第87話 衣装は大事?

 ──


 そして放課後の屋上。


 俺とヒナノはブルーシートの敷かれた床に寝転がって、夕焼けに手を伸ばしていた。


「あぁ……すっかり寒くなったなぁ。まだお日様が出てるから多少はマシだけど」


「そうだねー。これからどんどん寒くなってくるみたいだし……雪とか降っちゃったら、屋上には集まれなくなっちゃうかもね?」


「ああ……だな」


 この地域はそこそこ雪が降る。だからヒナノの言う通り、屋上に集まるのは厳しくなるかもしれない。


 だから本格的に雪が降る前に、新しい秘密基地を作る必要があるかもな……


 そんなことを思いつつ、俺は立ち上がって自分のマジック道具の入ったカバンを開いた。そしてその中をまさぐりながら言う。


「でも、とりあえず今はマジックのことを優先的に考えなきゃな」


「マジック? それって……」


「ああ。高円寺の弟君に見せるマジックのことだよ」


 そう。まず何より最初に達成しなければならないのは、弟君にマジックを披露することなのだ。そしてこのマジックは。


「もちろん、ヒナノにも協力してもらうよ」


 ヒナノの力を借りることになる。俺は誰かと一緒にマジックをやったことはないので、多少の心配はあるけど……それよりもヒナノとやれる楽しみの方が勝っていたんだ。


「うん! 私に任せてよ!」


 ヒナノは座って自分の胸をポンと叩く。不安そうな表情は見られなかったので、多分ヒナノも俺と同じ気持ちなんだろう。


「それで、シュン君。一体どんなマジックをやるつもりなの?」


「うん……問題はそこなんだよな」


 しかし肝心の内容は未だに決まっていなかった……病室でやるし、クロースアップマジック(少人数の観客に至近距離で行うマジックのコト)の中から選ぶべきだよな。


 そして安全な物で、うるさくならないヤツを使わなきゃ……これに該当するのは、輪ゴム、ダイス、カード、スプーン辺りだろうか?


「そうだシュン君! 私、いいこと思い付いたよ!」


「えっ? 何か案でもあるの?」


 俺は視線をカバンから後ろにいたヒナノに移すと、ヒナノは「にひひっ」と笑って。


「私たちがマジックやるのなら……マジシャンっぽい格好するのはどうかな!」


「……え、衣装の話?」


「うん!」


 そう来るか……いやまぁ、初心者のヒナノに案を求めようとすること自体が間違いなんだけど……うん、とりあえず話を聞いてみよう。


「どんな格好したいの?」


「えっとね、テレビとかで見るやつ! 黒の服着て、ハット被って、ステッキ持って! 魔法少女みたいで、前からカッコイイなって思ってたの!」


「なるほど」


 そういや前にヒナノ、高円寺のことを魔法少女じゃないかと疑ってたよな。やっぱりヒナノはそういったモノに興味あるのかもしれない。


 それで……まぁ別に、ヒナノが衣装を着るのを止める理由は無いもんな。


「良いんじゃないかな。ヒナノがそういう格好したら、きっと華やかになるだろうし。きっと……似合うと思うし」


 ……最後の言葉は蛇足だったか?


「……えへへ」


 満更でもない……だと!?


 そしてヒナノはニヤけた口をキュッと結んで、俺の方に近付いて。


「でも! 私だけじゃ駄目だよ! シュン君もそれっぽい格好してこなくちゃ!」


「え、えぇ……? 俺は別にいいってば……」


 というか俺は大会に出ていた時も、ステージに呼ばれた時も。オカンの買ってきたグレーのパーカーで参加していたんだぞ。


 その場では結構浮いてたけど、逆に「すげぇ奴がいるぞ」っていう雰囲気を醸し出して、周りをビビらせてたんじゃないかな。


 ……まぁただ、衣装着るのが恥ずかしくて面倒なだけだったんですけどね。


「駄目だよ! シュン君も衣装着るのー!」


「でもそれは……」


「もー! シュン君が着ないなら私も着ないよ! あの……む、胸元開いた黒いやつも、着てあげないよ!」


 ヒナノ……それ、バニーガールか何かの衣装と勘違いしてない? あれと似てるの色だけだってば。


 それに……俺はヒナノのバニーガール姿は求めてないし、谷間もない……って言ったら絶対怒るよな。うん。ゴメン。黙っとこう。


「……」


「き、着てあげないよ! ホントだよ! いいの? 見たくないの!?」


 ……ホントは着たがってない?


「いや……思いは伝わったけどさ。どうしてそこまで俺に?」


「それは……それは! 私だって……シュン君が衣装着て、マジックやってるの見たいもん! 格好いいシュン君見たいもん!!」


「……」


 格好いいシュン君……か。


 俺は俺のことを生まれてから1度もカッコイイと。イケてると思ったことは無いのだが……自分の考えよりも、ヒナノの言葉の方が何倍も信用出来るもんな。


 だから……ヒナノがそう言うのなら。きっとそうなんだろう。衣装を着れば、俺は格好よくなるのだろう。


 恥ずかしいけれど……これまで否定してしまったら、ヒナノ自体まで否定してしまうことになる。だから……言うしかないワケで。


「……分かった。俺も着るよ」


 そう答えると、ぱあっと明るい顔に変わったヒナノは飛び跳ねて喜んだ。


「あはっ、やったー!」


「でもヒナノ。衣装揃えるのも時間がかかるし……話は戻るけど、マジックの内容を決めるのが1番の優先事項だからね」


「あ、そっか。一緒に洋服屋さんに行きたかったんだけどな」


 それは……俺も行きたかった。


「あっ、じゃあとりあえずコスプレ用の衣装を探すよ! それならすぐネットで見つかるだろうし、安そうだし!」


「こ、コスプレ……? えっと、じゃあ衣装はヒナノに任せていいんだよな?」


「うん、任せて!」


「あ、じゃあ俺はマジックの中身を考えていくから……」


 そしてそこからは別々の作業を……ヒナノはスマホを使っての衣装を探し、俺は紙とペンを使ってマジックの構成を書き出していだた。


 その作業は長い時間……辺りが真っ暗になるまで行われたんだ。

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