第86話 ようこそ、俺の聖域へ
──
……人は誰からも邪魔されたくないと思う程、とても大切にしている部分を何かしら持っているハズだ。
俺はその部分のことを『聖域』と勝手に名付けている……これ流行らせてもいいよ。
それで例えを挙げるのなら……ミュージシャンならきっと音楽が聖域だろうし、漫画家ならきっと漫画そのものが聖域だろう。
だからミュージシャンに音楽のアドバイスをすれば怒られるのは当然だし、漫画家に「このストーリー使っていいよ」と言っても、それを使おうとする人は多分いないだろう。
なぜなら彼らは自分の聖域に誇りを持っているから。だから何も知らない素人からアドバイスを貰おうと『余計なお世話』としか思わないのだ。たとえそれが良かれと思って言った言葉でも。
何でこんな話をしたかと言うと、同じように俺も聖域が存在しているからだ。分かってると思うけど、俺の聖域は『マジック』である。
だから経験者やプロならまだしも、その辺の素人にマジックのアドバイスやダメ出しされようものなら、俺は普通にキレる。そんなの当然だろう。
そんな俺の大切な聖域であるマジックを……自ら一緒にやろうと。しかも何も知らない初心者を誘うってことは、自分で言うのも変だけど、本当にありえない話なんだよ。
だからこれは、俺がヒナノのことを信頼しまくっているから溢れ出た言葉なんだと思う……まぁ『信頼』だなんて言葉では足りないくらいなんだけどね。
んーと。グチグチ言ってるけど要するに……俺がとんでもないことを口走っているってことさえ分かればいいかな。
多分これは告白した時よりも、凄いことをやっていると思うぞ……まぁこのニュアンスは、ヒナノにはあまり伝わってはいないだろうけれどね。
──
「……えっ!? そんなシュン君みたいなこと、私は出来ないよ!?」
ヒナノは俺の言葉を全く想定していなかったのか、大きく仰け反って驚いた。そのままヒナノが椅子ごと倒れそうになっていたので、俺は支えながら言う。
「……いや、別に俺と同じことをさせるつもりはないんだ。ただ俺のサポート的なものと言うか、助手と言うか……あっ、いや、やりたいのならヒナノだけでも出来る簡単なのを教えることだって出来るし。だから……」
ここまで言えば、ヒナノが乗ってくれると思った俺は、そこで言葉を止めた。
「……」
……でも。ヒナノはすぐに「うん」と頷いてはくれなかったんだ。
「えっと……私、マジックのこと何も分からないし。もしかしたら……ううん、絶対にシュン君に迷惑かけちゃうんだよ?」
ヒナノは……心配してるみたいだった。俺の足を引っ張るんじゃないかって。自分のせいで、マジックを台無しにしてしまうんじゃないかって。
「今の時点でそんなの気にしなくていいんだよ、最初から上手い人なんていないんだし。ただ……ヒナノがやってみたいかどうか。それだけ教えて欲しいんだ」
「……」
そしてヒナノはしばらく黙り込んだ後に……俺から目を逸らしたまま、口を開いた。
「……どうして私なの?」
「えっ?」
「だって私よりもマジック知ってて上手な人なんて、沢山いるはずだよ? こんな凄腕マジシャンのシュン君なら尚更……どんな人だって、プロだって相方に出来るよ!」
「……」
それは……正論だった。
ヒナノは俺の実力を才能を誰よりも理解しているからこそ、首を縦に振れなかったんだろう。
自分なんかが彼の隣に立てないと……そう思ってしまったんだろう。
「うん。確かにそうかもしれない。いや……その通りだ。ヒナノよりも上手い人はきっと大勢いる」
「なら!」
でも。俺はただ上手にマジックをやりたいだけじゃないんだ。それだけならヒナノを誘ったりはしないんだよ。
「でも……でもね、ここまでお互いを理解してて、信頼し合っていて……好き同士なんだよ。俺たちは」
「……」
ヒナノは恥ずかしくなったのか、顔を伏せる。俺まで恥ずかしくなってしまいそうだけど、ここで言葉を止めるワケにはいかない。
「こんな人に出会えたのは初めてで、だから……何でも、は言い過ぎかもしれないけど。大概のことはきっと出来るんじゃないかって……思うんだよ」
「……うん」
「マジックも同様にさ。1人では絶対に成し遂げなかったことも。他のマジシャンと組んでも出来ないようなことも。ヒナノが隣に居れば……どんな技だって、とっても楽しくやれそうな気がするんだ」
そしてヒナノは何も言わずに……俺の目を真っ直ぐ見た。
ここで押し付けがましくなっているんじゃないかと考えてしまった俺は。
「あっ……もちろんヒナノが嫌ならさ、もう誘ったりはしないし、このことも全部忘れてくれたっていいんだよ!」
と急いで口にした。それを見たヒナノは「ふふっ」っと小さく笑って。大きな伸びをした後に……こう言った。
「シュン君。隠してたんだけど実は私、すごく不器用なんだよ。だから……」
「……」
「後悔……しないでよね?」
えっ、それってつまり……!
「俺と一緒に……やってくれるのか?」
「うん、やるよ! 私がシュン君の隣に立ってあげるよ! それに何だか面白そうだもん!」
「……!」
そのヒナノの言葉で。俺の心の中に存在していた霧が一気に晴れた気がした。
いつだってそうだ。ヒナノは俺の道を照らしてくれる光のような少女で。それを簡単にモロに喰らうのが、藍野という少年なんだ。
「……ああ! ありがとうヒナノ!」
「んふふー。お礼は優勝してからだよ!」
「……え、優勝?」
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