第二部 PROMISE~誓いの剣愛~
プロローグ~silver start~
直立する灰色の直方体を秋の夕焼けが橙色に照らし、ボンヤリと大きく長い影を作る。幾つも建ち並ぶそれらの中で、一際輝いている……帯の部分はボロボロに色褪せてしまっているのだが、それでも『永遠』の二文字を映し出すかのように黄金色に光り輝く金メダルのかかった墓石が目につく。
稔(みのる)はその墓石に、新しい帯で傷一つもないメダルをそっとかけた。
それは金メダルのように華やかな黄金の輝きは持たないが……夕焼けの橙をそのままに反射する。どんな色にも染まることのできる、純粋な銀メダルだった。
稔は瞳を潤ませて、その銀メダル……いや、それをかけた『彼女』を見つめた。
「姉貴……負けたよ。ごめんな、銀メダルをかけることになっちまって」
その瞳に溜まる雫は、メダルに反射した橙で色付いていた。その時だった。
「あれー、あんた、メダル取れなかったの?」
背後から、確かに覚えのある言葉……『初めての金メダル』を自分にかけてくれた杏(あんず)の言葉が掛けられたのだ。
稔は即座に振り向いた。
「あ……姉貴……」
夕陽の逆光に照らされて、顔が識別できない。しかし、彼女の首元にかけられていたそれは……稔の知る杏の首には一度もかけられたことがなかった『銀メダル』だった。
「桜(さくら)……」
「お姉ちゃんの夢じゃなくって、がっかりした?」
稔の目には夕陽に照らされた彼女が悪戯そうに笑う白い歯が映った。
*
「負けたんはお前も同じだろ?」
地平線に沈もうとする夕陽が二人を照らす。二人分の黒い影は、時がそれを一秒ずつ刻むごとに僅かずつではあるが、その長さを増してゆく。
「そうね。私もまだまだ。『最強』の金メダルには程遠い。でも……」
桜が稔に向ける眼差しが、潤んで仄かに震えた。
「お姉ちゃんもね、最初からあんなに強かったんじゃないのよ。あんたが知ってるお姉ちゃんは最強だったかも知れないけど、あんたと出会う前……小学生の頃なんて、何回も負けて泣いてるのを見てきたんだから」
「そうだろうな」
稔は目を細め、赤色も色褪せて夜の紺色にその色を変えつつある西の空を見上げた。
「姉貴が『あの時』、俺にかけてくれた金メダル。俺にかけてくれた言葉……その全てが、教えてくれたんだ。『本当の強さ』とは何なのか……」
もう殆どが紺色に染まった西の低空は、その星……金星を一際目立つ黄金色に輝かせた。
それはまるで、杏が光り輝く笑顔を向けているかのようで。稔はその明星の笑顔に微笑みかけた。
街角のカーブミラーは、街灯に照らされたお互いの帰路を映している。帰路の分かれ道に差し掛かる辺りで、稔は悪戯そうに桜を見た。
「なぁ、桜」
「ん?」
桜はいつもの素っ気ない態度だ。
「あいつの気持ちには応えてやったか? あいつ……ほら、秋野 楓(かえで)くん」
「えっ!?」
街灯の灯りに照らされた桜の顔は、急に真っ赤になった。
「な、何でそんなこと……わ、私、あいつとは何ともないんだから」
「でも。お前、あいつのことで揺さぶりかけられて負けたんだろ?」
「ち、違う。そんなこと……」
顔を火照らせた桜は稔を睨んだ。
しかし、稔の底知れぬほど深い瞳に飲み込まれそうになり……思わず目を逸らした。
「私が……弱いだけよ」
稔はそんな桜に、柔らかく目を細めた。
「お前達が……羨ましいよ」
「羨ましい?」
細めた目が涙でそっと滲んだ。
「俺はもう……どうしても会えない。どんなに強くなっても。姉貴の笑顔を……あの『豪剣』を二度と見ることができない。でも、桜。お前はいつでも楓くんに会えるし、笑顔を見ることができる。それに……」
稔はすっと目を瞑った。
「だから……俺は負けたんだ」
「…………」
桜はそんな稔にかける言葉が何一つ見つからなかった。だから、自分の首にかかっている銀メダルをそっと外して……稔の首にかけた。
「桜、これ……」
「お姉ちゃんなら、きっとこう言うと思うよ。『稔。この銀を黄金色に輝かせることができるか、それとも、輝きを失わせるか……それは、あんた次第。私、ずっと見てるわよ』ってね」
桜は白い歯を見せて悪戯な笑みを浮かべた。稔はそんな桜を見て、頭をポリポリと掻いた。
「桜……お前、姉貴に似てきてねぇ? キャラが砕けてきたっていうか……」
「まさか!」
桜はプイっと右の帰路に足を向けた。
「まぁ、それも多分……楓くんの影響なんだろうな」
「ん? 何か言った?」
「いや……」
顔だけこちらに向けた桜に、稔は苦笑いした。
「俺、お前達には負けないからな。次は絶対にあいつ……秋野 楓に勝ってみせる!」
そんな稔に、桜はニッと口角を上げた。
「ええ、望むところよ。私も楓も、あんたに負けないから!」
その言葉にはもう、大会での敗北が吹っ切れたかのような力強さがあった。
「やっぱり……似てきてるじゃんかよ」
稔はこれからの二人との戦いを想って胸を弾ませながら、街灯に照らされた左の帰路で呟いたのだった。
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