妖精の王様
ヴァシレは事情が分からずとも、傍の震える
たった一夜過ごしただけで、彼女たちが本当の姉妹のようになっているのをヴァシレは見ていました。娘のように育てたスナトゥアーレを彼は自慢に思っていました。そして彼女の遠くを見つめるような目を思い出しました。
後方から聞こえる車輪と傍の不思議な少女を想い、ヴァシレは馬を急かしました。馬は御意と言ったようにいななき、加速しました。
「——大丈夫さ」
ヴァシレは祈るように呟きました。
彼の上着に隠れ、ミーシカはとんがった建物を見ていましたが、びゅうびゅうと鳴る風で顔が悲鳴をあげていました。森の空気と違い、ここは何もかもが透き通って感じました。雪のきらめきが心臓に刺さっていくようでした。
ミーシカは手のひらで顔を覆い、隙間から木造の屋根を見ていました。すると、ふわりと鷹のような影を確認しました。何かしら、ミーシカは思わず隠れ家から身を乗り出すと「見て!」と叫びました。
妖精でした。
もう目の前に建物がありました。建物の上に、ステラのよりも大きな羽を持った男性が杖を持って飛んでいました。ちょうど教会であれば十字架がある場所に、その姿がありました。馬はミーシカの声を聞くと魔法にかかったように、さらに早くなったのをヴァシレは感じました。
ミーシカは天使のような姿から目を離せずにいました。透き通った羽は、硝子細工のようでした。空の青色を浴び、後光のように煌めいて見えました。雲よりも純白な衣服が靡いていました。銀色の髪に、王冠が乗っていました。近づいてくるミーシカたちを抱きしめるように腕を広げ、微笑みました。そして杖を掲げ、声を上げました。背後にいる何かに対し、聞き馴れない言葉を放ちました。妖精の言葉で、悪いものを遠ざける呪文を唱えていたのですが、淀みのない音色は讃美歌みたいだと、ミーシカは思いました。
開かれた門が見えました。彫り物が施されているのが一瞬見え、馬車は通り過ぎてしまいました。慣れ親しんだ場所へ向かうように、馬は建物の目の前で静かに止まり、跪きました。
「ここに王様がいるのか?」
「そうとも」
ヴァシレの力の抜けた声の後に、別の声が聞こえました。ミーシカは驚きました。ステラの座っていた左側に、気品に満ちた男性が手を差し伸べていました。しなやかな木の杖を握り、王冠が煌めいていました。先ほどの妖精でした。頭上で見たときよりも穏やかな雰囲気に、ミーシカは安心し、手を取りました。
「あなたが王様ですか?」
恐るおそる、ミーシカは聞きました。
頷き、微笑みました。
「よく来てくれましたね」
そして震えるミーシカの肩に優しく触れました。不思議と、春の訪れのように暖かくなっていくのを感じました。雪解けのように、凍てついた体がほぐれていきました。スナトゥアーレが綺麗に編んでくれた髪は風に荒らされましたが、それも元通りになっていました。
帽子を脱ぎ、立ちすくんでいたヴァシレに「皆さんは私のお客人です。どうぞゆっくりしていってください」と、同じように肩に触れました。ヴァシレもまた、緊張が解けたものの「ありがとうございます」と感謝を述べる以外、言葉が出なくなっていました。
妖精の王様は馬車を一台一台、一人一人、一頭一頭に挨拶をして回りました。ミーシカも一緒に着いて回り、スナトゥアーレを探し、ヴァシレの元へまた帰ってきました。
黒髪の娘の無事を確認し、ヴァシレは抱きしめました。連れてきた小さなコマドリの頭を撫で、王様が戻ってくるのを待ちました。
人々は出かける前よりも身も心も綺麗になったように感じていました。
「スクゼェ、王様……。ステルツァは無事でしょうか?」
ミーシカはそわそわとし、ずっと気になっていたこと聞きました。王様は儚げに微笑み、ミーシカの手を繋ぎ、建物へ誘いました。
「今、兵たちに探させています。君の見たという蛇は、
「ズナ・レレは何がしたいの?」
王様は言葉を探すようにミーシカの目線にしゃがみ、彼女の深緑色の瞳を見つめました。
「我々は花から生まれる。彼らは豆、木の実、きのこや様々なものから生まれる。同じ妖精でも、我々は異なる存在だと言われています」
ここまで大丈夫でしょうか、と言葉を切りました。ミーシカは同じ妖精でも、どうして違うのか理解できなかったものの、黙って頷きました。続きが気になってしょうがなかったのでした。王様は少女の神妙な面持ちに気付くと、羊毛のような柔らかな髪を揺らし、声を上げて笑いました。
「続きは座ってしましょう」
王様はしばし話を中断させ立ち上がると、召使いに客人にあたたかい食事を用意させました。ヴァシレたちを食堂へと向かわせ、王様はミーシカを別の部屋へと連れていきました。
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