第80話 駆け上がれ! 藍野!

 当然だけど、この時間の車内はガラガラだ。心做しか、運転手のアナウンスも適当に聞こえてくる。


 まぁそんなことは別にどうだっていいんだが……問題は行き先だ。


 俺はここのバス停からバスに乗ったことがないので……どこに行くか分からないんだ。


 高円寺にバレないことだけを考えていたから、バスの外側に書いてあった行き先も見てないし……見たところで分からないんだろうけれど。


 だから行き先がわからない状態且つ、知らない道をどんどん進んで行くから、何だか怖くなってくるよ。


 なんか俺の知らない場所……異世界とかに連れて行かれそうな気分になる。


「……」


 というかマジで……高円寺がどこに行こうとしてるか予測つかないな。まさか街の方にでも行っているのだろうか。


 そしたら……何か危ないことでもやってるんじゃないだろうか。


 うん……例えば高円寺が年齢詐称していて、昼からキャバクラみたいな場所で働いていたら。俺はどうするのが正解なんだろう。


 いやもしくはホストクラブみたいな場所に入り浸っていたら……どうすればいいんだ? 止めさせるのが友達なのか? そうなのか?


 その時に「お前に何が分かるんだよ」なんて高円寺に言われたら、俺はもう何も言えなくなっちゃうよ。


 ……そこまで俺はお人好しじゃないんだ。


 そんな謎の不安を抱えたまま、俺はバスに揺られる。


 揺られて揺られて……いつの間にか心地の良い睡魔に襲われてしまった。


 しっ……しっかりするんだ……俺ぇ……


「…………すぅ」


 ──


『ピンポーン』


「……ふぁっ!」


 バスの降車ボタンの音で目が覚めた。あっ、危ねぇ……このまま高円寺を見失う所だったよ。間一髪だよ。


 思いつつ目を擦って前を見ると、バスを降りるような雰囲気を出した高円寺がいた。


 やはりこのピンポンは高円寺が鳴らしたものらしい……よし、俺も降りる準備をしよう。


「……」


 ……というかここまでの料金幾らなんだろうか。分かんねぇ。


 そんな風に財布を用意していると、バスが止まった。目を前にやると、高円寺が降りているのが見えた。


 おっと、早く追わねば。


 適当に多めのお金を取り出して払った俺は、高円寺に気付かれない距離を保ちつつ、バスを降りる……


 そして降りた場所でバス停をチラッと横目で見てみた。そこには。


馬路軽まじかる病院前』


 と書かれていた…………え、病院?


 まさかアイツどこか身体が悪いのか? でもそんな素振りは俺らに全く見せなかったし……別の場所に行くのか?


 思いつつ俺は尾行を続けた。


 ……そしたらすぐに大きな病院が見えてきた。医療ドラマとかでよく見る、ガラス張りの未来都市感のある病院だ。伝わるだろうか。


 それで高円寺はその病院に迷いなく入って行った。明らかに……慣れているようだ。


 俺はというと、こんな場所にはほとんど縁のない健康男児として生きてきたため……結構ビビっていた。


 だって病院って怖いじゃん!! なんなら俺はお化け屋敷より怖い場所だと思うよ!?


 そんな場所で働いているお医者さんってすげぇな……うん。


 とにかく追おう。俺は高円寺の行った道を辿って、病院内へと入っていった。


「うおっ……!?」


 そしたらビックリ。俺が想像していたような病院とは違って、入口の傍にはコンビニ。向こうにはカフェみたいな場所もあって。


 椅子が置いてあるスペースには、パジャマ姿の患者さんやその連れ。白衣を着た医者も座っていて……何だか不思議な場所に来たみたいだ。


 いや、病院だから普通だろって思う人もいるだろうけど、俺にとっては新鮮なんだよ……というかすげぇな、コンビニもあるなんて。


 まるで大学みてぇな感じだな……いや、行ったことねぇけども。


 ……おっと、目的を見失う所だった。俺は高円寺を追うのが目的なんだ。


 えっと、高円寺高円寺……いた。正面の方に進んでいるみたいだ。


 距離を取りつつ着いて行くと……どうやらエレベーター乗り場の近くまで辿り着いてしまったようだ。


「……」


 うん、マズイ。これは非常にマズイね。一緒に乗ったらバレるのは確実だもん。ここは一旦引くのがクレバーだ。


 俺はくるっと後戻りして、いい感じの曲がり角までこっそり戻って来た。


 そこからひょこっと顔を出して高円寺の動向を探っていった。


 すると案の定、高円寺はエレベーターの前に立ってボタンを押し……エレベーター内に乗り込んだ。


 どうやら乗ったのは高円寺だけみたいだ。


「……よし」


 それなら、ここでも降りた階が分かる。


 なぜならば……これ。あの上の数字が光った場所が、エレベーターが止まった場所ってことになるからね。


「……」


 いや、しかし……何だかいけないことをしてる気分になるな。いや、これはホントに仕方なくやっていることなんだからね! 勘違いしないでよね!


 ……はぁ。気を抜くとすぐに別人格が出てくるな。気をつけよう。


 そんなことを思っている内に、エレベーターが止まったみたいだ。光っている数字は……7。7階だ。


 というか病院ってこんなに階数あるんだね。階段ダッシュとか出来そう……いや、そんな健康なやつは病院にいねぇか。ははは。


 とか何とか思ってエレベーターを待っていると、俺の周りに病院服を着た老人達がぞろぞろと集まってきた。


 1階で何か用でもあったのだろうか。レクリエーションだろうか。そんな老人ホームみたいなことやるんだろうか……やらねぇよな。


「……」


 いやそんなことより……多くない? 人。


 もちろんエレベーターも1つじゃなくて他にも何台かあるけれど……それでも人が埋まりそうな位だよ。


 そして何より問題なのは。俺は人混みが大っ嫌いだということである。


 エレベーターに乗れない。それに次を待つ程に時間をかけていたら、高円寺を見失ってしまうかもしれない。


 だからここは大人しく。


「……はぁ」


 階段で行こう。


 それから俺はエレベーター乗り場から離れ、階段までやって来て。


 7階までの長い長い階段を息を切らしながら、ひたすら駆け上がるのだった。

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