第4話 デラーレの街で

お屋敷を出て街へと繰り出す。

一歩大通りに入れば、朝の賑やかな街並みが眼前一杯に広がった。香ばしい香辛料の香りにパンの焼ける匂い。商売人達の賑やかな売り文句に買い文句。そして何より街を彩る色とりどりの花や野菜や果物達。特に今はレイニーという花が最盛期を迎えていてとても色鮮やかだ。レイニーは沢山の色があってその色それぞれに花言葉があるけれど、レイニー自体の花言葉は"あなたに幸せを"だ。とても縁起の良い花である。


 デラーレは別名花の都と言われている。花の栽培が盛んで、どの季節に咲く花もとても人気が高く他領からのお取り寄せはもちろん、王族や他国貴族にも献上するほど名が通っている。

そんな街だからこそ領民も花が好きでほとんどの家は常に季節の花を飾っている。その為街には当然お花屋さんがいっぱいある。どのお店も店頭に沢山のお花を並べているのでとても色鮮やかだ。デラーレの観光名所でもある。そんな景色を楽しみつつ久しぶりに訪れた街を歩く。


「あら!ミューリア様じゃないの。帰ってきてたのね。おかえりなさい!」

「どおりでここ最近やけに花達が嬉しそうに咲いているはずだ」

「ミューリア様この花持っていって」

「おう、こっちも持ってってくれ!」


 小さな頃からの顔見知りの人達に会うと沢山声をかけてくれた。本当にみんないい人達ばかりだ。いい人達すぎてお土産でもらった花や果物で両手がいっぱいになってしまった。こんなにたくさんもらっては申し訳ない。また、お礼は改めてさせてもらおう。今だとナコの実がいいか、それとも畑の世話か。お礼を考えるのも楽しいひと時だなぁと改めて思う。


 散策も一通り楽しんで、そろそろ乗合馬車にでも乗ろうかと停留所に向かっていると見覚えのない新しい小さな建物を見つけた。小さな看板でアクセサリーショップと書いてある。どうしようか迷ったけれどやっぱり年頃の乙女としては気になってしまった。何となく扉をノックすると店の中からはいー!と返事があったのでそっと扉を開けて中を覗いてみた。開けてすぐ正面に両手を広げたくらいのガラスケースとその奥に私よりは年上でお父さんよりは年下であろう少しつり目気味のでも優しそうなお兄さんが立っていた。


「いらっしゃ...い。あなた...もしかしてミューリア様ですか?」

「へ?あ、えっと...そうです」

「やっぱり!」


あれ?この人どこかで会ったことあるっけ?この地域に関しては顔は広い方だと思うから会った事があってもおかしくは...でも私結構記憶力には自身があるんだけどなぁ。一度会ったら思い出せるんだけど、誰だったかな...?思い出せない。


「すみません。大変失礼なんですけど、私どこかでお会いしたことあります?」


 顔だけ店内に入れていてもアレなのでとりあえずお店の中にお邪魔してちゃんと話す体勢を整える。


「あ!いえいえ!お会いしたのは今日が初めてです。貴女のお話はこの土地に来て沢山聞きましたから。お会い出来て光栄です。いやぁ、噂通り本当にお美しい!

僕はこの土地に観光できた時、街並みに一目惚れしてしまいまして、そのままこちらに引っ越して来たのですよ!それで元々趣味でしていたガラス細工のアクセサリーのお店を持つ夢をここで実現してですね、そりゃあ初めは失敗の連続で....」



なるほど、うんうん......うん。長い!!早い!!!

人の話を聞くのは不得意ではないと思っていたけれどただの自惚れだったみたい。どこで相槌を打てばいいかさっぱり分からない。


ただ、会ったことはなくて、話に聞いていた私を本人だとピタリと当てたということは理解できた。とりあえず安心!会ったことあるのに忘れているのは失礼だからね。良かったよかった。


「あ、そうだ、そうだ。今日はどんな物をお探しで?」


彼の人生談を一通り聞き終えれば当然と言えば当然のことを聞かれて、本来の目的を思い出した。目的と言うほどのことではないのだけど、ただ見慣れ無いお店に好奇心で立ち寄ってみたのだ。お小遣いだってそんなに持っていないし。


「初めて見るお店だったのでちょっと気になって。どれもキラキラしていて綺麗ですね」


ようやく、まじまじとガラスケースの中を見た。照明の光を浴びてキラキラと美しく輝いているガラス細工はとても神秘的。

けれど、作者である彼の人柄が反映されているのか、どれも親しみやすいデザインばかり。ちょっと背伸びした日常遣いが出来そうな物が沢山あって私を誘惑してくる。

ゆっくり視線を動かしてひとつひとつ眺めていると、ある一つの髪留めに視線を奪われた。ガラスケースの隅っこにちょこんと控えめにけれどその存在感は圧倒的で目を奪われて離せない。


「...綺麗」


美しい夕暮れのような不思議な色をした石が埋め込まれた花。それを翠色の美しいガラスの瞳を持った小鳥が咥えているモチーフが小さく繊細に施された髪留めのピン。とてもシンプルなのにその小振りなモチーフがあまりにも美しい。それに、なぜかっふと彼の顔を思い出した。あの綺麗な紫色の髪にきっと似合うだろうな.....。



「さすが、ミューリア様。これは私の自信作なのです。こちらの花は私の住んでいた地方に伝わる伝説の花フレイヤがモチーフになっております。花言葉は「あなた」それ以外の解説も何も無く様々な憶測が生まれております。そしてそこに埋め込まれている石は私が地元で偶然に拾いました。」

「拾った?」

「ええ、偶然拾ったのです。私もこれを初めて手にした時には何時間も心を奪われて動く事ができませんでした。ところがだんだんと創作意欲に駆られ、このピンが出来上がったのです。しかし、申し訳ありません。こちらは非売品です」


こんなに綺麗な石が地面に転がっているとは一体彼の地元はどんな所なのだろう。御伽話に出てくる宝石の国みたいなところだったり?何ソレ。行ってみたい。


「そうなんですね。残念。...と言いたいところですが、私はお金をそんなに持っていないので、売り物でも買う事が出来ませんでした。こんなに素敵で気に入ってしまったものですもん。自分で買えないのなら誰のものにもならない方が嬉しいです」


そうそう。そしたらまた見に来れるしね!





ーーーーッブハ!!


 また髪留めに視線を移して魅入っていると、黙っていたお兄さんが突然吹き出した。


「アハッハッハ!ミューリア様は見た目に反して実に人間らしい事を仰るのですね!」

「.....私は人間です」


見た目と中身が釣り合って無いことは百も承知ですが!?

少しふてくされた声で返事をするも効果はなく、腹を抱えて笑う店主をジト目で睨む。又もや効果はいまひとつのようだ。


「ヒッヒーッ...ハァ。やっと落ち着いた」


そもそも、そんなに笑うようなことかな?

笑いのツボが分からない。なんだこの人。


「久しぶりにこんなに笑いました。慣れない土地でずっと強張っていた心が解された気分です。良かったらこちら貴女に差し上げますよ」

「はぇ?」


変な声でた。

くれるの?え?ダメだよ。こんな高そうな物。


「いやいや、頂けないです!」


両手を体の前で振って全力でお断りする。そんな、お野菜のお裾分けじゃないんだから、じゃあ頂きますなんて言えない。


「いいんですよ。どの道、誰にもお売りする気はなかったのです。いつか誰かに譲ろうと思っていたので。私は貴女に笑わせていただきました。笑いは幸福です。私は貴女から幸せを頂いたのです。ならば、私も何かお返しをさせていただきたい。良かったら受け取ってもらえませんか?」


そう言ってもらえるなんてなんだか嬉しい。心が温かくなる。素敵な考え方で私も見習いたいなとも思う。でも...


「そう言ってもらえて嬉しいです。出会った人が幸せになるのは私も嬉しい。けれど、私はこの素敵な髪留めを頂いてもきっと新しく出来た友人にあげてしまいます。何故かこの髪留めを見た時にその人の顔が浮かんでしまって。きっと似合うだろうなって。だからやっぱり頂けません」


好意で頂いた物をすぐに他の人へと渡すのは失礼過ぎる。それが分かっていても手にした瞬間私はきっと彼にあげてしまうだろう。


「そうですか。ではその方に差し上げてください。これを貴女に差し上げた時点でこれの所有権は貴女です。これをどのようにしようがミューリア様の自由ですよ。それに、僕がこれを差し上げたいと思った貴女が渡したいと思う方ですから。きっとその方がこれを持つのに相応しいのだと思います。」


店主のお兄さんは穏やかに微笑んでそっとガラスケースから髪留めを取り出すと、柔らかそうなトレーの上にそれを置きゆっくりと滑らせて私の目の前に置いた。


「さぁ、どうぞ」


目の前の髪留め、お兄さんの顔。

交互に見つめる。そして、目が合ったお兄さんはもう一度微笑んで軽く頷いた。


 そっと...爪が当たらないように親指と人差し指の腹の一番柔らかい部分で髪留めを摘む。ゆっくりと持ち上げて、反対の掌の上に置いた。ひんやりとした硬質感が掌の上で存在を主張している。いつの間にか止めていた息を細くゆっくり吐いて、落とさないようにしっかり掌の上に神経を集中させる。そしてもう一度お兄さんを見た。


「本当に良いんですか?」

「はい!どうぞ」


 その後沢山たっくさんお礼を言って店を後にした。いっぱい牧場のお手伝いをしてお小遣いを貯めよう。次こそはちゃんと自分のお金でアクセサリーを買いに行くのだ!よし!頑張ろう!!

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