第85話 幸せモンだよ
次の日、朝の教室。俺は弟君に披露するマジックのことを考えていた。
「……」
うーん……せっかくやるんだから、派手なやつが良いよな。でも病院で火とかナイフとかを使うのは厳しいよなぁ。うん……めっちゃ使いたいけどここは我慢するしかない。
でも、トランプやコインを使うのもな。病室のテーブルを使うのもアレだし……いや別に出来ないことはないんだけど。スペースや視線の近さなどを諸々考えると、やる内容は限られてしまうだろうなぁ。
それならもっと分かりやすい道具を使うべきか……ん、そうだ。鳩を使うのはどうだろうか? ……ダメか? でも一回り小さいヤツならセーフなんじゃないか? そう、例えば……
「ヒナ……」
「……えっ、えっ!?」
何やら随分と動揺したような声が。俺が顔を上げると、そこには目をグルグルと回しているヒナノが立っていた。
「あっ、ヒナノか。おはよう」
「おっ、おはおはよ、しゅ、シュンくん!」
「そんなに焦ってどうしたの?」
「こっ、こっちのセリフだよ! さっき私のことを『ヒナ』って……」
あー。何か勘違いさせてしまったみたいだな。誤解を解こうと、俺は口を開く。
「……いや、それはね。鳥のヒナのことを考えていたんだよ」
そしたらヒナノは口をポカンとさせて。
「とっ、鳥? 鳥って大空をバサバサ飛んでいる、あの鳥……?」
「そうそう、その鳥……ねぇ、ヒナノ。病院に鳥持ち込むのってダメかな?」
「えっ、ダメに決まってるよ!」
「……そうだよな。もっと真面目に考えなきゃだよな」
ヒナノにド正論をぶつけられた俺は、また視線を自分の机に向け、頭を抱えてマジックの内容を考えるのだった。
うん……やはりここはグラサンかけてスプーン曲げでもやるべきか。でも今どきの子に、このネタは伝わるんだろうか……?
「シュン君大丈夫? 何か考え事してるの?」
「ヒナノ……」
隣の席に座ったヒナノは、また俺に声をかける。どうやら俺のことを心配してくれてるみたいだ。
……ヒナノにマジックの案を貰おう、だなんて考えは全く無いけれど。昨日の出来事の報告も含めて、少し話を聞いてもらおうかな。だってこれ以上心配させたくないからね。
「ああ実は昨日さ、高円寺の弟君にも会って……俺のマジックを見せるって約束をしたんだよ」
「あっ、へぇー! そうなんだ! シュン君、私以外の人にもマジック見せれるようになったんだね!」
「……」
そのヒナノの発言で、俺はハッとする。ヒナノが皮肉めいたことを言うわけがないと分かっていても、少し気になってしまったのだ。
「ヒナノ……もしかして、嫌だったか?」
「えっ? どうして?」
「いや、俺がヒナノだけのマジシャンじゃなくなっちゃうから……」
そしたらヒナノは「はて?」と固まった……が、すぐに意味を理解したのか、俺にとびっきりの笑顔を見せた。
「あはははっ! そんなの全く気にしないってばー!」
「そっか、良かったよ」
そして悪戯っぽい笑顔に変えたヒナノは、人差し指を頬っぺにくっ付けて。
「んーでも、私だけの特権じゃなくなっちゃうのは少しだけ残念かも?」
「えっ?」
「でもね、シュン君の凄さをみんなに知ってもらう方がね、私はもーっと嬉しいの!」
「ははっ……ヒナノ、ありがとな」
「えへへっ!」
やはりこの子は天使だ……いや、もう天使という言葉では言い表せないくらいだよ。超スーパーミカエルとでも言おうか。
……何かドラゴンボールのキャラみてぇだな。
──
「それでさっきまでシュン君が悩んでいたのは、弟さんに見せるマジックのこと? さっき鳥がどうとか言ってたから……」
「うん、そうだよ。何をどうやって見せようかを考えていたんだ。やるからには、妥協なんかしたくないからね……と言っても、まだ何にも決まってないんだけど」
俺は苦笑いする。
「そっかー大変だ。あ、でも私に出来ることがあったらいつでも言ってね! シュン君の力になるから!」
そう言ってヒナノは自分の細い腕をポンポンと叩く。その小さな腕は、とっても心強いものに見えたんだ。
「ありがとうヒナノ。俺は幸せモンだよ」
「しっ、幸せだなんて、そんなぁー!」
ヒナノは照れてるのか、身体を左右に揺らしながら甘い声を出す。どうやら悪い気はしていないらしい。安心したよ。
「……」
そして俺はマジック脳内会議を開く……かと思えば、ヒナノについて考え出していた。
だってこんな可愛い子が隣でルンルンしてるんだぞ。考えない方が失礼だろ。
というか……ホント今更なんだけど、ヒナノって俺の1番の理解者だよな。いや、理解者と言うよりは相性が良いと言うべきか、波長が合うと言うべきか……
そもそもお互いの弱さも強さも理解している、って所が大きいのかもな。だからここまでお互い信頼し合えるのかもしれない。
うん……こんなに信頼出来る人なんて、俺には今までいなかったから。だから……今なら、過去に出来なかったことも出来るようになるかもしれないな。
その発想に至った俺は、考えるよりも先に口に出していたんだ。
「なぁ、ヒナノ」
「シュン君、どうしたの?」
「あの……良かったらだけど。本当にヒナノがしたいって思ったらで良いんだけど……」
「うん、なになに?」
「……俺と一緒にさ。マジックやってみないか?」
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