チェス盤のような花
「お嬢さん、妖精の王様ってのはどこにいるんだ?」
馬の蹄を確認していたヴァシレが言いました。ミーシカは馬の背後に立たないように気を付けて、ヴァシレの元に駆け寄ると答えました。
「
ヴァシレは目の前の少女の言葉に驚きました。飛ぶってなんだい、と思わず聞き返し、尻もちをついてしまいました。ミーシカは馬をなでていた手を止め、急いでヴァシレを起こしてあげました。馬が笑うようにいななき、ヴァシレの帽子で遊んでいます。
「私はできないけど、ヌミシカはできるの。昨日の夜踊っていた子よ。朝は私、夜は彼女が体を動かせるの。私たちは双子なのよ!」
まだ納得がいっていないヴァシレをほったらかし、ミーシカは言葉を続けました。
「馬車だったら今日中に着くと思う。いつ出発するの?」
「あぁ……ああ、そうだね。すぐ出発できるよ」
そうして二人は馬にしばしのお別れを言い、みんなに旅立つことを伝えに回りました。
「山まで行くって? 冗談じゃない。どうしてそんなところまで行かないといけないんだ」
アコーディオン弾きと、口ひげがとんがったもう一人の男が言いました。
ミーシカはチェスが大好きでした。ちょうど今着ているヌミシカのお気に入りのぶかぶかベストの元の持ち主、おじいちゃんとよく遊んでいたからです。
ミーシカ・ヌミシカは嫌なことがあったときは決まって、おじいちゃんのもとへ向かいました。おじいちゃんは何も言わず、孫たちを暖炉のそばに呼び、チェス盤をひらきました。
ミーシカは白い駒で遊ぶのが好きでしたが、ヌミシカは黒を選びました。ミーシカはどどんと構えている王様の姿が好きでしたが、ヌミシカはするると優雅に敵の首を刈り取る女王様が好きでした。
そしてひとしきり遊んだあとに「どうしたんだい?」とたずねました。二人(特にヌミシカ)は静かで、穏やかで、羊の香りがするおじいちゃんが大好きでした。
おじいちゃんは山羊のようなあごひげをはやしていました。モミの木のように背が高く、しわしわな手はゆっくりと駒を動かし、ミーシカ・ヌミシカを見つめる瞳は子猫を見つめる母猫でした。あまりお喋りな人ではありませんでしたがお客さんが来ると決まって、笛を吹いてはみんなを楽しませる達人でした。お母さんはよく、おじいちゃんを忙しなく旅する渡鳥の止まり木のようだと、笑っていました。
ふと、紫色が視界に入りました。
——花でした。
大木の群れで見たのとは違いました。寂しがっているチューリップのような姿に、チェス盤のような模様。おじいちゃんが話してくれた
「わぁ!」
初めて見た花に歓声を上げると、花はミーシカに気づいたように、顔を上げました。まばたきをするように風に揺れ、どこからか、しゃんと音がしました。スナトゥアーレの腕輪のような、振り香炉のような、馬車の鈴のような音でした。
「なんだこれ?」
チェスに集中してしまっていたヴァシレも花に気付きました。チェス盤に向かい合っていた男たちは立ち上がり、ちいさな花を見つめています。
大きな鈴に、中の鈴に、小さな鈴。
小さな子どもが勝手に香炉で遊んでいるように、しゃんしゃんしゃん、音が鳴りました。次第にその音は大きくなり、花もすくすくと茎を伸ばしていきました。ヴァシレと変わらぬ背丈まで伸びると、花は地面に押し当てるようにして反り返りました。
大きな鈴に、中の鈴に、小さな鈴たち。
一つずつを聞き分けられないほど音が重なり合い、耳鳴りのようになりました。花びらがスカートのようになり、きらめきました。眩しく、騒がしく、芳しい香りがしました。
耳を塞ぎ、目を瞑りながら、ミーシカは叫びました。うっすら開けた瞼から、しろいきらめきが入り込みました。
大きな、中の、小さな鈴の嵐。
光は色を持ちはじめ、彼女はあらわれました。
大きな鈴に、中の鈴に、小さな鈴が。
ゆっくりと、ゆっくりと、しずまり。
ほほえむ、彼女の唇が、ゆれました。
「皆さま、こんにちは」
ミーシカは耳を塞いでいた手をのけ、目をこすりました。花があったところに、とうもろこしのひげのような髪色をした女性が立っていました。細い杖を片手に、ミーシカを見ています。
「もしかして妖精さん?」
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