~第九章 剣舞の崩れ~
女子部個人戦。立明中学の加奈と桜は、圧倒的な力を以って勝ち進んだ。
それもそのはず。団体戦では、この二人は全ての試合でストレートに二本勝ちし、瞬く間に立明中学女子部を優勝に導いた……それほどの選手だったのだ。
トーナメントの両端にいた二人は、ついに決勝で戦うこととなった。
(この人には、負けられない……!)
加奈は、強い想いを持っていた。
自分が密かに想いを寄せる楓が、泣きそうなくらいに憧れている先輩……。だからこそ、同じ女子部員として、桜にはどうしても勝ちたかったのだ。
「キャプテン……」
試合前、加奈は桜に言った。
「私、絶対にあなたには負けません」
「ええ。こちらこそ」
桜は睫毛の長い美しい目を細めた。余裕を感じさせるこの表情には、同性である自分でさえもドキッとしてしまう。
加奈は、何だか無性に悔しくなった。
その気持ちを抑えられなくなった加奈は、キッと桜を睨み口を開いた。
「私、楓のことが好きだから。この試合に勝ったら、楓を貰います」
「えっ……」
その言葉を聞いた瞬間に桜は目を丸くして赤くなり……激しく動揺したのが分かった。加奈はそっとほくそ笑んだ。
「あなたには楓を渡さない。だから、私、絶対にあなたにだけは負けませんから」
「えっ、いや。ちょっと……」
いつもと違う様子で狼狽える桜を置き、加奈は試合場を挟んだ向かいに進んで『面』をつけ始めた。
(勝った……)
加奈の中に卑怯な考えが浮かんだ。
桜はいつも余裕ぶってはいるけれど、常にべったりくっつく楓に満更でもない表情を浮かべている。この頃は二人は特に親密になった様子で……桜も楓に想いを寄せているのは一目瞭然だった。
楓は桜の力の源であると同時に、最大の弱点……だからこそ、試合直前にあんなことを言ったら、必ず桜の『剣舞』は崩れる。そう確信していたのだ。
女子個人戦、決勝が始まった。
「ヤァアアー!」
「キィエヤァアアー!」
お互いに、気迫を放つ。
「メン、コテェ!」
先に打ち込んだのは桜……加奈は、その打ちを捌いた。
「メェェーン!」
加奈は体勢を崩した桜に『面』を打つ。桜はギリギリ、紙一重で躱した。
(やっぱり……)
加奈は『面』の奥でニッと笑った。
(桜先輩の『剣舞』……精彩を欠いている)
「メン、コテェ!」
「メンヤァー!」
『ダァァーン!』
両者は激しくぶつかり合った。鍔迫り合いを始めた加奈はふっと笑いながら、そっと呟いた。
「剣道のことしか頭にないあなたは……楓に相応しくない」
「なっ……」
桜が目を見開いた瞬間、加奈は鍔迫り合いを解き、竹刀を思い切り振り下ろした!
「メェェーン!」
『バクゥッ!』
振り下ろされた竹刀は、それまで誰もとらえることのできなかった桜の『面』を完全にとらえた。加奈はそのまま、一気に後ろに下がり残心をとる。
「面あり!」
加奈は『剣舞』の崩れた桜から、鮮やかな『引き面』を決めたのだった。
その会場の皆が驚いた。桜はその地区の中で最強の少女剣士……特に中学三年生になってからは、敵はいないはずだった。
それが、同じ立明中学の二年生に一本取られた……!
「二本目!」
試合が再開される。
(落ち着け、落ち着け……!)
桜は必死で自分に言い聞かせた。しかし、自分に言い聞かせれば言い聞かせるほどに、いつも通りの剣道ができなくなる。
自分の築き上げた『剣舞』が崩れてゆく……。
『ジリリリリ……』
「やめ!」
試合は、そのまま時間終了。優勝は加奈が手にした。
(負けた……)
それは、桜は久しぶり……まさに、何年ぶりかに味わう、女子試合での敗北だった。
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