妖精の案内人
紫色のフリルを揺らし、女性はミーシカに近づきました。乳香のような芳しい香りがただよいました。
「えぇ、可愛らしいお姫様。私はステラ。皆さんの道案内に来たの」
きらめく瞳のステラは微笑み、ミーシカの手を取りました。小鳥のような唇で両頬に口付けし、挨拶をしました。まるで古くからのお友達のように。
ミーシカは驚きました。見たことない花が、とびきり美しい女性に生まれ変わり、妖精だと言っているのです。ミーシカはこれ以上感じたことないほど楽しくなりました。虹が出たように、ミーシカは笑顔になりました。
その様子を見ていたヴァシレは驚きのあまり開いた口を閉じることを思い出し、少し躊躇してから「案内って?」と聞きました。音や光に不思議がり、人々も集まってきました。
ステラは薔薇の蕾がひらくように笑い、ヴァシレの両頬にもキスをして答えました。
「もちろん、私たちの王様よ!」
そして憐れなヴァイオリン弾きの手を繋ぎ、馬車の方へと向かいました。
ついていこうとする足を一旦止め、ミーシカは花の合ったところと、女性の後ろ姿を交互に見ました。元の場所には、チェス盤から落ちたしろい騎士があるだけでした。
馬車へ向かおうとすると、知っている顔がありました。ヴラドとスナトゥアーレです。
「妖精なんですって!」
ミーシカの見た光景を伝えると、妖精とは違った美しさをもつスナトゥアーレが喜びました。王様に会えば、きっと私たちの行くべき道がわかると、目を輝かせました。その反対に、すっかり怯えてしまったヴラドは「
「どうしてそんなことを言うの?」
ミーシカは瞬間的に聞き返すと、ヴラドはまた隠れてしまいました。スナトゥアーレはやれやれと言った様子でしゃがむと、肩に手を乗せ、不安そうな顔をのぞきました。
「さあ終わり。ヴラドはお母さんを助けに行ってちょうだい」
「……わかった」
名残惜しそうにミーシカを睨み、駆けていきました。スナトゥアーレはしゃがんだまま、ミーシカの方を向き直し、艶やかに笑いました。
「さあ、あなたはこっちへ」
そういってミーシカの手をとり、少し前まで眠っていた荷馬車まで戻りました。
朝、気付かなかったものが見えました。天井から吊るされたスナトゥアーレ、カモミール、セイヨウノコギリソウ、テイ、ローズマリーなどの束が。丸い窓のそばに飾られているビーズの首飾りが日差しを浴び、きらっきらっと部屋中を輝かせました。
スナトゥアーレは、ミーシカを小さな椅子に座らせました。奥にしまっていた小さめの箱を引っ張り出すと、ぱかりと開きました。
「どれがいいかな……」
口元が楽しげでした。ミーシカは大人しく(けれどもやはりミーシカなので、ハリネズミがお尻にいるようにソワソワとして)待っていました。
外で子どもたちを呼ぶ声がしました。
壁に飾られている聖母が微笑んでいます。
お母さんと同じ、薬草の香り。
精霊たちは思い思いの葉に座り、お喋りをしています。
ことりと、箱を閉める音。
「髪がボサボサだから、直してあげる」
スナトゥアーレの手には、櫛と紐が握られていました。ミーシカは頷きました。バティークが外され、コマドリ色がふわりと広がりました。波打つ髪が優しくとかされました。
お母さんよりも柔らかな手でした。
スナトゥアーレは、双子のお母さんよりも若い女性でした。
(ここで読者の皆さまへの知識として、双子が知らないことを記しておきたいと思う)
スナトゥアーレは、孤児でした。そんな彼女をヴァシレは拾い、育ててくれました。
子どもたちの姉として、踊り子として、歌い手として、皆と旅をしていましたが、若く美しいスナトゥアーレはこの生活が自分に合わないように感じていました。自分を育ててくれたヴァシレたちを愛し、感謝していましたが、広い世界を知りたいと夢見ていました。
確かに旅をする彼らは、人よりも多くを見ることができました。村から村へ、街から街へ、国から国へ。けれども、スナトゥアーレはあまりに知りませんでした。
歳上の女性たちから授かった知恵を知っていても、ヴァシレや他の男たちに教わった文字の読み方書き方、他言語やお金の勘定は知っていても、物足りなかったのでした。
けれども、何を知りたがっているのかは、分からなかったのでした。
「出来た。見る?」
首元にビーズも添え、スナトゥアーレは自慢げでした。
「スナトゥアーレみたい!」
手鏡を覗き込み、ミーシカは自分の髪に触れました。明るいコマドリ色に、濃い赤色が縫い込まれていました。三つ編みの終わりにはリボンが結ばれ、紅く染まった葉のように、ミーシカを楽しくさせました。首のビーズは黒に赤と白のお花の模様が描かれ、ローズヒップ色の
「それあげる。あなたの髪色にぴったり! ではヴァシレと妖精さんのもとへ行きましょう」
「
馬車から出て、スナトゥアーレはミーシカに手を貸しました。綺麗になり、ミーシカ・ヌミシカは王様に謁見するふさわしい見た目になりました。行く準備をする人々のなか、ミーシカたちは歩き出しました。
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