道を照らす星

「お嬢さん! やっときたのか。さあ、隣に座って——」

 ミーシカたちが話しかけるよりも早く、ヴァシレは娘たちの姿を見つけました。妖精の案内人、ステラも一緒です。トンボのような羽は器用に折り畳められ、御者台に座っていました。ミーシカはその隣に座らされ、ヴァシレも座り、ぎゅうぎゅうに挟まれました。

「ふふ、楽しいわね」

 麦藁色の髪がミーシカの頬を撫でました。ミーシカも一緒に笑い、スナトゥアーレにしばしの別れを告げ、出発しました。

 

 しばらく揺れやすい山道を走っていきました。ミーシカはステラを「ステルツァお星さま」と呼ぶようになりました。

「ステルツァはいつから妖精なの? ご両親はいるの? どこに住んでるの? 何を食べるの? 魔法は使えるの? 精霊たちを知っているの?」

 邪魔をしないように大人しくしていたものの、はじめて御者席に座ったミーシカは我慢をすぐにやめてしまいました。そしていつものように、質問をはじめました。

「妖精は花からうまれるの。私はフロァレ・デ・シャッコバンユリ。王様はフロァレ・デ・コルツエーデルワイズからうまれたのよ。彼はこの山で誰よりも白く、逞しく、美しいの」

「白百合の妖精もいるの?」

「もちろん。あざみの妖精もいるわ。でも白百合は特別よ。聖母の花ですもの。彼女たちもとても美しいわ。とても美しいの……。私なんかは全然……」

「どうしてそんなことを言うの。ステルツァ私のお星さま、自分を悪く言わないでちょうだい。あなたは私たちの道を照らす一番星よ。初めて見たとき、天からの使いが来たと思ったもの。私は、あなたが大好き!」

 ミーシカはさみしげなステラの手を取り、涙いっぱいに言いました。やがて流れ星が頬をつたいました。ステラはミーシカの言葉に喜び、紫色いっぱい抱きしめてあげました。

 ヴァシレは何も言わず、馬を走らせていましたがやがて、声をあげ、歌い始めました。

 旅人の歌でした。新たな出会いへの、喜びと感謝の歌でした。後ろからついてきていた馬車からも、歌声が響きました。


 丘を越え 山を越え

  俺たちは進んでいく

 歌と踊りと知恵があれば

  どこへだって行けるさ 


 親父は言った

  俺たちは ツバメのようだと

 歳を重ね 友を知る

  新たかな場所に 感謝する 

 

 お袋が言った

  俺たちはコウノトリのようだと

 人に喜びをもたらし

  また旅立つだろうと

 

 さあ歌って踊って奏でよう

 ヴァイオリン片手で旅しよう

 俺たちは旅人さ

 俺たちは渡り鳥さ


 ミーシカの涙を拭き、妖精は額にキスをしました。瞳のスミレ色が花咲き、ステラの笑顔に光が宿りました。

「私の小さなお姫様。とても愛おしい言葉をありがとう」

 ステラは指を鳴らすと、楽器が聞こえてきました。通り過ぎていく木々たちからはアコーディオンが聞こえてきました。花からは管楽器が、草からは弦楽器、空の雲からは打楽器が鳴っていました。

「すごいわ!」

クプレチェレどういたしまして。喜んでくれて嬉しいわ」

 長い間、といっても数曲ほど歌ったり、森の演奏を聴いていると、馬車はひらけたところへ出ました。羊や牛が夏の間過ごしてそうな丘が広がっていました。そしてその奥には、頂上に雪が積もった山があらわれました。もう誰も歌っていませんでした。皆、目の前の山々の美しさに感動していました。

「もうすぐよ」

 華やかな花びらのドレスの皺を伸ばし、ステラは目的地を指差しました。不思議な模様の石が埋め込まれた道を渡り、進んでいきます。

 ——どこかで見たような模様でした。

 ——どこかで見たような道でした。

 ミーシカはざわめきを感じ、あたりを見渡しました。右には手綱を握るヴァシレ。左にはステラが前を見て座っています。馬車の車輪が聞こえます。風がイエブラウスの紐を揺らしています。

 とんがった建物が見えました。木造の教会のような形をしています。

 ふと、ぬめりと鱗が見えたように感じました。ふと、きらりと牙が見えたように感じました。ふと——蛇のシモナ——を思い出しました。

 風の精霊たちが、ざわめくような気がしました。

 ミーシカはステラの花びらを握り、震える声を押さえようとしました。妖精の王様が守ってくれるだろう、きっと大丈夫よと思っても、襲われた記憶が蘇ってしまいました。

「どうしたの?」

「風の精霊たちがざわついているの。それに、蛇を見たような気がした……」

 ステラは険しい顔をし、少し見てくると言いました。

「できるだけ早く行って——」

 ヴァシレに頼み、ステラは薄緑の羽を広げて飛んでいってしまいました。光の粉が手元に残され、ミーシカはひどく寒くなりました。ヴァシレの上着に入り、ミーシカは祈りました。

 どうかステラが無事でありますように。

 どうか無事に辿り着けますように。

 どうか私たちの道を照らしてください。

 どうか私たちを助けてください。

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