第84話 約束

 ──


「……と、まぁそういうワケだったんだ」


 そして結局俺は、画面の向こうの3人に今日起こった出来事を全て説明したんだ。もちろん俺の尾行がバレたことも含めてね。


 高円寺が「言ってもいい」と許可を出してくれたので、高円寺の家庭環境のことも追加で話してみた。


 そしたら3人は驚いたような表情は見せたものの「私らに出来ることがあれば協力する」ってすぐに言ってくれたんだ。


 ヒナノは言わずもがなだが、アイツら……委員長も草刈も何だかんだ優しいんだよな。


 そしてそれを聞いた高円寺はまた「びぇーんびぇーん」と大粒の涙を流して、感謝の言葉を述べた。


 初めて素の高円寺を見たであろう3人はきっと困惑しただろうが、それでも励ましの言葉をかけてくれたんだ。


 まぁ……何にせよこの出来事のおかげで、俺たちの絆が深まったのは確かだと思うんだ。


 ──


 そして通話も終わり、食事も終わり。やることも無くなった俺は、病院から立ち去ろうと考えていた。


「ふぅ、食ったな。それじゃ俺は帰ろうと思うが……高円寺も一緒に帰るか?」


 俺がそう言うと高円寺は顔を曇らせる。


「えっ……えっとさ、あいのーん。さっきみんなはああやって言ってくれたけど。本当に何でも頼ってもいいんだよね?」


「え? アイツらを疑っているのか?」


「違うよ! ただ……難しいお願いをしちゃったら、困っちゃうかもって……」


 難しいお願い? まぁ……金貸してくれ、とかそういう系のヤツは厳しいかもしれないけど。でも、大概のことならアイツら力になってくれるんじゃないか? 多分だけど。


「んー。俺らにも出来ることと出来ないことはあるのは間違いないけど。でも言うだけならタダだし……教えてくれよ?」


 そう答えると、高円寺は少しだけホッとした顔に変わった。


「……うん、分かった。あのね……」


 そして息を吸い込んで。


「ウチの弟と会ってほしいの」


「えっ?」


「ウチの弟と会って……元気付けてやってほしいの。ここの所、全く笑った顔を見ていなくて……とっても辛そうなの。だから……笑顔が……元気な顔が見たいなって……」


「……」


 ああ、なるほどな。確かにそのお願いは難しいモノなんだろう。何せ、1番そういうのが得意そうな高円寺が、俺らに頼んでくるくらいなんだから。


 まぁ……だからと言って。このまま「無理だ」と突っぱねるワケにはいかないよな。


「分かった。やるだけやってみよう」


「ホント!? それなら……」


 ──


「……いやまぁやるとは言ったけどさ。何も今すぐに会わなくても……」


 病院のエレベーター内。俺は高円寺に半ば無理やり連れられて、弟君の所に向かっている最中であった。


「いーから。やるって言ったんだから、あいのーんは黙って犬のように着いてくんのー。分かった?」


「いやだからな……元気付けるのが目的なら、ヒナノも連れて来た方がいいんじゃないか、って俺は言っているんだ」


「まず1回でも会わないと作戦も立てようがないでしょ? だからあいのーんだけでも……」


 と、高円寺がそこまで言った所で『チーン』とエレベーターの扉が開く。


「よしこっちだよ、わんちゃん」


「……お前の犬になった覚えはない」


 そして高円寺の後ろを歩いて行くと、とある病室に辿り着いた。


「ここだよ……って、あいのーんはストーカーしてたから知ってたか」


「ストーカー言うな」


 そんな会話をしつつ、部屋前のネームプレートを見てみると『高円寺誠也』と書かれてあった。やはりここで間違いないようだ。


「……なぁ、高円寺。今更気になったんだけどさ、普通病室って複数人で使うものなんじゃないのか?」


「あーちょっと前までは、誠也もそうだったんだよ」


「え?」


「だからー。一人部屋に移されたのは最近のことなの」


 最近移された……病状が悪化したから移されたってことなのか? あるいはその逆……は考えにくいよなぁ。


「ほらあいのーん、行くよ」


「あっ……ああ」


 そして高円寺のノックと同時に俺らは病室へと入って行った。


「誠也ー! 暇だからお姉ちゃんまた来たよー! オマケに面白いのも連れて来たよー!」


 ……えっ、もしかしてそれ俺のこと? とか何とか考えを巡らせるより先に、ベッドに横になっている少年が目に入った。


 見たところ小学生くらいだろうか。そんな俺よりも明らかに小さな少年に、呼吸器系のやつだの点滴だのが多く繋がれた姿は、かなり痛々しく見えた。


 そして病院服の少年は俺らに気が付いたようで、こちらに首を向ける。そしてゆっくりと口を開いて……


「……だれ?」


 その言葉は高円寺ではなく……完全に俺に向けて言われたモノだった。


「あっ、えっと、俺は藍野……で、高円寺……さんとは友達の関係で……」


 おい!! こんな時にも……こんなちびっ子にもコミュ障を発動させてんじゃねぇよ俺ェ! しっかりしてくれ!!


 そんな俺を見てられなくなったのか、高円寺が割って入る。


「はいはい紹介するね、この人はあいのーんだよ。美少女を彼女に持つスーパーラッキーボーイで……あと陰キャでマジシャンのストーカーなの!」


 ホンマどついたろか貴様……と口にしたかったが、弟君の前でそれは流石にマズイ。何とか震えた拳を握って持ちこたえていると。


「……ストーカー? わるい人なの?」


 ほらぁ! 何か変な勘違いされたじゃんか!


「いや違うよ! 俺は悪い人じゃないよ!? 悪い人だったら君のお姉ちゃんと友達になれてないから!」


 そんなよく分からない俺の弁論で、ほんの少しだけ警戒を緩めた少年は。


「……なら。マジシャンなのは、ほんと?」


 え、えーっと。マジシャンだったのは本当だけど。今はステージにも立ってないし。


 ヒナノにすら見せる機会が減ってる気がするから『マジシャン』を名乗る資格はもう全くないかもしれないな。でも……


「ああ、そうだよ。俺はマジシャンだよ」


 こんな少年の前では、少しくらいカッコつけてもいいよね?


「へぇ……そうなんだ。お姉ちゃん、すごい人とおともだちなんだね」


「え? ……あっ、ああうん! そうでしょ! お姉ちゃんすごいでしょ!?」


 お前はすごくない。


「うんスゴイスゴイ……あ、そうだ。忘れてたけど誠也って確か、マジック好きじゃなかったっけ?」


「えっ、本当か?」


 俺らは弟君の方を同時に見る。そしたら若干困ったような顔をして。


「え、えっと……うん」


「……おい高円寺。もしかして無理やり言わせた?」


「いやいや違う違う、ホントに好きなんだって誠也は。暇な時マジックの動画見てたの思い出したの!」


 ああ、そうなの? 怖いから誰のどんな動画を見たのかは聞かないでおくけれど……


「ほら誠也、よく見てたよね。あのマジック解説の──」


「何もッ!!! 何も聞こえなかった!! そして高円寺は何も言わなかった。いいね?」


「い……いぇーす」


 ……いやまぁ。まぁね。まぁマジック系ユーチューバーが人気になるには、タネ明かしするくらいしかないのは分かるけどね?


 でもそれって結果的に自分で自分の首を絞めてるのと同じじゃないか……って。


「はぁ……」


 あーあ、何勝手に心配してんだか。もう俺には関係ないことなのにな……


「……あいのーん」


「えっ?」


 俺はハッと振り向く。俺をそう呼んだのはいつもの高円寺ではなくて……小さな少年の方の高円寺だった。


「な、なにかな?」


「マジック見てみたい。あいのーんの」


「……」


 ああ……そうきたか。まぁ、マジック好きの前でマジシャンって名乗ったら、その流れになるのは当然だけどさ。


 いや、もちろんやってやりたいのは山々なんだよ。でも道具を持ち合わせていないんだよなぁ……小銭もさっき使ったから、コインマジックとかも厳しいし。


 ここは……断ろう。


「えっと……急に来ちゃったから道具持ってなくてさ。それに準備とかも必要だから、今は見せられないんだ」


「……」


 そう言うと、弟君は分かりやすいくらいに落ち込んだ。


 そんな……悲しそうな目で見ないでくれよ。出来ないのは出来ないんだから……俺は……俺は……!!


 気が付いた時には、次の言葉が口から溢れ出していた。


「……で、でも! 絶対また来るから! また来た時には絶対マジック披露するからさ!」


「……ほんと?」


「ホントだ! だからそれまでは……げ、元気でいてくれよな!」


 そしたら過去最高の声量で弟君は「うん!」と頷いてくれたんだ。


 ……弟君と約束を交わしてしまった。


 それは勢いで言ったものなのかもしれないけれど……この子を笑顔にしたいって、元気にしてやりたいって思ったのは確かなんだ。


「ふひひっ、あいのーん言質取ったよ! 絶対にマジック披露してもらうからね!」


「分かってるってば」


 そしてほんの少しだけ笑顔を取り戻した弟君と他愛もない話をして、今日の所は解散となったんだ。

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