~最終章 決戦~
隣の試合場で桜と加奈の試合が行われていた、まさにその時。楓は稔と向かい合っていた。
楓も稔も、個人戦トーナメントで勝ち進み、この頂上戦で対峙することとなったのだ。
(僕は、この人に勝つために……)
楓の胸には熱い想いが込み上げる。お互いに礼をして、蹲踞をした。
「はじめ!」
「ドゥラァアァー!」
稔の圧倒的な気迫に飲み込まれそうになる。
「リャアァアー!」
楓も精一杯……自分の持てる限りの気迫を発した。
(そう……その気迫だ)
稔はにやりと笑う。耳にビリビリと響く……並の剣士なら、怖気付いて動けなくなるほどの気迫……!
その刹那!
「メェェーン!」
「メントォオー!」
『ズダァァーン!』
雷鳴の衝突のような激しい衝撃がその試合場に響いた。
(これだ!)
打突後の残心を取りながら、稔は確信した。
(俺は、この剣道を待ってたんだ……!)
それは、自分の心から永久に消えることのない杏の『豪剣』とも、自分の剣道とも違った。打突の刹那、まるで煌めく真剣のように光り輝く『剣光』……。
感動のあまり全身に鳥肌が立ち、痺れてゆくのを感じた。
両者、振り返ったその刹那……!
「メンソォオー!」
「メントォオー!」
『ダガァーン!』
またしても凄まじい雷鳴が衝突した。
楓が飛び込む度に、稔の瞳には閃光が映った。それは、『飛び込み』と『面打ち』を繋ぐ『瞬間』が消失する刹那、楓の剣が放つ剣光……。
それは、稔の最強の『飛び込み面』をもってしなければ、相打つことのできないものであった。
否……稔は打ち合いを続けるうちに感じた。連続して続く楓の『飛び込み面』……連続して打つ度に徐々に加速する剣速。
それは、ひょっとすると、今の稔の『飛び込み面』をもってしても敵わない……。
激しい『合い面』の打ち合いを続けるうちに、徐々に稔もそのことに気付き始めたのだった。
「メェンヤァアー!」
「メンリャアァー!」
『ズダァァーン!』
激しい雷鳴の衝突のような打ち合いを続ける度に、楓の中にも脈々と熱いものが流れた。
去年、この相手……山口 稔と対戦した時には、ひたすらに雲の上のような存在だった。当時の楓には、ただ大きな壁が迫り来る……そのようにしか感じられなかった。
そんな相手と今、互角に打ち合っている。言い様のない高揚感が楓の内側からみなぎり、圧倒的な闘志をもって稔と打ち合っていたのだ。
(それに……)
-愛する人を守れないこともあるぞ-
楓の頭の中に、あの時の稔の言葉が反芻する。
(僕は……そんなことはない。桜先輩を守る!何があっても、絶対に!)
「ドゥァアリャアァー!」
完全に稔の中心を取った楓は、最大の気迫を発した。
(何……!?)
そんな楓と対峙した稔は、自分の体がかつてない反応を示したのを感じた。自分の左足が勝手に後退ったのだ。
(俺が恐れている……こいつを?)
稔の身体は無意識のうちに……本能的に楓を恐れて後ずさった。そう考えないと、説明のつかない反応だった。
しかし、稔は口元に不敵な笑みを浮かべ、足を前に戻した。
(面白い……!)
しっかりと楓の中心を取り、真っ直ぐ前を向く。
(俺は待ってたんだ)
「ドゥアァアー!」
稔も楓を前に、最大の気迫を発した。
(心から恐れるほどの圧倒的な強さを持った、こんな相手を。なぁ、姉貴……)
稔の脳内に最強の少女剣士、杏の微笑みが明確に映る……その刹那!
楓は飛ぶ!
愛する桜への想い……必ず守るという気持ち。そして、部員達の想い、その全てを乗せて!
稔も飛ぶ!愛する最強の剣士から受け継いだ『豪剣』……その信念を貫いて!
そして、稔の瞳には楓の剣の放つ『刹那の剣光』が煌めく……!
*
「楓……お前、本当に良くやったなぁ」
「おぅ、すげぇよ。まさか、あの山口に勝つなんて」
試合の表彰後……首に金メダルをかけた楓は、部員達の激励を受けた。しかし、楓の耳にはそんな言葉は入らなかった。
それよりも、無言で防具を片付ける桜がずっと気掛かりだったのだ。
桜がかけていたのは、銀メダル……それが桜の首にかかっているのを見るのは、楓は初めてのことだった。
桜は防具を片付けて試合場を出た。楓も部員達をすり抜けて外に出て、桜のもとへ駆け寄った。
「先輩、待って下さい。先輩!」
足早に紅色のカエデが散る校庭を歩く桜を、楓は追う。桜は秋風に吹かれて舞う紅葉の中、立ち止まった。
「聞きました。波間の奴……桜先輩との試合で汚ない手を使って先輩を動揺させたんですね」
すると、桜は振り返った。
「汚ない手……か。でも、負けたのは私の実力不足。私が弱かったってことよ」
「そんなことないです!」
楓の瞳は涙で潤んだ。
「先輩は強くて、強くて、手の届かない存在で……僕はそんな先輩のことが憧れで、好きで好きで仕方ないんです。だから……そんなこと、言わないで下さい!」
真っ直ぐに桜に自分の想いを伝える。しかし、桜はスッと目を瞑った。
「そのことが……その所為で、私を弱くしたとしたら?」
「えっ?」
桜はゆっくりと目を開けて言った。
「私は、あんたに想われて……あんたのことが好きになってしまって、だから、失いたくなくて、負けた。私は……優勝したあんたの気持ちに応えられない。あんたに、相応しくないの」
「どうして……」
楓は涙ながらに言う。
「どうして、そこまでして強くなければいけないんですか? 僕が、守るのに……」
真っ赤な瞳で桜を見つめる。
「僕……約束通り山口 稔に勝って、優勝しました。去年よりも……春よりも、ずっと、ずっと強くなりました。だから、僕……何があっても、絶対に先輩のことを守ります!」
「何があっても守る? 自惚れないで」
桜は瞳を潤ませながらも、眉を吊り上げた。
「そんなこと、軽げに言うもんじゃない。どんなに守りたくても……失ってしまうこともあるのに」
「どんなに守りたくても……失ってしまう?」
桜は赤い瞳をすっと下に向けた。
「私も、稔も……どんなに守りたくても、お姉ちゃんを失ってしまった。どんなに守りたくても……」
その時の桜の表情は底知れぬ悲しみを帯びていて……楓は金縛りに遭ったかのように動けなくなった。
「だから……だからこそ、私は誰よりも、お姉ちゃんよりも強くならなきゃならない。あんたのことが好きで……だからあんな手に負けてしまうようじゃいけないの」
楓はそんな桜に何も言う術がなかった。桜はそっと、力なく微笑んだ。
「あんたが私のことを好きになってくれて、私、嬉かった。その気持ちは変わらないし、私、あんたのことをずっと忘れない。でも……ごめんなさい。私はあんたの気持ちに応えることができない」
桜は踵を返し、ヒラヒラと舞い散る紅葉の中を歩く。
そんな桜の後ろ姿に、楓はグッと口を開き、ありったけの声を出した。
「僕……それでも、諦めません!」
振り返らずに歩き続ける桜の後ろ姿に、声を張り上げる。
「僕……先輩のことが好きだから。涙で前が見えなくなるほどに、先輩のことが好きだから……先輩の悲しみも、壊れてしまいそうなほどの寂しさも、全て受け止められるほどに強くなります。だから、僕……先輩が応えてくれるまで、ずっと、ずっと、待ってます。先輩が高校生になっても、大人になっても、ずっと……!」
ヒラヒラと舞い散る紅葉の中……帰り道を歩き続ける桜の目からは、涙が溢れ出して止まらなかった。
(楓……ありがとう。こんな私を、そんなにも想ってくれて……諦めないでいてくれて。
私も……強くなるから。お姉ちゃんよりも、誰よりも、強くなるから。だから、その時まで……。
あんたも私も、誰よりも強くなる、その時まで。お願い、諦めないで……)
振り返らずに言葉にならない言葉を投げかける桜の想いは、楓の胸元の金メダルが反射する秋の夕陽のように美しく……楓の胸の奥にも確かに響き渡ったのだった。
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