~第三章 本心じゃないだろ~
「お~い、土井。ゲーセン行こうぜ」
「わりい、これから部活なんだ」
「んだよ、そんなの、サボれよ」
「んまぁ、サボれればいいんだけどな。うちの部、融通がきかねぇんだよ」
「ったく、お前、何で剣道なんか入ったんだよ。今時、流行らねぇぞ。んな汗臭いの」
(本当に、俺、何で剣道部なんかに入ったんだ?)
土井はクラスの悪友の誘いを断りながら溜息を吐いた。
小学生時代には地区でもかなり強い部類の少年剣士だった彼は、しかし、中学に入学したら剣道をやめようと思っていた。中学に入ったら、『適当』な毎日……辛くて苦しい練習などせずに、放課後にはクラスメイトとゲーセンに寄ったり、カラオケに行ったり、繁華街を遊び歩いてダラダラと毎日を過ごそう。そう思っていた。
(なのに、どうして?)
土井は剣道場に向かいながら自問する。すると、後ろから不意に声を掛けられた。
「おい、土井。早くしないと、遅刻するぞ!」
土井が振り向くと、自分も遅刻スレスレの楓が急かすように肩を叩いてきた。
「先輩こそ、遅刻スレスレじゃないっすか」
「まぁな。数学の分からないところを質問しに行ってたらつい。僕も急ぐわ」
楓は苦笑いする。
(やっぱり……こいつの所為だ)
土井は自分を追い越して剣道場に入る楓を見て思った。
(こいつの剣道……こいつが『面』を決めた瞬間の『剣光』を見てしまったから……)
入学当初は、剣道部に入るつもりなんて全くなかった。しかし、今年の立明中学には段違いに強い剣士がいる……。そんな噂を聞いた。
土井はほんの興味本意で、部活の見学に回る他の中一達と一緒に剣道場に寄った。
そして……『秋野』という名前が書かれた垂の選手の竹刀が『面』を捉えた瞬間!
その瞬間、土井の瞳にはひらひらと舞う紅葉をも真っ二つに『斬る』閃光が映った。
その『剣光』を目の当たりにした土井の全身には熱い血が駆け巡り……体はブルッと久しぶりの武者震いを起こしたのだった。
*
その日の土井の選抜試合が始まった。相手は男子部キャプテンの長田。
「シャアアァー!」
土井は、剣先(竹刀の先端)のギリギリ触れ合う間合で気迫を放つ。
相手……長田の『面』の奥の目を睨む。
ジリジリ、ジリジリ……。
張り詰める緊迫感の中、両者は竹刀で探るように、徐々にその距離を縮めてゆく。長田の目がクワッと見開く!
「メェェーン!」
「コテェ!」
長田の『面』と土井の『小手』……どちらも、紙一重で外れた。
『ダァァーン!』
両者、激しくぶつかり合う。
「コテェ、メェェーン!」
土井は引き小手(体を引きながらの『小手』)から瞬時に体勢を立て直し、『面』を打った。しかし、外れる……。
土井はそのまま残心を取り、真っ直ぐ前へ摺り足で抜けた。
(追ってきている!)
土井には分かった。
長田は基本に忠実な剣道をする。セオリー通りに、相手の体勢の崩れた瞬間を狙う。だからこそ、長田は土井の振り返り様……体勢を崩す瞬間に打つ!
土井は少年剣道で培った経験から分かっていた。
振り返った土井は、瞬時に体勢を立て直し、竹刀を長田の手元に伸ばす!
「メェェ……」
「コテェ!」
『パコーン!』という音とともに、土井の竹刀は確実に長田の『小手』を捉えた。
「小手あり!」
土井の振り返り様の『出小手』が決まった。部員達の拍手とともに、両者は試合開始線に戻る。
「上手い!」
試合を観る楓は呟いた。
(だけど……)
楓はしかし、眉間に皺を寄せ、やや不満そうな顔になる。
「二本目!」
「ヤァァアー!」
「シャアアァー!」
土井と長田は、激しく気迫をぶつけ合う。
(このまま逃げ切れば、勝てる……!)
土井の頭に、その考えが浮かんだ。
長田はこの部のキャプテン。ここで一勝を上げることができれば……自分は一気にレギュラーに近付けることになる。
(でも……)
土井は考えた。
(このまま勝って……こんな勝ち方で、本当にいいのか?)
ハッと前を向いた。長田の『面』がくる!
「メントォー!」
土井はその一撃を右に捌き、構え直した。長田は剣先をしっかり土井の中心に向けている。
(相手は飽くまでも、真っ直ぐ『面』で勝負する……)
土井には分かった。
土井は中学三年の長田とは、かなりの身長差がある。自分よりも遥かに長身の相手……そんな相手との戦い方のセオリーは決まっている。下……つまり、『小手』若しくは『胴』を狙う。
(だけども……)
土井の頭に疑問が走る。
(本当に、それでいいのか……?)
「ドゥアァアー!」
長田の気迫が土井を飲み込んだ。
「シャアァアー!」
土井も、精一杯の気迫を発する。
長田が飛ぶ!振りかぶった相手は一気に目の前へ迫る!
土井は振りかぶる!上腕を振りかぶって地を蹴り、精一杯に重力から解き放たれた土井は長田の『面』へ真っ直ぐに竹刀を振り下ろす!
「メェェーン!」
「メントォー!」
両者の『合い面』は、完全に同時に打たれたかに見えた。しかし……
「面あり!」
上がったのは、赤い旗……長田の旗。
(クソッ……)
土井は試合開始線に戻った。
ほぼ同時だったとはいえ、圧倒的な身長の差……長田の打った『面』は、土井の打ちの上に『乗った』のだ。
その後の試合は両者一歩も譲らず、引き分け、という結果になった。
*
「土井。惜しかったな!」
稽古終了後、楓が土井に微笑んだ。土井は目を逸らす。
「結局、勝てなかったじゃないですか。ったく、長田キャプテン、手加減してくれたらいいのに。中一が相手なんだから……」
「それ……お前の本心じゃないだろ」
「えっ?」
楓は、土井としっかりと目を合わせた。
「お前は、キャプテンから一本取った後……そのまま勝負せずに逃げたら、勝つことができた。でも、土井。お前は真っ向からキャプテンと向かい合って、真っ直ぐ『面』で勝負した。そんな奴が、『手加減してくれ』なんて、本心から言う訳がない」
楓は土井の瞳をしっかりと見つめる。いつもは生意気な後輩の瞳の表面は、少し潤んだように見えた。
「なぁ、土井。悔しいだろ?」
すると、土井はグッと唇を噛んだ。
「悔しくなんか……ないです。ダサいし、そんな汗くせぇの」
プイとそっぽを向き、立ち去った。
「……ったく、素直じゃねぇな」
楓はそんな後輩を見て、温かく呟いた。
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