サリアが耳を塞ぐ。「怖い話は止めてって!」
そろそろ金欠が冗談じゃ済まないレベルになってきた。数日内になんとかしないと物乞いに身をやつすしかない。王子の後ろを歩きながら、3人が無い知恵絞って相談中。
「宗教開こうぜ、宗教!」
ハインツの口からはこういう突拍子もない意見が平然と出てくる。
「俺が教祖になって適当な教義作ってさ、信者から金を巻き上げるんだよ。教義は……そうだな、飯を食えば食うほど功徳になる、異性と交われば交わるほど――――」
「あ、もういい。皆まで言わないでよろしい」
サリアが無理矢理話を打ち切った。そして吐き出すように、
「誰が信じるんだ、こんな有難みの無い俗物」
ミリアーネも同調して、
「信者からのお布施で生きていけるようになる前に餓死して聖遺体になると思う。そもそもさ、ハインツはなんでこんなに性欲の塊なの?早いとこ任地の町で彼女でも作って身を固めなよ」
「そんな簡単にできたら苦労はしねえ!」
ハインツが憤慨し始めた。
「俺だって努力はしてるんだ。花屋のかわいい店員さんに顔を覚えてもらうため、買いたくもない花買ってさ。で、ようやくデートに誘ったはいいものの、当日急に家のドアが壊れて修繕が必要になったとかでドタキャンされた」
「またデートに誘っても今度は家の窓が壊れたり屋根に穴が開いたりするやつだ……」
サリアが悲しそうに言うと、ミリアーネも気まずそうに、
「ハインツ、なんかごめんね……。でも宗教とか時間かかることじゃなくて、即効性のある手段じゃないと。だからやっぱりサリアのオシッコ集めて――――」
チッ!というバカでかい舌打ちがサリアの口から発せられたのでミリアーネは慌てて訂正、
「間違えた。サリアのお毛毛集めて、そういう趣味の人に売r」
肩に飛んできた右ストレートをまともにくらったミリアーネ、痛みに顔をしかめながら尚もあきらめない。
「じゃあ、街なかでサリアのおヒップおさわり会!ひと撫で代金パン1個分。夕方までにパン100個くらいはいけそう」
「いいけどさ」
「いいの!?」
まさかサリアが賛成するとは思っていなかった提案者が一番驚いている。
「いいけどさ、その間ミリアーネもおバストおさわり会するんだよな?」
「え、しませんけど……」
「じゃあ私もやらんわ」
こうして万策尽きたのだった。ミリアーネとハインツが口を尖らせながら、
「サリアは否定ばっかりするけどさ、じゃあどんな代案があるのって話だよ」
「そうだぜ。否定だけだったら子供でもできる」
そこまで言われたらサリアも引き下がれない。
「ふん、キミら2人よりはるかにクレバーな案があるんだ」
「それを早く言ってくれたらこんな痛い思いをすることもなかったのに」
「で、どんなことなんだ?」
逸るハインツをいなしながらサリアが不敵に笑う。
「フフフ、それはな……」
「それは?」
「フフフ……フフ……」
「無いんだ……」
これだけ時間を浪費して、結局結論が出ない。お昼ごはんもどんどんショボくなって、今日は1個の丸パンを3人で分け合って食べる有様。
「なんか最近暑くないか?」
「今年の春は異常気象だねえ」
早くもパンを食べ終わった3人、王子が再び腰を上げるまでやることがないから、木陰に座って涼みながら天候の話なんかをして時間を潰すしかない。
「確かに……」
サリアも空を見上げて呟いた。空は抜けるように青く、日光が痛いくらいに降り注いでいる。そこで気付いた。
「いや、春じゃない!もう夏なんだ!」
「嘘でしょ?」
ビックリしたミリアーネが聞き返すが、それは嘘ではなかった。公国を出発して早3ヶ月。春に始めて3ヶ月経ったのだから、季節が夏になっているのは当たり前だ。思えば当初、旅は2ヶ月、長くて3ヶ月の予定だった。しかし今、3ヶ月経って往路すら終わってないではないか。路銀が尽きるのも当然の話。
「なんで今まで気付かなかったのかな」
「キミらがマヌケだからだ」
「サリアにも当てはまるだろ……」
「何言ってる!私は気付いてた!」
見苦しい見栄っ張りをするサリアは放っておいて、ミリアーネが遠い目をして呟く。
「今年こそは夏らしいことをしようと思ってたのに……」
具体的にしたいことは思いつかなかったけれど、任地の町にいたままだったらエルフィラやユスティーヌと一緒に休暇を取って、どこか物見遊山に行けたかもしれない。いや、ひとりでしっぽりひと夏の過ちってやつを経験してみてもいい!しかし現実はどうだ。何の因果があって異国の地で飢えに苦しみながら王子をストーキングして夏を浪費しなければならないのか。そう考えるとつまらなくなってきて、王子のあまりのトロさを恨むような不敬な気持ちすら抱きそうになるのだった。いやいや、そんなことではいけない。歌でもうたって気を紛らわせよう。
"赤い羊と白い羊 2匹がころころ転がって
ピンクの羊になっちゃった
黄色い羊と緑の羊 2匹がころころ転がって
黄緑羊になっちゃった
青い羊と……"
「頭悪くなるからそれやめてくれ」
サリアのクレームが飛んできた。
◆
王子が昼休憩を終えてまた歩き出したので、空腹を我慢して歩き出す3人。
「いっそのこと、そこら辺の店に入って金借りるか。剣突きつけたら、どんなケチな店主でも有り金丸ごと貸してくれるぜ、無利子で」
貧すれば鈍す、なんだか凄い話になってきた。
「ハインツ、それは借りるって言わないんだよ」
「いや、永久に借りるっていうのはひとつの手段じゃないか?」
「いやいやサリア、手段じゃないから。仮に餓死寸前でも強盗とかダメだから……」
あのミリアーネが2人のツッコミ役になってる異常事態。周りに通行人がいないからいいようなものの、もし誰かに聞かれていたら強盗予備罪で通報されてブタ箱行きは間違いない。こんな危ない議論を続けているところへ、向かいから帽子を目深にかぶった旅人ふうの男が歩いてきた。ミリアーネが慌てて、
「ほら、人が来たよ。ふたりとも話題変えて」
「一目で豪邸って分かるところに忍び込むのはどうだ?」
「ハインツ、その体形で忍び込むのは無理だろう……。それに金持ちっていうのは警備要員を雇っている場合があるからな」
「ああぁぁちょっと!いったん口閉じて!」
ミリアーネがちっとも黙らない2人の口を塞ごうと四苦八苦しているところへ、旅人ふうの男はまっすぐこちらへ近づいて来て、彼女の肩にぶつかった。痛っ!と小さな悲鳴を発したミリアーネにも頓着しないで、そのまま去っていく。その後姿を見ながらミリアーネ、なんて失礼な人なんだろうと思ったが、考え直してみると物騒な話題でわあわあ騒いでいる3人組への当てつけだったのかもしれない。にも関わらず他の2人は彼女のことなんかちっとも心配せず、さっきの話題を熱心に続けているのだ。
「立派な服着たガキを攫って身代金を要求するんだ」
「身代金誘拐は金の受け渡し場所に官憲が潜んでて逮捕されるパターンが多いからなあ」
「難しいな。うーん、――――シンプルに辻斬りといくか?」
「なるほど、いいかもしれない。さっきから通行人も少ないし」
さすがのミリアーネも呆れ果て、
「ねえ、もしかしたらさっきの男の人も怒ってたかもしれないんだからさ、もっとまともな方法でお金稼ぐ話しない?腐っても一応騎士のする話じゃないでしょ……」
「腐らなくても騎士だぜ。ミリアーネもさっきまでサリアの毛売るとか言ってただろ」
「そうだ、私の陰毛が良くて誘拐がいけないのはおかしい」
ミリアーネの至極真っ当な提案も一笑に付される。金欠と空腹で2人の価値観がバグってきたのに相違なかった。
「だって、他人様に迷惑かけてお金手に入れるなんてよくないよ」
「毛を売るのだって私に迷惑かかってるんだよ!」
「それはそうなんだけど……迷惑の度合いが違うし……」
ミリアーネがモヤモヤしている横で、2人が計画をどんどん進展させていく。
「やるなら早い方がいいぜ。次にすれ違うやつにしよう」
「よし、今なら周りに人もいないな。ミリアーネ、準備はいいか?」
「えぇ?私やらないよ!?」
ミリアーネが2人の言動に薄気味悪さを感じているところへ、向かいから長いローブを目深にかぶった女が俯きながら歩いてきて、先ほどの男と同様にまっすぐこちらへ近づいて来る。ミリアーネはこれをいい機会に話題の転換を試みた。
「また人が来たよ。聞かれたら通報されちゃうから、話題変えようよ。冗談でも楽しくないよ、辻斬りのやり方なんて」
が、その提案に対してハインツとサリアは真面目な顔して首を振るのだった。
「ここまで聞いといてやらないってのはナシだぜ」
「やらないなら第一の被害者がミリアーネになるだけさ」
「2人ともなんかおかしいよ……」
そんなことを言い合っている間に女はどんどん近づいて来る。その女がえらい静かに歩く人で、足音も立てずにしずしず歩くのだった。いや、足音どころか、歩く時の衣擦れの音とかそういう音が一切無いのだ。あまりの静かさにミリアーネが不審を感じている横で、ハインツは早くも剣の柄に手をかけている。そして2人に向かって囁く。
「あいつで決定だ。充分引き付けて一撃でいくぞ」
「万一討ち漏らしても私がいるから安心しろ。でも私がとどめ差したら6割もらう」
サリアが薄ら笑いを漏らしながら、それでもいつもの強欲さを発揮して呟く。彼女もまた剣の柄に手をかけて、いつでも抜けるように構えているのだ。ミリアーネは初めてこの2人に恐怖を感じた。そしてもう耐えられなくなって、大声で叫んだ。
「ねえ、さっきから2人とも怖いよ!私がお毛毛とか適当なこと言ったから怒ってるんでしょ?謝るからさ、もうやめようよこんな茶番」
その大声に驚いた女が俯いていた顔を上げ、こちらに気付いて反転、一目散に逃げ出す。サリアとハインツも抜刀して駆け出した。
「くそ、逃げられたらまずい!なんとしても仕留めるんだ!」
ハインツの鈍足は論外として、逃げる女もローブの裾が邪魔で速く走れない。そこにサリアが追いつき、横殴りに白刃を振るう。
「わああああぁぁ!!」
ミリアーネの絶叫。ついに友人が殺人者になりおおせた――――と見る間に、女の姿はかき消すように消えてしまった。空を切るサリアの剣。
事態が呑み込めずに呆然とするミリアーネのもとにサリアとハインツが戻って来て、険しい顔で詰ってくる。
「ミリアーネが大声出すせいで逃げられたぞ。どうするんだ、顔が割れてるのに」
「でも、あの女の人消えちゃったよ。さっきの男の人はぶつかってくるし、なんか今日は変なことばっかり……」
ミリアーネの困惑顔に、サリアが苛立ちを隠さず怒鳴る。
「当たり前だろ、何寝ぼけたこと言ってんだ!人は消えるのが当然だ」
「いつまでも前世の感覚でいちゃ困るぜ」
ハインツの言葉を吞み込めない顔つきのミリアーネを見て、サリアが嘲笑う。
「おいハインツ、この子は本当に自分の死んだことを理解してないぞ」
あー、そのパターンか、と笑う2人の会話を聞きながら彼女はしどろもどろ、
「え、冗談だよね……?いつ……?」
蒼白なその顔をハインツが覗き込んで、
「おい、本当に大丈夫か?来世にも痴呆ってのがあるのかね」
そして呆れ顔で説明した。若くして亡くなった王子の死出の供をするため、出発前に王宮で首をはねられたじゃないか。殉死ってやつだな。覚えてないのか?だからここが前世で「来世」って呼んでた場所だよ。だいたい、後ろから3人もついて来るのに王子が一度も気付かないってのは流石におかしいだろ、前世だったら。今は前世で「霊」って呼んでたような物体になってるから、存在感なんて無いんだ。最初は俺もとまどったがね。慣れれば案外いい世界じゃないか。前世とほとんど変わらないし。まあ、こんな前世同様の平和な世界だったら供もいらなかったかもしれないけど。ミリアーネ、本当に今の今まで気付かなかったのか?そりゃ、俺も初めはなんで俺が選ばれたんだって不満しか――――
ミリアーネはもう聞いていなかった。頭がぐちゃぐちゃで、大泣きしながら喚き散らす。
「うそ!嘘だ!今日の2人の冗談はひどいし怖いし不愉快だ!私は帰るよ、こんな人たちと一緒に旅なんかしたくない!」
踵を返す彼女の肩を、サリアが強い力でおさえた。
「おい、どこへ行く」
「公国に決まってるでしょ!エルフィラとユスティーヌが待ってるんだから!」
振りほどこうともがくミリアーネにサリアはため息をついて、指を差す。
「どこまでもしょうがないやつだな……。見てごらん、戻れる場所なんか無いんだ」
サリアの指差す先には今まで通ってきた道――――のはずが、まるでそこだけ星の無い真夜中になっているかのように暗黒の空間が広がっているのだった。
「気付いたか?私たちの後ろに、もう世界は存在しないんだ。前に進むしかない。前にあるのが天国って所なのか、はたまた――――」
「イヤだ、天国なんか行きたくない!」
大暴れするミリアーネを、ハインツも加勢して2人ががりで押さえつける。
「今さら暴れるんじゃない!現実を受け入れるんだ、ミリアーネ!」
◆
「暴れるんじゃない、ミリアーネ!」
ミリアーネが目を開けると、サリアが心配そうな顔で上から覗き込んでいる。ミリアーネは尚も暴れながら、
「私は絶対に死んでない!これ以上こんな茶番劇続けるならサリアでも許さない!」
サリアとハインツは顔を見合わせた。そして笑いながらサリアが言う。
「うん、ミリアーネは死んでないぞ。地上の人類9割方が死滅しても生き残っていそうな奴だよ、キミは」
「悪い夢でも見たんだろ。頭の悪い歌うたってるうちに眠っちゃって、嫌だ嫌だって叫びながら暴れまくってたぜ」
「え、夢……?」
2人に笑われながらようやく我に返ったミリアーネ、まだ涙が乾ききっていない目で見回すと、『カラフル羊のうた』を歌い出した木陰に座ったままだった。よかった、夢だったのか。でもまだ少し不安だったので、恐る恐る聞いてみる。
「ねえサリア、今履いてるパンツちょうだい」
「何を言ってんだバカ!本当に大丈夫か」
サリアの反応を見て、ミリアーネはようやく安堵のため息。
「よかった、現実のサリアだ」
「どういう判断指標なんだよ……」
その日の夜は2人が豪勢な肉料理を奢ってくれた。久々の食事らしい食事にかぶりつくミリアーネを見ながら、ハインツが苦笑する。
「最近碌な物食ってなかったから、心身ともに疲れきって悪い夢を見たんだ。やっぱり食事は健康の基本さ。今夜は食べに食べまくって英気を養おうぜ」
「ありがたいんだけどさ、こんなにお金使って大丈夫?明日の朝食代すら無くなったりしてたら本末転倒だし」
感謝しつつも、ちょっと不安になるミリアーネ。それを聞いたサリアが眉をひそめ、心配そうに聞いてくる。
「ミリアーネ、今日はなんかおかしいぞ。物忘れ始まってないよな?金なら今日ガッポリ稼いだじゃないか」
そして顔を近づけて、声を落とす。その口が不自然なくらい歪んでいた。
「女を斬り殺してさ」
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