第73話 主演女優賞
いや、もし仮に。本当に迷子になったとしても、ヒナノにはスマホがある。
だからそれで俺に連絡することだって出来た筈だ。なのにそうしなかった……? しなかった、じゃなくて出来なかったのか?
でもこんな早くにバッテリーが切れたとは考えにくいし……まぁとにかく。何かしら問題が起こったのは間違いないだろう。
だから今の俺がすべきことは……
「いっ、行くか……!」
俺は迷子センターを探して走り回るのだった。
──
「……ここか?」
見付けた。迷子センターは小さな建物になっていたから、売店よりも早く見付けられたのは助かったが……
「……」
子供が泣いているピクトグラムの上には、笑顔の動物のイラストがあった。それはとてもカラフルで……
うん。分かってたよ。分かってたけど……完全にこれちびっ子用……最低でも小学生以下の子が行くとこだよね。
子供扱いをされるのを嫌うヒナノが、自ら行くとはとても思えない……いや、ホントに。ホントに俺は聞き間違えでもしたんじゃないか?
…………いや確かに聞いたよなぁ。じゃあやっぱり本当なのか……うん。それに、もし間違いだったとしても、それはそれでいいじゃないか。
とにかく俺は……行動しなくてはいけないんだ!!
そう決意した俺はその建物に入って……彼女の名前を大きな声で呼んだ。
「ヒナノ! 迎えに来たぞっ!!」
そしたら受付のお姉さんが。
「あっ、陽菜乃ちゃんのお兄さんですか?」
そう言った……えっ? お兄さん? 俺が……ヒナノのお兄ちゃん……だと? なれるものならなってみたいんですけど……えっ?
その言葉に呆然としていたら……
「しゅ、シュンヤお兄ちゃーん!」
と、ヒナノが俺の身体に飛び込んで来た。
「えっ、え?」
「わたし、さびしかったよぉ!!」
「へっ、ふぇっ!?」
…………えっ、なんすかこれ!? ドッキリか何かですか!? カメラどこですか!?
いや、ヒナノに抱きしめられるのは嬉しいけどさ! こんな状況で……しかも何か係員から暖かい感じの目で見られて……
こんな感動の兄妹の再開みたいな風に思われてたら俺! 喜べるものも喜べないよ!!
「……」
……もしかして俺、何か変なパラレルワールドにでも来てしまったのか!? こっからヒナノが俺の妹になって……謎のSF作品が始まってしまうというのか!?
……いやいや、馬鹿。とにかく落ち着けって俺。そんなの起こるワケがないだろ。
きっと……何か勘違いされて、ヒナノは後に引けなくなってしまっているんだろう。
なら……俺が言ってやらねば。ヒナノは妹なんかじゃなくて、俺の彼女だとっ……!!
「あっ、あのですね……俺はヒナノのお兄さんなんかじゃなくて…………いッ!!?」
「……」
腹部に激痛が。ヒナノが周りにバレないように……俺の腹をつねったのだ。
まさか……言うなってこと? もしやこの演技を続けろというのかヒナノさんよ……!?
「えっ? どういうことです?」
やばいっ、係員が不審な目を向けてきた。どうにか誤魔化さないと!!
「お兄ちゃんなんですよ!! ははは!!」
「……あ〜なるほど」
しゃぁ!! セーーーフ!!! 超safe!!!
「じゃ、じゃあ、ヒナノが本当にお世話になったみたいで……ありがとうございました。そっ、それでは失礼します……」
そうやって係員の人達に俺はお礼を言って、ヒナノの手を引き、とっととこの場から去ろうとした……その時、扉の開く音が。
迷子センターに入って来たのは……2人の男女だった。
この人達も迷子の子供を探しているのかな……とか思いつつすれ違った……瞬間に、その女性が。
「あっ、陽菜乃ちゃん。心配だから覗きに来たのですが……お兄さんが見つかったみたいですね。本当に良かったですよ」
「うっ、うん! よかった!」
……えっ? ヒナノと知り合いなの?
というかこの人の声……どこかで聞いたような…………って、まさか!
「あっ!!」
思わず声が出た。このキレーな人……俺は知っているよ! あの時の……!
俺がヒナノの誕生日プレゼントを探していた時に行った、あのショップの! 優しく接客してくれた店員さんじゃないか!
ええっと……確か名前が……
「そっ……相馬さんですか?」
「えっ……ああ。やっぱりそうでしたか」
そう言うと相馬さんも思い出してくれたみたいで、少しはにかんで。
「陽菜乃ちゃんの付けているこのヘアピン。私のショップの物だったから、まさかと思ったけど……本当に貴方だったんですね」
「えっ、あっ、はい……でもどうしてヒナノのことを?」
そうやって聞くと相馬さんは。
「私達が園内を歩いていると、1人で寂しそうにしている陽菜乃ちゃんを見付けたんですよ。流石にこれを無視することは出来なかったので、近づいて声をかけたんです」
そして隣の相馬さんの彼氏らしき人が。
「そう、それで迷子だって気が付いた僕らは、陽菜乃ちゃんを迷子センターまで連れて行ったんだよ」
「……」
あぁ、なるほど……少し見えてきたぞ。
ヒナノは何かしらの理由で列から抜けて、俺を探した。しかし、ヒナノは俺を見付けられずに1人寂しくウロウロしていた。
それを親か何かを探していると勘違いされたヒナノは、相馬さんらに保護される。
でもヒナノは「実は高校生です」と言うチャンスを逃して、あれよあれよと迷子センターに連れて行かれる。
そしてここまで来て後に引けなくなってしまったヒナノは……もう最後まで迷子をやり遂げようした、ってことだろうか。
ヒナノ……お前は良くやったよ。女優だよ。アカデミー賞主演女優賞だよ。俺は……いや、お兄ちゃんはとても感動したよ。
「はっ、早く行こっ!お兄ちゃん!」
「あっ、ああ」
もうこの場が耐えられなくなってきたのか、ヒナノは俺の手を引っ張って、外に出ていこうとする。
「じゃ、じゃあ……失礼しますね」
「次はご飯にしようね! お兄ちゃん!!」
「お、おう……」
しかしヒナノにこうやって呼ばれると……新たな萌え属性に目覚めてしまいそうだな。草刈みたいになりそうだ。
そんなことを思いつつ、俺らは迷子センターを後にするのだった。
──
「…………シュン君。ほんっっっとにごめんね!!!!」
「あっ、いや……全然。大丈夫だよ?」
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