第82話 おちゃらけ少女の素顔

 ──


「それじゃあ……あいのーん。洗いざらい話してもらおうか?」


「あ、ああ……」


 それから俺らは、このまま廊下で喋る訳にもいかないだろうと、同じフロアにあった休憩スペースまで移動したんだ。


 もちろんつった足は浮かせたままね……高円寺も肩くらい貸してくれりゃいいのに。


 ……それで今、休憩スペースで高円寺に尋問されてるんだが……まぁ。もう誤魔化せないし、全部話しちゃっていいよな。


 そう思った俺は、今まで行っていた作戦の内容を高円寺に伝えるのだった。


「まぁ……ヒナノがさ。お前が早退しまくっているから心配だ、ってかなり不安にしてたからさ。だから……」


「ふーん。だからウチをネチネチとストーカーしてたの?」


「嫌な言い方だが……まぁそういうことだ。でもこれはヒナノの案だからな?」


「はい、ヒナヒナ使って自分を守らない。あいのーんがウチをストーカーしたのは、紛れもない事実なんだからね?」


「……」


 うん、それはマジでそうだわ。これはどうやっても言い訳は出来ねぇわ。


「ああ。本当に済まなかったな」


 観念した俺は、高円寺に頭を下げた……そしたら高円寺は言い過ぎたと思ったのか、若干焦ったように。


「ちょ……そんな頭下げないでいいってば。少しからかっただけだし。それに……ヒナヒナ達はウチを心配してくれただけだもんね」


「こっ、高円寺……!」


「まぁ、やり方はホントどうかと思うけど」


「……」


 何でトドメ刺すのよ。完全に許してくれる流れだったじゃんか。


 そして高円寺は「ふぅー」と軽く息を吐いて。


「……じゃ、あいのーんも話してくれたしさ。ウチも全部話すよ」


 と。俺は驚いてそっちの方を向く。


「えっ、いいのか? だってそれ、俺らに隠したがってたことなんだろ?」


「もうだいたいバレてるから意味無いじゃんか。それにウチがこのことを隠してたのは……ヒナヒナ達に余計な心配されたくなかった、ってだけなんだけどね」


 ああ。そういうことだったのか。俺らに気を遣ってくれていたのか。


「……でも高円寺が隠していたせいで、余計にヒナノが心配してたんだぞ?」


「うん、そうみたい。やっぱりウチらしくないことは、やるもんじゃないね……っと」


 そのまま高円寺は立ち上がって、休憩スペースの端に設置されていた自販機前まで歩いていく。


 そして缶コーヒーを購入し……振りかぶって、俺にコーヒーを投げてきた。


「うおっ!? ……危ねぇな」


 間一髪、その飛んできたコーヒーをキャッチすることが出来た……これ失敗してたらどうするつもりだったんだろう。考えたくねぇな。


「まぁ……これでも飲みながらさ、ウチの話を聞いてってよ」


 そして高円寺はもう一本、自分用の飲み物……オレンジジュースを買って、俺の隣にドスッと座った。


「……」


「そっちの方が飲みたい」と言い出せる勇気は、今の俺には持ち合わせていなかった。


 ──


「それで高円寺。あの病室には……」


「うん、あれは誠也せいや……ウチの弟がいるの。ちょっと持病があってね。今また悪くなってるから入院しているの」


「ああ、そうなのか」


 弟……というか高円寺って弟いたのね。


 高円寺ってお喋りなのに、家族の話は全然しないからさ。てっきりひとりっ子かと思っていたぞ。


「でも、わざわざ……って言ったら失礼かもしれないけどさ。高円寺が毎日早退してまで来なきゃいけないものなのか?」


「それは……」


 高円寺は珍しく口ごもる。ま、まさか……


「もしかして……そこまで危ない状態になっているのか?」


「……ううん。それは、まだ大丈夫だよ」


 ……まだ。ねぇ。


 言葉を深く読み取れば、後々そういうことになる可能性もあるんだよな。


 これは……少し高円寺のメンタル面が心配になってくるよな。何か策を考えないと。


「そっか。それなら……両親とかにもお見舞い頼めばいいんじゃないかな。忙しいかもしれないけど、きっと高円寺の負担も減るだろうし……」


「いないよ」


「……えっ?」


「ウチの両親、もう死んでるの。事故で2人とも同時に」


「……」


 一瞬、高円寺のタチの悪い冗談かと思ったが……こんなくだらない嘘をつくようなヤツじゃないのは、とっくに理解している。


 だからこれは真実。


 高円寺はこんな悲しみを背負って……生きていたのか。誰にも……悟られずに。


「あのさ……そんな顔しないでよ。あいのーんまでさ…………ウチを可哀想な子を見るような目しないでよ」


 ……そっか。きっと高円寺は大勢の大人達からこんな視線を向けられたんだろうな。


 俺も同じような目をしてしまったから……高円寺は落胆してるのだろう。


 ……憐れむのは止めよう。俺は。高円寺の友達として普通に接するのが正解なんだ。


「いや……悪い。知らなかったからさ」


「まぁ、そうだよね。ウチが言ってなかったんだもん……ウチは弟と2人暮らしなんだ。今は。1人ぼっちだけどね」


「……そうなのか。寂しくはないのか?」


「んー、まぁ少しはねー」


「そうか。それなら……ヒナノでも呼んでやったらどうだ? きっと喜ぶぞ」


「えっとそれは……ほら、ウチの家散らかってるからさ。人を上げられる状態じゃないんだよね。へへ……」


「……そうか」


 散らかってるのか……前に、病んでる人の家は散らかる傾向にあるとか何とか聞いたことあるけど……これは考え過ぎか?


「高円寺……本当に1人で大丈夫なのか?」


「えっ? 大丈夫だよ? えっと……それに1人だから全裸でカップ麺食っても誰にも文句言われないんだよ! 汁が跳ねて熱いけどっ!」


「……」


「それにデカいテレビでエッチなDVD見ても何も言われないし! 知ってる? 女優のおっぱいがこーんな大迫力で迫ってきて……」


「高円寺……お前大丈夫か?」


「えっ? なになに、頭の心配?」


 それもある……というかそんなの今更過ぎるわ。俺が心配してるのは。


「高円寺……お前、無理してんだろ」


『俺に対して』でも、気丈に振る舞ってしまっている高円寺のことだ。


「えっ? な、何言ってるのあいのーん?」


「……別に俺じゃなくても。ヒナノだろうと委員長だろうと。すぐ気がついただろうよ」


「……えっ?」


「さっき、急に明るく振る舞っただろ。俺が心配した瞬間に……心配させないように」


「……」


「一見お前は傍若無人に見えるけど……本当のお前は周りの目を人一倍気にしてさ。必要な役割を瞬時に読み取って、そのキャラなりきれるんだ」


 そこまで言うと高円寺は、若干困惑した表情を浮かべる。


「えっと……それ、褒めてるの?」


「褒めてるさ。そんなの簡単じゃないし、誰にでも出来るわけがないからな」


「ああ、なーんだ、褒めてるなら……」


「でも俺の前でさ……いや。俺らの前でも、それをやる必要は全くないんだ」


「……えっ?」


「空気を読んだり、無理に場を盛り上げたりさ……もちろん助かることもあるけど、それじゃ高円寺は疲れるだろ?」


「……」


「だから……まぁ、アレだ。本来の高円寺の姿でいいんだよ。無理に元気を装ったりしなくてさ……お前はありのままでいいんだ」


「……」


「お前が『いつもの高円寺』じゃなくなっても、俺らは嫌ったり離れたりしないから」


「……」


 そしてしばらくの沈黙の後、高円寺は力なく笑って……


「ははっ……ヒナヒナがあいのーんのことを好きになる理由が、1ピコくらい分かっちゃったよ。あーあ、悔しいなぁ……」


 なんだその単位……とは思ったけど。口にはしなかった。


 そして高円寺は目を伏せて。


「ウチはさ……怖いよ。とっても怖い。大切な家族をまた失うかもしれないんだもん」


 そう弱く。情けなく。呟いた。


「そっか」


「でも相談する人もいないし……ヒナヒナに言っても困らせちゃうだろうし。どうすればいいか分かんなくなって……ウチはっ、あっ。ううっ……っっ!」


「大丈夫だ、落ち着け」


 俺は高円寺の肩を優しく叩いてやった。そしてそのまま俺は。


「まぁヒナノに相談したら困る……というか混乱するのは間違いないだろうけど。でも、絶対に力になってくれるのは間違いないし。それにヒナノだけじゃない。委員長や草刈……俺だってさ。できる限り何とかしてやろうと思うだろうよ」


「ウチが……みんなを頼ってもいいの?」


「当たり前だろ。なんの為の友達なんだよ」


 そしたら高円寺は溢れんばかりの大粒の涙を目に浮かばせて……


「うっ……うびぇぇんん!!」


 高円寺は大きな声で泣きじゃくったんだ。


 ……その泣き顔は俺に初めて見せた、1番下に隠された彼女の素顔だったんだ。

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