はじまりの魔女

 ヌミシカはまたひとりでした。

 ボウルの中にはパセリが浮いているだけでした。きっと王様は帰り道をしっている。でも帰ったところでどうなるんだろう。私は森の魔女の娘、役目をまっとうしたい。でもミーシカは? でもお母さんは? 

 わからないことだらけでした。ヌミシカのお腹は満たされましたが、心は「空っぽ」でした。

 食後のお祈りをささげてから、ヌミシカは歩くことにしました。ヴァシレたちに背を向け、月明かりに向かいました。


ルミナ光よルミナ光よ、道をおしえよ——」


 星々の精霊たちがただよい、道を照らしました。目的地はどこかわからないまま、一歩、いっぽ、誰かに呼ばれたように、歩き続けました。ヌミシカは立ち止まり、驚きました。そこには月に照らされ、テイの木セイヨウボダイジュに寄りかかり座っている、よく知る顔がいました。


「——おばあちゃんっ!」


 ヌミシカは走りました。けれどもすぐに足を止め、歩くことにしました。

 黒いバティークずきんからは白い糸のような髪が覗き、首元には十字架が下げられていました。精霊たちが膝元に寄りかかっていました。彼らを微笑む姿は記憶の中にある、どのおばあちゃんの表情よりも、穏やかで神々しく感じました。

 ヌミシカの声に気付き、目が合うと、その瞳の中にはミーシカ・ヌミシカのと同じ森がありました。とても馴染み深かいようでいて、真新しいようでもありました。


 一歩近づき、

「はじめまして」

 ヌミシカは言いました。


 ゆっくりと瞬きを一つし、

「はじめまして、私の子どもたち」

 彼女は答えました。


 もういっぽ近づき、

「あなたはですか?」

 ヌミシカはたずねました。


 月明かりが瞳の森を照らし、

「私はあなたたちの母、祖母、師、禍、救い、悪いもの、良いもの、天の使い——」

 湖には流れ星の反射。

 「——はじまり」

 彼女は答えました。


 その刹那。

 森にやわらかな雪が降りつもり、日差しに照らされ川となり、鮮やかな花や緑が溢れ、鳥たちは声高らかに歌い、獣たちは生を噛み締め、静けさの風が吹き、またひらり。白い結晶が舞いました。

 繰り返し、けれど全く同じものはありません。唯一無二の景色が鼓動よりもはやく移ろいでいきました。魔女の瞳はおおきな時間の川を見続けていました。

 ヌミシカは瞬きをし、もとの時間に帰りました。数秒間、数分間、数時間、数日、数週間、数ヶ月、数年、数億年ものあいだ、ヌミシカはの旅してきたように感じました。そして自然とひざまずき、テイの主を見つめました。

「私の名前は——」

 ヌミシカの言葉をさえぎり、彼女はすべてを知る微笑みで、答えました。


「イヴの娘たち。私の娘たち。薬草使いスモキナの娘たち。ミーシカ・ヌミシカ」

 星々の精霊たちが、もとの居場所へ戻って行きました。光が彼女の顔をうつし、白い縦糸にコマドリ色の髪を光らせました。ミーシカ・ヌミシカと同じ、髪の色。

「私はロディカ。はじまりの魔女」

 ミーシカ・ヌミシカの家族でした。

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