新人騎士は興奮して語る。「私は神を見ました!」
翌日は雨。朝からテンションがた落ちだが、雨だから休むなどとは言っていられない。朝食もそこそこに、3人は宿を飛び出した。半日分の差を縮めないといけないのだ。
やっぱりハインツが遅れるから、ミリアーネとサリアで肉ダルマをときに引っ張るように、ときに押すようにして走る。雨でほとんど人が歩いていないからいいものの、傍から見たら完全におかしなやつらだった。
「キミさあ、ちょっと痩せなさいよ。ごはん2人前食べてる場合じゃないよ」
サリアの小言にミリアーネも便乗して、
「そうだそうだ。か弱い女の子の手を煩わせるんじゃありません」
彼も負けてはいない。後ろから押されながら、
「黙らっしゃい!他人の容姿や外見をあれこれ言うのは人間の屑だと子供の頃教わらなかったのか?それに、俺の脂肪のおかげで昨日は包囲から脱出できたんだからさ」
「脂肪じゃなくて筋肉を付けていただきたいんだよ。筋肉でも脱出できたじゃん、あの場面」
「じゃあお前らもその胸と腰回りの脂肪をなんとかしろ、と言いたいね、俺は」
こういうデリカシーの無さが彼の彼たる所以なのだった。とたんに後ろの2人が手を離して、
「このブタ置いてくか」
「そうだね」
「あ、嘘です。置いてかないで、女王様!」
「その呼び方やめろ」
◆
「時速5kmで歩くA君をB君が時速7kmで追いかけたらいつ追いつくか、っていう算数の問題みたいだ」
走りながらの暇つぶしにサリアが言うと、ハインツが頷きながら、
「ああ、梟リス算(はるか東の国ではそれを『つるかめ算』といった)ね。初等学校でやったなあ」
「いや、それは足の数から何匹いるか求めるやつ。あれはまずフクロウの足が2本、リスの足が4本ってところから覚えないといけないんだよな」
ミリアーネが笑いながら、
「サリアは首都育ちの都会っ子だからねえ。私の故郷なんかフクロウもリスも腐るほどいるから、そんな苦労なかったけど。それより私は突然変異で足が5本あるリスがいたらどうするんですか、とか教師に聞いてすんごい嫌な顔されてた」
「うわ、教師が一番嫌がるタイプの生徒だ。いかにもミリアーネっぽい」
「あと、意外かもだけど国語も評価低かった。当時の私は読むジャンルが偏ってたからね」
「意外でもなんでもないし偏ってるのは今もだろう。よく卒業できたな、それで」
◆
下らない話をしているうちに次の町に着いた。入口で3人は立ち止まる。
「今日はさすがに大丈夫だよね……?」
「次の町に伝える、って昨日の騎士たちが言ってたからなあ。いけるだろう」
「町があるたびに迂回してたんじゃ、いつまでたっても追いつけない。腹をくくって行くしかないぜ」
おっかなびっくり町に入って、騎士たちと出会わなければいいな、と思いながら歩いていく。しかしそいうときに限って悪い予感は的中するものだ。町角で、路地からでてきた1人の騎士と鉢合わせしてバッチリ目が合ってしまった。
「あ!」
「あ!」
双方が驚いた声を出す。慌ててミリアーネはお決まりのセリフ、
「私たちは旅芸人で……」
と捲し立てかけたところ、相手の騎士は目を逸らし、逃げるように路地に戻ってしまった。
次に出会ってしまった騎士も、まったく同じ反応だった。目を逸らし、逃げるように去ってしまう。
「本当に連絡がきたみたいだね」
「しかもあの反応、本当に疫病神だと思われて逃げられてるぜ」
ミリアーネとハインツが楽しそうに喋るのを、サリアは怒りに震えながら聞いている。
「なんで楽しそうなんだ。言っとくけど、2人も疫病神の仲間かしもべだと思われてるに違いないんだからな」
サリアのプライドを犠牲にしたおかげで、誰にも止められずに歩けるようになった。騎士が軒並み3人を避けていくから、サリア除く2人には願ったり叶ったりである。疫病神のしもべだと思われていても気にならなかった。それほど昨日の騒動が苦い記憶になっていた。
もう少しで町の出口になるというところの道の真ん中で、1人の女性騎士が立っている。3人を見ても逃げずに、仁王立ちしているのだ。
「どうしたんだろう、あの人」
その騎士は若く、顔もキリリと張りつめていかにも真面目そうで、入団間もない1,2年目だとすぐにわかる。入団3年目ともなると、顔も精神も緩んで、身体から覇気もなくなってしまうのだ。その極端な例がこの3人組である。
疫病神たちが近づいていくと、その女騎士が大声で言った。
「お聞きしたいことがあります!」
こういう、意味もなく大声を出すのは新人の特権である。大声を出すことが真面目に仕事に取り組んでいることとイコールだと勘違いするのである。やがてそれは間違いだし、むしろ周囲からは声が大きすぎて迷惑と思われているし、上の人間も声の大きさなんぞを評価基準にしてないことに気づき、ミリアーネたちのようにヘラヘラしながら締まりのない話し方をするようになるのである。
そのミリアーネがお手本のように締まりのない口調で、
「まあまあ、そんな大声を出しなさんな。喉を大事にして」
「お気遣いありがとうございます。しかし、どうしても確認したいことがあるのです。あなた方は疫病神という伝達がありました。顔は確かに疫病神のようにも思えますが、身体にはまったくオーラがありません。神というのは、もっと神々しいオーラがあるはずです。あなた方は本当は人間で、何か理由があって疫病神を名乗られているのではないのですか?」
こういう、疑問をド直球で聞くのも新人の特権である。多くの新人は先輩から、疑問に思ったことはなんでも聞け、おかしいと思ったことはなんでも具申しろ、と言われる。しかし本当にそんなことをすると、先輩からは嫌な目で見られるし、自分の不利益になることばかり起こることに追々気づき、ミリアーネたちのように覇気の無い事なかれ主義の組織人ができあがるのである。
幸か不幸か、この新人騎士はまだその事実を知らない、純粋純朴な娘であった。そしてあまりの直球の質問に、疫病神の堪忍袋の緒が切れた。
「やかましい!さっきから疫病神だのオーラが無いだの!私たちは騎s———」
疫病神の口をしもべ♀が慌てて塞いで、
「お嬢さん、私たちは本当に神だよ。信じてないね?じゃあ神の奇跡を見せてあげよう」
(おい、何をするつもりなんだ?)
しもべ♂は不安のあまり小声で彼女に問いかける。ジャグリングすらできないのに、神の奇跡なんか起こせるわけがない。
しかし彼女は気にする風もなく、地面に落ちている枯れ枝を拾い上げ、親指と人差し指でつまんだ。
「何の変哲もないこの枝が———ほら、曲がった!」
そう言いながら枝を上下に揺すると、残像で根本が曲がっているように見える。ハインツは愕然とした。こんな子供だましで切り抜けようとする、彼女の底の浅い知恵に愕然とした。
しかし、新人騎士はそれを食い入るように見ているのだ。
「な、なんと!固い木の枝を曲げることができるなんて!奇跡に違いありません!」
調子に乗ったミリアーネはさらに続けて、
「お嬢さんは真面目でいい子だから、特別にもうひとつ見せちゃう」
2枚の硬貨を取り出し、2枚を合わせて両手の人差し指で挟む。
「2枚の硬貨が———ほら、3枚になった!」
そう言いながら2枚を一生懸命こすり合わせると、残像で3枚に見える。
「すごい!間違いなく奇跡です!」
ハインツは眩暈がしてきた。
「私が愚かでした。神を疑ってしまい、どうお詫びしたらいいか……」
しょげてしまった新人の肩を、ミリアーネが優しく叩く。
「いいんだよ。疑うのはいいことなんだ。それで学問が発達してきたんだから。だけど、たまには何も疑わずに、見るまま聞くままに世界を味わってほしい。世界はこんなにも美しいんだからね」
三文芝居のような腐臭のするセリフを残し、疫病神たちは町から出て行った。その背中に向かって、新人騎士は祈りを捧げた。どうか、疫病神たちの旅に幸多からんことを――――
「私、いいこと言った!あれは感動的な締め方だったよ」
自画自賛のミリアーネの横でハインツはため息をつきながら、
「あの子、あまりにも純粋すぎないか。俺は頭が痛くなってきたよ」
「入団試験で知能テストはあまり重視されないからなあ」
冷静さを取り戻したサリアが呟く。
「聞くところによると、知能テストは選考にほとんど考慮されていないらしい。ミリアーネがここにいるのが、何よりの証拠だ」
「どゆこと?」
「皮肉を理解できない、これもまた証拠のひとつだな」
「疫病神サマは難しいことをおっしゃるねえ」
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