんをみんなで食べたら今日もメリィの世話から始まる。因みにお父さんの頬っぺたは赤くなって火傷気味だったので、手を当てて治癒の魔法を掛けておいた。お父さんはその魔法に再び興奮して次は自らポタージュを跳ねさせ、また火傷したのはご愛嬌である。


 メリィの乳を絞り、毛を刈ってついでに朝お父さんが言っていた草刈りも済ませておいた。午前中に手伝いを終えて刻々と迫る時間に胸は高鳴っていく。もうすぐネムに会えるのだ!


「お父さーん!今日もすぐご飯持ってくるね!」

「おう!頼んだ!」



 お昼ご飯は、トマトとレタスとチーズとハムを挟んだサンドイッチとイモのスティックフライ。あとはナコジュースだ。お母さんにはネムのことを少しだけ話していたので、ちゃんと二人分を籠に入れておいてくれた。因みに、我が家はレタスとハムのサンドイッチが多いのだけれど今日はネムの為にトマトとチーズも加えた特別サンドイッチ。お母さん、ほんとに優しい。

 お父さんには相手が男の子だからもあって話していない。何となくだけど、話すと付いてきちゃいそうだから。いや、何となくじゃないな。確実に。お母さんも話した時は心配していたけれど、ネムが壁の向こう側にいるということと、リリが警戒しなかったことと、あと私はお父さんより強いの一言で納得してくれた。それお父さんには絶対に言っちゃダメよ。とも言われた。

 お昼ご飯が二人分の入った籠と一人分の入った籠にそれぞれクッキーの入った丸籠を最後に入れて準備万端。


「お母さんこれ良かったらお茶する時にでも食べて?」

「あら。ミューちゃんのクッキー久しぶりね。ミューちゃんの作るクッキー私大好きなの。嬉しいわぁ。今日は午後からアニッタさんとお茶する予定なの。一緒に頂くわね」


アニッタさんは養蜂業を営むご近所さん。小さい頃から私もお世話になっている人なので、宜しく伝えてとお願いして家を出た。

お父さんにお昼を届けると籠の中のクッキーを見て破顔していた。ネムのお陰で思った以上に早くお父さんにクッキーを渡せる日が来て本当に良かった。




 森へと一歩入ると優しい空気が頬や髪を撫でてくれる。精霊達はいつもの様に可愛く元気に挨拶をして、歓迎してくれた。そんな心地良さに浸りつつどんどん森の奥深くへと歩みを進める。壁まで行くのは今日で三回目。森は私の庭みたいなものだ。行った事のない場所でも三回目ともなれば精霊に導いてもらわなくても迷わず辿り着けるようになる。それが、王都みたいな都会では何度も通った道でも迷うのだから自分でも不思議である。



ーーーーピチチチッ


 鼻歌を歌いつつ歩いているとエメラルドの羽が美しい2羽のミドリ鳥が慌てた様子でこちらに飛んできた。こちらまで来ると目の前でホバリングをしながら必死に何かを訴えて来る。


「どうしたの?」


『ヒナが巣から落ちちゃったみたい』

『助けてほしいっていってるよ』


「大変!!案内してくれる?」


 ミドリ鳥は木の高い所に巣を作る。そこからまだ上手に飛べないヒナが落ちてしまえば大怪我をしてしまう。いや、怪我で済むのならまだ良い方かもしれない。はやく、とにかくはやくその子の元へーーー



 精霊とミドリ鳥の夫婦に導かれて着いた一本の木の下に横たわる小さな命。姿を見つけると急いで駆け寄り地面に膝をついた。

そしてそっと両手で包み込んでヒナを掬い上げる。


ットクンットクンットクンットクン

と、小さな鼓動が、温かさが、間に合ったんだと教えてくれる。良かった。生きていてくれた。ならば、ここからは私の役目だ。



「よく生きていてくれたね。さぁ、願って、生きたいと...。」


身体の奥底から湧き上がる温かな力が掌の小さな命を包み込む。この力は私の存在そのものだ。魔法とは全く違う。わたしの身体に、わたしの血に受け継がれた力。この森の生きとし生けるものすべてを守る為の力。



ッピ....ッピチチチ


包んでいた淡い光が粒となって弾けると、クリクリの可愛い目がぱちくりと開いて元気よくヒナが鳴いた。その様子を見たミドリ鳥の両親は空中を大きく舞った後私の両肩に乗って頬ずりをしてくれる。お礼を言ってくれているみたい。可愛い。


「元気になって良かったね。頑張ってくれてありがとう。もう落ちちゃダメだよ?あなたがいつかこの大空を舞う日を楽しみにしているね」


最後にどうか健やかにと祈りを込めてヒナの額に口付けを落とした。


 今度は風の魔法でヒナの体をふわりと浮かせて巣へと戻してあげた。無事親子で巣に帰るところを見届けると地面に突いていた膝を浮かせて立ち上がる。視線を足の方へ移せばワンピースの裾に少し土が付いてしまっていることに気がついた。


ーーーしまった.....。


今日は気合いを入れてお気に入りのワンピースを着ていたんだった。ヒナに夢中で忘れてた。少しはたいてみたけれど、完全に落とすのは難しいみたい。

ま、いっか。服を汚すのはいつものことだもんね。帰って石鹸水に浸したら落ちるかな?

と歩きながら洗濯方法を考える事に没頭しているといつの間にか壁まで来ていた事に気が付いた。




「....あ」


そして、初めて会った時と同様にネムが木に凭れて眠っていた。


ふふふ。

ほら、やっぱりネムでぴったりじゃない。

眠っているのは少し寂しいけれど、仕方がない。だって"ネム"だもんね。


 ネムが眠っている木と隣り合っている木に私も凭れて座り羽織っていた薄手の大きめのストールを外した。それを今日も一緒に来てくれたリリに渡す。


「リリ、このストールをネムに掛けてきてもらえるかな?」


少し小さめにワフッ!と返事をしてリリは咥えたストールを壁の向こうで寝ているネムへと器用に口を使って掛けてくれた。うちの子は世界一の天才だと思う。

 戻ってきたリリの頭を撫でてやると、横に寄り添って腰を下ろしそのまま伏せて寝息をたてだした。リリはここ最近眠っている事が多いようで少し心配になる。けれど、睡眠の面以外はとっても元気なのでとてもありがたいことだなと思う。私の力でも寿命はどうにもできない。ならば、最後の時まで私はリリと一緒に居たい。


 眠ったリリの頭をしばらく撫でているとピチチチと、聞き覚えのある鳴き声がだんだんとこちらに近づいてくる。

声の方向を向けば花を咥えたミドリ鳥が1羽こちらに向かって飛んできた。

手の甲を差し出せばゆっくりと降り立ち、ちょこんととまった。


『ミューちゃんにおれいだって〜』

『ありがとうって言ってるよ〜』


 精霊達の声を聞いて乗っていない方の手を差し出せば咥えていた花を掌に載せてくれる。白色のレイニー、花言葉は幸せの予感。


「ありがとう。とっても嬉しい」


 ミドリ鳥はまたピチチチと鳴いて巣へと帰っていった。サワサワと木々が踊り心地よい風が空気が流れていく。風に吹かれた髪を耳にかけてワンピースのポケットから取り出したハンカチでレイニーをそっと包む。帰って押し花にしようか。丁度、本のしおりが欲しかったところだ。花が潰れないように籠の中にそっと入れた。


「.......せい...れい?」



 何か聞こえた気がしてっふとネムの方を向けばいつの間にか起きて目を擦っていた。そしてこちらを向いたネムの目と私の目がパチリと合った気がした。


「あれ?起きてたの?」

「....なんだ、君か」


なんだってなんだ。


「ちょっと気になる言い方だったけれど、まぁいいや。おはよう。ネム。約束通り来てくれてありがとう」


 純粋に約束を守ってくれた事が嬉しい。ネムは体を起こしながらガシガシと頭をかきつつ解けかけた後ろの髪を手櫛で結い直していた。


「...おはよ」


大きな欠伸をしつつ気怠げに返事をしたネム。私が思うのは変かもしれないけれど、まともに話すは二回目の相手にこんなに無防備で大丈夫?少し心配になってしまう。まあ、壁があるから安心してるのかな?


「ねぇ、僕お腹すいたんだけど」

「あなた意外にマイペースね」


いや、意外じゃないか。ネムは初めからマイペースか。なんだかおかしくなってクスクス笑いつつ、お昼ご飯の準備をする。家を出たのがお昼前で今まで色々あったので、時間は昼過ぎ頃だろう。私もお腹ぺっこぺこである。籠からランチクロスと自分の分のランチを取り出すと、ネムの分を残して籠をずるずると壁の方へと押す。リリが眠っている今、運んでもらう事が出来ないので壁に手が当たらないようにゆっくりと籠を向こう側へと押すしか方法は無い。籠はそれに従ってすーっと壁を通り抜けていく。手が壁につきそうになるギリギリまで押して手を引いた。きっとただ向こうに行けないだけの壁なのだろうけれど、何となく触れるのが怖いのでならべく触らないように気をつける。昔ぶつかった時は、物理的な衝撃しか無かったので、ゆっくりと触る分にはきっと建物の壁と同じようなものなんだろうけど...用心深いに越した事はない。

っというか、リリに頼まず初めからこうしたら良かったのでは?


「はい、召し上がれー」


ネムが籠を受け取るまで見届けると早速サンドイッチにかぶりつく。今日も挟んでいる野菜は朝、お母さんが畑から採ってきてくれたもので、とても瑞々しい。この噛んだ時の野菜の瑞々しさが弾ける感覚が何ともいえず好きなのだ。それにハムとチーズの塩気がとても合っていてこのサンドイッチは最高の組み合わせだと思う。芋のスティックフライもホクホクで冷めていても美味しい!ナコジュースはミルク用の小瓶に入れた物を二つ籠に入れてくれていたので、魔法で冷やしてネムの分を渡した。ジュースは冷えていた方が美味しいからね!まぁ、ネムも出来るんだろうけど、自分で冷やしてね、じゃ何となく愛想がない気がして。


「これはあの果物の飲み物なの?」

「そうだよ!ナコの実のジュース。沢山採れた時には絞ってジュースにするの!リストピアにはナコの実ないの?」

「さぁ、少なくとも僕は知らなかった」

「そうなんだ。フォレスティアでもこの辺りの人以外知ってる人は少ないみたいで。どう?口に合うかな?」


やっぱりリストピアにも無いんだ...。アリーでさえ、私が持って行って初めて知ったみたいだから、ルナールでしか採れないのかも?というか今まで考えたことなかったけれど、もしかしてこの森でしか採れないのかな?今度東の森の民に聞いてみようか...


「...美味しい。僕は好きだよ。この味」


隣からそれほど大きくはない声で呟かれた言葉に振り返る。


「ネムの声はとても素敵だね!低くすぎず、高すぎず、とても心地がいい声!」

「何?急に」

「いや、今っふと思ったから」


急も何も、耳に届いた声に、お!良い声!っと反射的に思ったのだ。私は案外声フェチなのかもしれない。


「ふーん」


どうでもよさそうな返事をしてまた食事を始めたネムに合わせてまた私も食事に戻る。やっぱりネムはお行儀良く綺麗に食べている。さっきからサンドイッチの中身が落ちそうになってアタフタしている私とは大違いである。あ、まずい。トマトが後ろから逃げる。


かぶりついた反対側から逃げ出しそうになったトマトをすかさず口で受け止める。よし、間に合った!


「ねえ、君。年はいくつなの?」


溢さなかった達成感に浸りつつ咀嚼していると、ネムに話しかけられたので慌てて口元を手で隠した。


「わ、私?私は17歳だよ。ネムは?」


流石の私でも、口元を隠すくらいのお行儀は心得ている。というか幼い頃、食べながら話していてアリーに怒られることが日常茶飯事で、お行儀が悪い!せめて口元をを隠しなさい!と言われたことは数知れず。...ありがとうアリー。お陰で私は最低限の体裁を守れている気がします。


「僕は..19」


へぇ、19歳なんだ!


「19歳!年上!!ごめんなさい!年上の人に敬語も使わず...気をつけます」


一応こんな私でも年上の人にはちゃんと敬語を使うべきだと思っている。人生の先輩は敬うべきだ。てっきりネムは見た目からして同じ歳か少し下くらいだと思い込んでいた。私は年上の人に対してなんて礼儀知らずな態度をとっていたのか...


「やめてよ、気持ち悪い」

「...へ!?き、きもちわるい?!?!」


今、気持ち悪いと言ったか。何が!?どこが!?!?


「僕、あまり好きじゃないんだよ。そういう話し方。気にしなくていいからさっきまでと同じように話してよ」


あ、なるほど。そういうこと。言葉足らずで直球で、いや変化球?とにかく気持ち悪いはあまりの衝撃だった。


「...ネムがそう言うなら」


年上には敬語を使うべきである。けれどネムが嫌ならしない。今さらなので私もその方がありがたいしね。


「ねぇ。このクッキーも食べていいの?」

「え!?あぁ、うん。いいよ」


ネムのお昼ごはんと一緒にクッキーが入った丸籠もそのまま入れて渡した。なんだかドキドキする。

ネムが籠から一枚取り出して口へと運んでいく。その様子を固唾を呑んで見守った。


「ねぇ。顔に穴が開きそうなんだけど。そんなに見つめないでもらえる?」


クッキーを口に運んでいた手を止めてこちらに向いたネムは呆れ気味の声でそう言った。


「え、あぁごめん。美味しいかどうか心配で」

「君は食べてないの?」

「味見はしたけれど私の好みとネムの好みは違うかもしれないでしょ?私が美味しいと思ってもネムが美味しいと思ってくれなくちゃ作った意味がないもの。ね、だから早く食べて?」


ふーんとまたもつまらなそうな返事をしてネムはクッキーをパクリと食べた。なぜクッキーを一枚食べるにもそんなに優雅なのか。


「...まあまあだね」

「うわぁ、微妙な返事だなぁ。うーん、何か分量間違えたかなぁ?」


確かに砂糖が気持ち多かったかもしれない。それとも少し焼き過ぎた?作っているときに少し時間を置いてしまったのもいけなかったのかもしれない。うーん。またつくりなおしかなぁ...また作ったら食べてくれるかな?


「何?その格好」

「え?格好?」


自分の体制をゆっくりと見直す。片方の手は反対側の脇に挟んでもう片方の手は親指と人差し指だけを広げて顎に当てている。格好も何もこれは考える時の私のクセだ。というか大抵の人考える時こんな格好しないかな?


「これは私のクセ。そんな事より、またクッキー作ったら食べてくれる?」

「また作ってくれるの?」

「もちろん!だって今回はネムの好みにあまり合っていなかったみたいだもの。」

「いや、おいしいけど?」

「いや、いいの!お世辞はいいの!次こそはネムが美味しいと唸るものを作ってくるから覚悟しておいて!!!」


よし!やる気がでてきた!


「よく分からないけれど、分かった。覚悟しておくよ」


お世辞じゃないけどねとポソリと呟き、クスクスと可笑しそうに笑うネムの姿を見て胸がキュッと苦しくなる。つい息を忘れてその姿に魅入ってしまった。


 すると、っふとネムは笑いを潜めこちらに向き真剣な声色で私に尋ねる。


「ねぇ.....君はどうしてそこまでしてくれるの?」


どうして?

その声色は平坦で、感情が感じられない。なんで急にそうなった?


どうしてかって言われてもなぁ...


「ネムが私と話してくれるから?」


簡潔に言えばそういう事である。

ネムは首を横に傾けて何それと心底不思議そうな声で尋ねてくる。

首を傾けた拍子に顔を隠していた前髪がさらりと流れ、隙間から見えた瞳がきらりと煌めいた。夜空を瞬くお星様みたいだ。


「私ね、この間まで王都の学園に通ってたんだけどね...」


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