第3話
《Re:Union 第3話》
しっかりとストレッチを行った後、シートノックは始まった。
『はいファーストー!!!』
ッキィーン!!
黒田の放つ深めの打球は、ファーストの黄島の右を刺す当たりだ。力任せのスイングで打球のスピードはあるが、真芯で捉えていないので回転が掛かり、イレギュラーバウンドも誘っているようだった。
「ふっ!」
しかし黄島は右後方に一歩ステップを踏んだかと思えば、そのままグラブを着けている右手を伸ばす。少し体勢を崩しながらも捕球をし、クルリと体を回転させながら体勢を立て直してホームへ送球する。矢を刺す様な返球を受けたキャッチャーの白谷は満足そうな顔をしていた。
「ほい、部長」
「おう。次セカンドォー!!」
ギィンッ・・・!
詰まった当たりに、セカンドに付いていた3年生の茶釜 優(ちゃがま ゆう)は、ラッキー、という表情でフワリと上がった打球を一歩二歩と前に歩きながら捕球する。帽子を被った事により更に前髪が長く感じられ、前が見えているのかさえも分からない彼の視界状況でのこの守備練習に、マウンドにいる赤川は思わず軽く拍手してしまっていた。
「おぉ〜」
そして難なく返球もし、白谷から受け取った黒田は次のポジションにノックをする。
ッキィーン!!
「はいサードォ!!!は俺だぁ!!」
打ってから誰もいない事に気が付く黒田だが、放った鋭い打球に食らいつく様にダイビングキャッチをした人物がいた。
「青井?!」
赤川は思わず声に出してしまう程の驚きは、その場にいる全員も感じていた。ダイレクトに捕球し、腹に付着した砂を払うと、山なりに白谷へと返球してきた。見惚れてしまうほどの華麗な守備に騒つく周りだが、それを気にせず、当の本人はへらへらとしていた。
「やるな、アイツ。そんじゃ次は外野行くぞぉー!!!」
と、黒田はライト、センター、レフトの順にバットで指し、球を持ったまま思いっきり振りかぶる。
『え・・・?』
何も知らない1年生達は口を揃えた。すると、ライトの守備位置に付いている1年生の1人に向かって投げ付ける。浅めの距離で構えていた彼は、黒田の暴投紛いの遠投に度肝を抜かれて後方へ走る。距離もさながら、速度もあるが故に、振り向きながらの併走は無理だと判断して先に距離を取ろうと校舎に向かって走る。が、グラウンドと校舎を隔てる、高く聳(そび)える緑色のネットはもうすぐそこだった。
「いっ!?」
急ブレーキを掛けて止まるも、ネットに体を受けさせ、勢いから跳ね返されて転がる。と、次に聞こえるのは嫌な音だった。
パリィン・・・
『あ』
それが何を表しているのか、彼らには説明は不要だ。するとすぐさま3階の割れた窓ガラスの横を開けて、頭から光を放ちそうな、いかにも熟練の国語教師のような男性が声を上げる。
『くぉらぁ!まぁた野球部かぁ!!』
遠くからでも怒っている様子が手に取るように分かる男性教員は、それだけはっきり聞こえるとその他はゴニョゴニョと聞き取れず、黒田も笑いながら謝っていた。
「はっはっはっ、すいませーん!すまん、行ってくるわー!」
推定120mはあろうかという距離を運んでしまう黒田の強肩に驚かさせるばかりだが、それよりも驚きなのは、『まぁた野球部かぁ!!』という、何度かこの距離の窓ガラスを割っている事だった。
「仕方ない、ノックは俺がするよ」
白谷がバットを持ち、ボールをトスする。
「センター、行くぞー!」
温厚な彼がノックするのだ、恐らく山なりに、守備位置より前に落ちるに違いない、と1年生はそんな事を思っていた。赤川も、マウンドの上で腰に手を当て、ボールの行方を追おうと、スイングと同時に上を向いたが、それがいけなかった。
ッギィーン!!
白谷が打ったボールは真芯でバットに当たり、一直線にピッチャーへと飛んでいく。
「ぐはぁっ・・・!!」
見事なピッチャーライナーに反応出来ず、上を向いていた赤川のみぞおちに硬球がめり込んだ。
「あ・・・」
ボールはピッチャーマウンドから転々と転がり、白谷の2m前で止まった。
「大丈夫か赤川!?」
駆け寄ってくる諸先輩や心配する同級生の足音を最後に、赤川の意識は途切れた。
それから20分後、部室棟の前にある、時間的に木の影で大きく覆われたベンチに横になった状態で、彼は目を覚ました。
「あ、起きた?」
少女の様な声に、意識はハッキリとしないが、耳は覚醒した。
「はい、バッチリと」
次に目、口の順に起きていき、体をゆっくりと起こして最後は脳を目覚めさせた。声のした方へ向くと、そこにはユニフォームを着た、サラサラの肩まである黒髪がより一層可愛さを際立たせた、一見女の子の様な人が、同じくベンチに座っていた。目はクリッと、体の線も細い。
「え、と・・・、マネージャーさんですか?」
ドキドキと赤面すら覚える赤川の問いにフフッと笑う仕草は、世の年下好きにはグッとくるものがあるに違いない。小動物の様な人物は、口を開く。
「君は1年生だよね?僕は2年の橙原 恵(とうはら めぐむ)。一応、ちゃんとした野球部員だよ」
「・・・え?男の人、ですか・・・?」
ドキドキした自分が恥ずかしい。しかも先輩だった、と分かるや否やニヤつく口角が真顔に戻る様はシュール極まりなかったであろう。
「橙原先輩は、何でここに?練習に参加しないんですか?」
グラウンドに目をやると、他の部員は打撃と守備を兼ねた練習をしていた。1人1人バッターボックスに立っては、同じ1年生であろうピッチャーがマスクを被る白谷目掛けて投げ、それを打っては捕球する。強豪校とは違う和気あいあいとした雰囲気に、赤川は和みつつあった。
「僕、運動が苦手なんだ。試合も、この2年で練習試合で2回程度、人数が少ないからベンチには入れたりもするけど、公式戦では出番はなかったんだよね」
悲しそうに笑う顔は、守りたくなる程愛くるしく、何故女性ではないのか、というジレンマが赤川の中にはあった。
「・・・そうなんですね」
「あ、でも走る事とキャッチボールは好きだよ!」
男と分かっていながらも、無垢な笑顔を見せられると、どうも男心がくすぐられてちょっかい出したくなってしまう。が、赤川は新たな扉を開くのを抑え、平常心に戻そうと必死に自分の顔面を叩く。
「先輩・・・、その笑顔反則っす・・・」
顔を隠して背け、彼はプルプルと震えた。
「でも、せっかく野球部に入ってるのに練習しないなんてもったいないっすよ!キャッチボールします?」
赤川の提案に、お休みモードだった橙原は再び笑顔になる。
「する!」
(オッフ)
心に矢を受けたように後ずさるが、何とか持ち堪えてグラブを左手に填める。同様に橙原も左手に填めると2人は5m間隔の幅から徐々に後ろに下がりながらキャッチボールを始めた。時折胸の位置から外れる橙原の送球は高く、身長170cmの赤川の頭を越える程な事から、送球フォームに違和感を覚えていた。
「橙原先輩、投げる時、もうちょっと肘下げてみたらどうですかー?」
「え、肘?こう?」
と、教えた通りに投げる橙原の送球は胸元にズバンと決まる。球威も増した事で、彼は嬉しくなった様子だった。
「おー!良くなったじゃないですか!」
「そ、そうかな?」
その様子を、黒田が遠くから見ていた。手には一枚の紙を持っている。
(アイツ・・・。ふっ、面白い)
「おーい!お前らぁ、今週末に練習試合あるから集合しろー!」
彼は手に持った紙を掲げて、打撃練習をしている部員たちの中に入っていった。
そしてその週の土曜日の朝9時、彼らは学校から少し離れた市営のグラウンドに集合した。
《Re:Union 第4話》へ続く。
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