第4話
《Re:Union 第4話》
そして週末。土曜日の朝8時半、赤川は学校から少し離れた市営のグラウンドに来ていた。既に何名かの部員は来ており、準備運動をしていた。
「おはようございます!」
「おう、おはようさん」
初めて会う、監督の様な先生に挨拶をする。
(黒田部長)
(何だ?)
赤川は小声になった。
(監督・・・ですよね?)
黒田も大人と間違われるが、見るからに大人の風貌で、ユニフォームの上にスタジャンを着用し、サングラスを掛けている。
(強豪校ならまだしも、無名校ですよ?あんなに気合い入れなくても・・・)
(しょうがねぇだろ、あの人、そういうのに憧れて野球部の顧問してんだから)
「おい聞こえてんぞ」
2人のコソコソ話は、いつの間にか聞こえるボリュームになっていたことに、監督は腕を組んでツッコんだ。
「いやぁ、すまんね、無職先生」
「色梨(いろなし)だ!いい加減そう呼べ」
色梨は溜め息を吐くと、赤川に目を向けた。
「監督の色梨だ。宜しくな」
「はい!赤川 陽介です。宜しくお願いします!」
威勢のいい挨拶に気を良くした色梨はハッハッハッと笑いながらベンチへと歩いて行った。
「黒田部長、何で無職先生なんですか?」
「あぁ、それはだな。色梨→色無し→無色→無職となったわけだ」
「なるほど・・・」
教職なのに無職とはこれ如何に、と考えたが、意外にも安易なネーミングに、なるほどと言ったものの肩透かしを食らった様な気がしてならなかった。
そうこうしている間に、多田野高校野球部の部員は揃いつつあった。赤川も準備運動を終わらせ、ベンチに来ていた。
「ようし、後はあの2人だけだな」
色梨がその場に全員を集めた。
(あの2人・・・?)
赤川は辺りを見回した。この間の部活で全員と挨拶を交わしたつもりでいたが、その間に野球部に顔を出していない2人がいたようだ。
「まぁ、とりあえずあの2人が時間通りに来なかった用にオーダーを組んでおいた。今回は、空きがないところは3年生が埋まってるが、他は1、2年生で固めた。見て準備しておくように」
『はい!』
色梨はベンチにオーダー表を置き、その場を離れた。
(えーと、俺は先発かなぁー?)
部員が全員でオーダー表に群がる中、赤川もその1人となって確認していた。
1番 中堅手 2年 緑ヶ丘
2番 遊撃手 1年 青井
3番 一塁手 1年 黄島
4番 三塁手 3年 黒田
5番 捕手 1年 鹿野
6番 左翼手 1年 蝶野
7番 二塁手 3年 茶釜
8番 右翼手 2年 橙原
9番 投手 1年 猪又
「俺じゃないのかよぉ・・・」
赤川は、先発じゃない事に酷く落ち込んだようだった。ベンチの端で足を組む色梨は、そんな彼を呼び付けた。
「赤川」
「あ、はい!」
小走りで駆け寄ると、監督はグラウンドを見ていた。既に整備されており、まだその土を誰も踏んでおらず、綺麗だった。
「お前、先発じゃないことが不満か?」
「あ、いえ、その〜・・・」
しまった、という顔で頭を掻くが、色梨は怒りではない感情で口を開いた。
「俺はな、実はこの数日の練習を陰で見ていた。グラウンドに現れなかったのはそれが理由だ。陰で部員の練習具合を見学し、オーダーを組む。それが、俺が試合前にやれる仕事だ。野球未経験だからな!」
彼は一度胸を張った。が、それが滑り散らかした事を理解すると、再び神妙な面持ちになった。
「俺はお前のここ数日の投球練習を何度も見ていた。白谷に捕ってもらっていた時も、運動が苦手な橙原とキャッチボールしていた事もな。それで、今日の練習試合のオーダーで、俺はお前を先発から外した。理由は分かるか?」
「・・・いえ」
赤川は首を横に振った。
「お前は少し投げ過ぎてるんだ。だから、今日はベンチスタート。投げてもワンポイントだな」
(そういうことか・・・)
妙な説得力に負け、彼は納得した。思えば、朝起きた時から少し熱を持っていたのは事実。肩を回せば、筋肉が凝り固まっているのか、ストレッチが心地よくなっている。
「後、日頃の投げ込んでる球を見てきたが、お前には光るものがある。試合は今日だけじゃないが、いつでも出れる準備しておけよ」
「・・・はい!」
そう言うと、赤川はグラウンドに目をやった。多田野高校は後攻。先発の9名がホームベースを挟んで一列に並び、主審の号令とともに、試合が始まった。
「両校共に、礼!!」
『宜しくお願いします!!』
ここが甲子園ならば、サイレンがけたたましく鳴り、観客も息を呑む瞬間だったであろう。がしかし、ここは市営のグラウンド。そんな大それた演出もなく、静かに守備位置に着き、静かに相手側の1番バッターが右のバッターボックスに入って構えた。
『プレイボール!!』
「藤林先輩。相手の高校の事、全然知らないですけど、どんな感じなんですか?」
赤川は隣にいる3年生に問い掛ける。藤林と呼ばれた男は、ベンチに座っていても分かる高身長で、無駄に明るく、彼がその場にいれば祭りに変わる。
「ん?船越高校は去年の大会はベスト8。一撃のパンチ力はそこまでないが、繋いで点を取る、基本に忠実なプレイスタイルの高校だ」
「なるほど・・・」
「後・・・」
「え?」
「ベンチの盛り上がりに欠ける」
藤林はグッと親指を立ててニッと笑う。
「行けオラァー!!バッターぶっ殺せー!!」
先程までの優しい雰囲気から一変、藤林を筆頭に、他の2、3年生がヤジを飛ばす。そんな無茶な、と言いたげなピッチャーマウンドにいる1年の猪又は、切り替えようと帽子のツバの位置を調整し、一呼吸置いた。そして右足を下げながら振りかぶり、右腿を上げ、左腕を振り抜く。猪又は左投げのオーバースロー。中学ではコントロールを武器に、ストレートで押すタイプのピッチャーだったようで、キャッチャーの鹿野(しかの)にも、試合前に『内角は任せろ』、と伝えていた。
パァンッ!!
注目の第1球はど真ん中のストレート。球の走りは立ち上がりとしては申し分ない。投げた本人も満足そうだ。
「うっし!」
バッターも、初球ど真ん中には驚いた様子だったが、すぐに冷静に取り繕い、構え直す。船越高校は県ベスト8。強豪校とは言い切れないが、決して弱小校でもない。油断していたら軽く捻られる相手だ。事前に『繋ぐ野球』を推している事を、猪又と鹿野が聞いているのかは分からないが、今の一球で、彼らは判断してしまったのかもしれはい。『ストレートで押せる』と。2球目も、ストレートのサイン。鹿野は高めに構えた。ボールになるか、ストライクになるかギリギリのところだ。猪又は躊躇なく振りかぶり、鹿野が構えたミット目掛けて、寸分の狂いもなくボールを一直線に走らせる。しかし、彼らの考えは甘かった。1球目を見逃した船越高校の1番バッターは、次の2球目に食らい付いた。
ギィンッ!
僅かに詰まった当たりは、若干の振り遅れからセカンドを守っている茶釜の頭をフラフラっと越え、ライトの橙原の前に落ちた。
『ラッキーラッキー!』
相手校のヤジが飛ぶ。橙原が捕球し、セカンドの茶釜を中継してピッチャーの猪又へとボールが返ってくる。打った選手は一塁で止まった。仕切り直しだ、と、彼がセットポジションに構えると、続く2番バッターは左のバッターボックスに立ち、バントの構えをした。
(ま、定石通りね)
鹿野は左打席の一歩内側に構える。そこは猪又が得意とする内角低め。そして足を上げて投げようと振りかぶり、肩が前に動いたその時、一塁ランナーが走った。
(盗塁・・・!くそ・・・!)
猪又はそのまま全力で振り抜くと、球は鹿野が構えたミットに収まり、セカンドに送球する。
『セーフ!!』
茶釜が捕球に入るも、タッチはセーフ。フンと鼻を鳴らす茶釜は渋々ピッチャーに返球する。まだ一回の表、嫌な流れに持って行きたくはないが、切り替えるのも大事だ。たかが1盗塁、気にするな、と言いたげにキャッチャーの鹿野はマウンドにいる猪又に視線を送った。ノーアウト、ランナー2塁。バッターは再びバントの構えだった。
(潔くバントさせるかよ・・・!)
鹿野のサインに首を縦に振って、胸の前に構えて踏み込む。コースはインハイ。バントの際、成功し辛いとされるコースに渾身のストレートを叩き込もうとするが、バッターは構えていたバットを引いた。
「ヒッティングだ!!」
赤川は叫んだが、前進守備をしていた内野陣は反応が遅れてしまった。
キィィィン!!
《Re:Union 第5話》へ続く。
《Re:Union》 神有月ニヤ @yuuya-gimmick
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