ハインツがしみじみ呟く。「1枚のパンツのため、人はここまで真剣になれるんだなあ」

「身長が高い順!」

「いや、体重が軽い順!」

「持っている剣の長い順!」


 とある町から町への途中、いつもの3人組がいつもの下らない争いの真っ最中。発端は3つのパン。


 前の町で昼食にしようとした3人、ところが町には料理屋が無い。唯一あるのはパン屋だが、町の人があらかた買っていった後らしくて3つしか残っていない。3つのパンは大中小の3サイズ、お腹ペコペコの3人とも大が欲しいと言って譲らない。そこで3人どの順番でパンを選ぶか、さっきからずっと揉めている。

 3つのパンをそれぞれ三等分して、それを全員で分け合うという平等思想は3人の口からは絶対に出てこない、というか誰も思いつかない。今もミリアーネが声高に主張している。


「この旅が始まってからおトイレ回数が少ない順は?」

「汚いなあ……。誰がカウントしてるんだよ、そんなの」

「ま、私はゼロだけどね」

「すぐに医者行け。パン食べてる場合じゃないよ」


 客観的に検証可能なものにしろ、というサリアの主張にミリアーネは少し考えてから、


「じゃあ、お尻のサイズが――――」


 サリアが無言で剣の柄に手をかけた。


「いや、今のは言い間違い。お胸のサイズが大きい順にしよう、と言おうとしてた」

「嘘つけ」

「ほんとほんと。というわけで私が一番!いただきまーす!」


 一番大きなパンに伸びるミリアーネの手をサリアが振り払って、


「自分に有利な基準を自分で提案しないの。だいたい胸とか尻とか、女性のそういう箇所にばっかり注目するんじゃない。お前はハインツか。女は心だ、やさ――――」


 彼女はそこで言い淀んだ。「優しさだ」と言おうとしたのだが、自分の贔屓目を考慮しても、自分がミリアーネより優しいとは到底言い難かった。


「やさ、野菜をたくさん食べると、肌が綺麗になるらしいぞ」

「なんで今そんな話を?」


 ミリアーネの当然の疑問。サリアは内心の動揺を隠しながら、


「つまり、美人な順にしよう」


「ってことは、やっぱり私が一番だね!いただきまーす!」


「バカ言え!鏡で自分の顔見てこい!どう考えたって私だ!」


 二人が醜い争いを始めた横で、ハインツが言う。


「さっきから胸とか美人さとか、女性基準ばっかりじゃないか。男も参入できる基準にしてくれよ」


 例えばどんなの?ミリアーネの問いに、彼は胸を張って答える。


「股間の一物の大きさだ!」


「きっっっしょ」

「そろそろ彼をセクハラ罪で軍法会議にかけるべきじゃないかな」





 いつまで経っても埒があかないので、サリアが提案する。


「よし、騎士に求められる素質にしよう。これなら文句あるまい。脚力で決める。戦場では進むも退くも足が重要だからね。あそこにある木に着いた順だ」


 乾いた土でできた道の両側は草原になっていて、その草原の中に彼女の指さす木が一本ひょろりと生えている。長さにして300フィート(約90メートル)くらい。

 それならいいよ!と足のストレッチをし始めるミリアーネ。普段の訓練前はストレッチなんかしないのに、食物を前にすると俄然やる気が違う。その一方でハインツは不満顔。俺が足遅いの知ってるだろ、不公平だ、と喚くのへサリアが応じる。


「それは体を絞らないキミが悪い。足が遅いからって戦場で敵が手加減してくれるのか?くれないでしょ。わかったね、はいよーいドン!」


 言うが早いか背嚢を放り投げて全速力。


「あッ、ずっる!」


 完全に不意を突かれたミリアーネとハインツも走り始めるが、サリアとの間には既にかなりの差ができている。

 ずるい、それが騎士のやることか、というハインツの怒鳴り声を背中に受け、サリアも言い返す。


「戦場では生き残ればいいんだ!不意打ち上等d――――」


 彼女の言葉はそこで途切れた。というのは彼女の横を、ミリアーネが疾風の如く駆け抜けていったからだ。

 唖然としながらゴールにたどり着いたサリアに、ミリアーネが息を切らせて、ニヤニヤしながら話しかける。


「ズルっこして油断するから負けるんだよ。油断大敵だね」


 サリアは何も言い返せない。たしかに油断はあったかもしれない。しかし自分はほぼ全速力だった。すると、ミリアーネの脚力は私をはるかに上回っているということか?

 思い返せば、ミリアーネに真面目に挑んで勝てたことがあっただろうか。悔しいことに、剣技も体力も彼女の方が上だ。もしかすると脚力も。彼女が努力しているのは知っている。しかし私も同程度のことはしているはずだ。ということは、生まれもっての能力の差なのか?いや、それは認めたくない!それを言い訳にすると、すべての努力が虚しくなる!


「そんなに悔しがっても大きいパンはあげないよ。サリアが決めたことなんだからね」

 

 サリアが押し黙っているのを悔しさ故にと勘違いしたミリアーネが声をかけてくるが、サリアの中に渦巻く感情は悔しさという単純な一言で片付けられるものではなかった。


「2人とも速すぎる!手加減してくれ!」


 ハインツが大汗かきながらようやくゴールしても、サリアは無言だった。


「ハインツ、サリアは大きいパンを食べられないのが悲しすぎて声が出ないみたい。悪口言うなら今のうちだよ」


 ミリアーネがサリアを不思議そうに見ながら言う。


「なんかサリアが静かだと気持ち悪いから元気出してよ。私のパン少しあげるから」


 いや、いらない、とサリアは中くらいのパンを齧りながら呟く。この際パンなんかはどうでもいい!





「サリア、パンツちょうだい」


 その日の夜、宿の風呂から上がってきたミリアーネがサリアに言った。先に風呂から上がり、部屋で休んでいたサリアは当然混乱する。

 どういうことだ?ミリアーネ、ついに頭がおかしくなったか。いや、コレはもともとおかしい。とすると考えられるのは1つ、毎晩宿で同室になるから、私の魅力に気付いてしまったということだ。そして彼女の中に眠っていた百合気質に火をつけてしまったのだ。私も罪な女だ!いかにもエルフィラが喜びそうな話だが、しかし生憎と自分はそんな気はない。したがってパンツはあげられない。そもそも自分に好意を寄せてくれる人間がいたとして、そいつからパンツちょうだいとか言われたらドン引く。そんな変態とは付き合えない。よし、断ろう。


「断る」


 彼女がこの結論を出すまでに10秒かかった。


「なんで?」

「なんで?じゃないよ。逆に聞くけどさ、ミリアーネは恋人からパンツくださいって言われたらあげるの?」

「やだよそんな変態!どうして恋人とかの話が出てくるの」

「私の魅力にやられちゃって、それでパンツほしいって話だろ?」

「サリアの発想力ってたまに世界の果てまで飛んでくよね」


 ミリアーネの説明はこうだ。風呂上がりにパンツを履こうとしたら経年劣化で破れた。出発に際して荷物をできるだけ少なくするため、彼女はパンツを2枚しか持ってきていないのだ。だから今の手持ちは丸一日履いてくたくたになったやつしかなくて、それも洗濯しなければ履けない。


「だから渋々、サリアのおパンツ借りようとしてるわけ。別に好き好んで借りるわけじゃないよ。お尻のサイズとか絶対合わないだろうし」

「馬鹿にしてんのか?」


 事情はわかったけれど、それでも貸す気にはなれない。新しいのを買いなよ、とサリアが至極当然の提案をすると、ミリアーネが口を尖らせながら答える。


「そんなお金がないんだもん」


 そう、カール王子の歩みが驚異的に遅いから、ミリアーネの財布が尽きかけているのだ。もともと本を大量に買い込むから少なかった中身、旅の途中で給与受け取りもできないから、彼女の財布は軽くなる一方。


「じゃあ私から貸してやるよ。下着の貸し借りとか気持ち悪いからやだ」

「何が気持ち悪いの、私のこんなにかわいいお尻がさ!」


 憮然としたミリアーネが後ろを向いて上着を捲る。パンツは履いてないから当然お尻が直に見える。


「やめろ、見せんでいい!財布出すから捲るな!」


 目を背けながら財布を取りだそうとするサリアをミリアーネが止める。


「私は友人とお金の貸し借りすると友情が壊れるって躾けられたよ。だからやだ」

「変なところで真面目だな、キミは」


 しかしいつまでもノーパンでいるわけにもいかないからミリアーネだけ日雇いバイトでもしようということになって、スースーする股間を気にしながら宿の主人に聞いてみる。ミリアーネが足をモジモジさせながら、


「この町で日雇い労働募集してないですか?できるだけ楽で時給が良くて私のような美人も安心して働けて――」


 呆れた女の呆れた問い合わせに呆れながら、宿の主人はこの町に日雇い労働の募集そのものが無いと答えた。


「そんな!私いつまでノーパンでいればいいのさ!」

「大声出すな、恥ずかしい!」


 悲嘆にくれる彼女を見ながら、宿の主人はそういえば、と手を打って、


「明日は町の競技大会の日です。各競技では1等の人に賞金が出ますよ。額は少ないですがね」


 2人は顔を見合わせた。



 次の日。王子の護衛はサリアとハインツに任せて、ミリアーネは町の闘技場にいた。古代に造られた石造円形闘技場が一部崩れながらも残っていて、町の人たちは季節ごとにここで競技やお祭りをしているらしい。

 観客席に座りながら、彼女は眼下で繰り広げられている競技を見物している。幅跳び、槍投げ、円盤投げといった競技がおこなわれて、観客席からは歓声や賞嘆、たまに野次が飛んでいる。飛び入り参加はOKとなっているけど、それでもほとんどの参加者はこの町かその周辺に住む人たちのようで、競技大会というよりは親睦会の側面が強そうだ。だから競技のレベルもあまり高くないように見える。槍投げなんかミリアーネはやったことなかったけれど、この感じなら参加すれば3位くらいには食い込めるだろう、という気がする。

 しかし、今日の彼女の目的は名声ではなく金を得ること。宿の主人は賞金は少ないとか言っていたけれど、下着を買うには十分な額だった。彼女がいつも履いている安物パンツなら20枚は優に買える。20枚のため、ミリアーネは体力を温存してひたすら目当ての競技が始まるのを待つ。


「長距離走女子の部の受付を始めます。出走希望の方はエントリーしてください」


 係員が大声を出している。時は来た!ミリアーネは立ち上がった。



 彼女がこの競技に一点集中を決めたのは彼女なりの作戦で、まず自分の体力、とくに脚力にそれなりの自信があったからだ。昨日だってズルしたサリアに勝ったのだし。だったら短距離走でもいいのだけれど、短距離よりは長距離の方が純粋な体力勝負になる。そして、見たところ町の女性たちよりはミリアーネの方が体力がありそうだ。


(体力勝負になればなるほど、私の勝利は揺るがない!20枚のパンツ、パンツ!)


 ミリアーネは心の中でほくそ笑んだ。そう、ヤツの姿を見るまでは……!




「なんでサリアがいるのおぉぉ!?」


 競技開始直前、走者がスタートラインに並んだときに、ミリアーネの素っ頓狂な叫びが響いた。2位以下は賞金が出ない。20枚のパンツが怪しくなってきた。

 当のサリアは真面目な顔で、


「最近いいもの食べてないからね。私も金が欲しくなった。パンツ欲しけりゃ1位になるんだな。私が1位になったらお尻丸出しのミリアーネの前で超高級ステーキ食べる」


「そんな意地悪を言うためにハインツ置いて引き返してきたの?ちょっと信じられないよ」


 今のサリアに賞金は関心の埒外だ。ミリアーネに意地悪するのも本意でない。これは彼女を本気にさせるため、いわば宣戦布告。


「私は本気で言っている。別にミリアーネがこの先ずっとパンツ1枚で2日に1回はノーパンになってようが、私にとってはどうでもいいんだ。だって、ミリアーネがパンツ履いたら私の胃袋が満たされるのか?それに、金が無いのは給料が出るたびに一文の得にもならない下らん本を買うからだ。自業自得さ。同情の余地はないね」


 いつもの2人だったら冗談で済まされて聞き流される台詞を、サリアは努めて冗談に聞こえないように真面目な顔して言ったので、さすがのミリアーネも気色ばんだ。


「いいよ、私が絶対に1位取るからさ!」


 そしてそっぽを向いた。思惑通りだ。


 ここまで挑発したからには、サリアもまた本気だった。昨日の雪辱。ミリアーネには一度本気で挑む必要がある。自分は決して彼女に劣っていない、この場で証明する!

 だからこそ忘れ物をしたと言って、困惑するハインツを置き去りにしてこの町に戻ってきたわけだ。サリアにとってのミリアーネは、ちょっとイカれたヤツだけど戦友で親友で――


(ライバルだ。だからこそ、この勝負に勝たなきゃならない!)


 サリアが決意を固めるかたわら、観客席の観衆のざわめきが大きくなってきた。先程のミリアーネの叫びがあまりにも大きかったので、観衆の注目が2人に集まってしまったのだ。


「あの2人、何を揉めてるんだ?」

「ここらじゃ見ない顔ですね」

「公国訛りがあったわ。きっと公国からの旅人よ」

「ほう、公国人の実力を見せてもらおうじゃないの」


 サリアは苦笑しながらミリアーネを振り向いて、


「だってさ。私たちが公国の名誉を背負ってるぞ」


 彼女はそっぽを向いたままだった。




 競技開始の準備が整った。スタートラインに20人の走者が並ぶ。競技場5周の長距離走、ここから先は真剣勝負。



 合図とともに走者が一斉に走り出す。サリアはミリアーネのすぐ後ろに付いた。なんとなく、追う方が精神的に楽だ。1周目は走者ひとかたまりで、2人は集団の真ん中にいる。サリアはまだ本気を出していない。彼女にとってはジョギング程度のペースだ。ということは、ミリアーネもまだ本気を出していないのだ。目の前でミリアーネの茶色のハネっ毛が揺れている。もはや見飽きた後ろ姿、今日だけは超えるべき後ろ姿。ゴールまでに、この後ろ姿を視界から消さなきゃならない。


 2周目に入って、集団が徐々に縦に伸びてきた。ミリアーネの位置は真ん中より少し前に出たものの、ペースはあまり変えていない。その後ろにぴったりくっつきながら、サリアはミリアーネがいつか勝負を仕掛けてくることを確信している。このペースで最後まで行くミリアーネではない。いつか必ず、猛然とスパートをかけて1位を狙ってくるはず。


 問題は、どこで仕掛けてくるかだ。


 できるだけ呼吸を乱さないようにしながらサリアは考える。可能性が高いのはラスト1周、5周目にさしかかったとき。先頭走者が5周目に入ると振られるベル、それを合図にラストスパートをかけるのが最も可能性が高い。しかし一筋縄ではいかないミリアーネのこと、そんな王道なことはしてこないかもしれない。ラスト半周、いや、残り1/4周での短期決戦に持ち込むことも十分考えられる。それはもはや短距離走と変わらず、短距離走に持ち込まれたらサリアに勝ちの目はほとんど無いことは分かっている。

 サリアの戦略は決まった。


(ラスト半周まではミリアーネの出方を待つ。そこまで動かなかったら、私が仕掛ける!)


 勝負は既に3周目に入っている。

 この闘技場に舞い戻って、サリアはミリアーネの後方、太った男が何か食べながら観戦している後ろに座った。前の男のせいで競技はまったく見えないのだが、それはどうでもよかった。ミリアーネに気付かれずに監視できる場所があれば良いのだ。

 彼女は図らずもミリアーネと同じ思考、体力温存一点集中で挑むことを決めていた。しかしミリアーネが参加する競技がわからない。経験のない槍投げなんかを選ばず、短距離走か長距離走だろうと予想はしていたが、どっちかは予想がつかない。昨日の経験から、短距離走では分が悪い。ミリアーネが長距離走を選択してくれたらいいのだが、とサリアは半ば祈る気持ちだった。


 だから、今ここで長距離走をしているのはまたとないチャンスだ。

 サリアはできるだけゆっくりと呼吸をしつつ、この僥倖に感謝する。ミリアーネが何を思って短距離でなく長距離を選んだかは分からない。だが、その選択を後悔させてやる!心が雪辱の炎に燃える。





 4周目。走者は既に一団ではなくなって、速い遅いの差がはっきり出ている。先頭集団はサリアとミリアーネを含め5人ほど。他の3人も、サリアの目からはもう息が続かないように見える。結局は2人の勝負だ。早ければあと1周でスパートが始まる。そのために、できるだけ呼吸を乱さない。吸う息を深く、深く、吐く息をゆっくり、ゆっくり――――


 いきなりミリアーネが猛然と走り出した。


(バカな、あと1周半あるぞ!)


 不意打ちを喰らったサリアも慌ててスパートをかける。他の走者はもうついて来られない、これは予想通り。しかし、自分があと1周半もついて行けるのか?これは未知数だ。


 スパートと同時に客席から歓声が沸き上がる。


「公国人同士の一騎討ちよ!」

「おまえさん、どっちが勝つと思う?」

「俺は黒髪の方に重量挙げの賞金賭けるぜ!」


 茶髪に賭けた方がいいかもしれんぞ、とサリアは思う。既に息も苦しくて、足も今にももつれそう。ミリアーネの方が身軽に走っているような気がする。

 いや、そんなことはない、気のせいだ。苦しいときはネガティブ思考に流されやすいものなのさ。黒髪に賭けたままでいろ!


 いよいよ5周目のベルが鳴って、歓声が一際大きくなっても、ミリアーネの速度は衰えない。サリアは呼吸も鼓動も乱れに乱れ、歯を食い縛って懸命に追うものの、ミリアーネとの距離はこれ以上離されないようにするのが精一杯、とても追い越すどころじゃない。どんなに頑張っても、所詮ミリアーネには……。絶望的な諦観が再び頭をもたげる。


 その敗勢を見て、歓声が彼女に味方し始めた。別にサリアが勝とうが負けようが観衆には何の関係もないけれど、そこは判官贔屓の為せる業、黒髪頑張れ負けるなの大合唱。

 いつものニヒルな彼女なら勝手な事を言っている、とでも思ったことだろうが、今はそんな余裕がない。そもそも周りの声援など聞こえていない。

 そんな中、観衆の誰かの子供だろう、一際幼く甲高い声がサリアの耳を打った。


「お姉ちゃん、頑張れ!」


 「お姉ちゃん」は2人のどっちを指しているか分からなかったし、他の走者を応援している可能性だってあるわけだが、サリアはそれを自分に向けられたものと受け取った。そして自分にもう一度鞭を入れて、かつてのマラトンの勇士のように、走り終わったら死ぬくらいの気概でやってやろうと決意した。彼女が騎士になったのは父の姿に憧れたからで、だから大人は子供の見本になるべきという信念があった。


(目ん玉こすって、私の勇姿を目に焼き付けとくんだな!)


 その気で走ると、ミリアーネとの距離が徐々に縮まっていく。観衆は大盛り上り、


「抜きそうですわ!」

「でも、もうゴールだよ!」

「間に合うか!?」


 5周目も既に3/4周、最後のコーナー。これを抜ければあとは直線しかない。そのコーナーをサリアはミリアーネの外から徐々に、徐々に――――



 抜いた。



 サリアの視界からミリアーネが消えるのと、観衆から大歓声が上がるのが同時だった。あとは残りの直線、このまま走り抜ければいい。見たか、大人は死ぬ気でやったらなんだってできる――――


 そのとき彼女の横を、ミリアーネが無茶苦茶な速さで駆け抜けた。観衆の再度の大歓声。サリアにもう気力は残っていなかった。





 ゴールと同時に倒れ込んだ2人に、割れんばかりの拍手が降り注ぐ。先に立ち上がったサリアはふらつきながら、自分の先に倒れるミリアーネの側に寄って彼女を抱き起こす。そして抱擁して、喘ぎ喘ぎ言葉を絞り出した。


「流石だ。流石は我が永遠のライバル……」


 ミリアーネはそれが聞こえているのかいないのか、ひたすら同じ単語を繰り返すばかりだった。


「パンツ……パンツ……」


 観衆の喝采はまだ止みそうにない。





 ミリアーネは賞金もらってすぐさま飛び込んだ下着店で、目の玉飛び出るくらい高いパンツに一目惚れ。結局、20枚の安物パンツの代わりに2枚の大人のセクシーパンツを買った。サリアは似合わないし見せる男もいないんだからやめろと言ったけれど、ミリアーネは頑として聞き入れない。そして毎日2枚を交互に履いて悦に入っている。




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