第72話 迷子のお知らせ

 園内に踏み入れて最初に目に入ったのは、大きなジェットコースターだった。


 この遊園地はあまり広くはないが、これだけ異様にデカいしレールが長い……ということは多分、これに力を入れているんだろう。


 つまりこれが、この遊園地の目玉のアトラクションってことなんだろうな……ヒナノはこのことを知っていたから、ここを選んだんだろうか?


 まぁ……この近くの遊園地なんて、この『マジクル遊園地』くらいしか思い付かないけどね。


「シュン君! あれに乗ろうよ!」


「ああ、分かった」


 そしてヒナノに言われるがまま、俺らはジェットコースター乗り場まで歩いて行った。


 ……小さな遊園地とは言え、今日は土曜日。まぁまぁ多くの人数が並んでいた。


「やっぱり多いねー」


「まぁな……30分位はかかるかも」


「そっかー。じゃあ頑張って待とう!」


「ああ」


 正直、俺は待つ時間は嫌いなんだけど……それでもヒナノがいれば、こんな時間も楽しいものに変わるんだよな。


「シュン君は待つ時間って好き?」


 おっと、タイムリーな質問だな。まぁ、ここは素直に答えておこう。


「いや、待つのはあんまり好きじゃないかな。でもヒナノがいるからさ……」


「うんうん」


「えっ?」


 もしかして……ヒナノは続きの言葉を待っているというのか?


「私がいるから……どうなの?」


 やっぱそうじゃん。いや言ってもいいんだけどさ。いいんだけどさ……照れちゃう。


「えっと、まぁ。ヒナノがいるから、ちょっと楽しくなるかなー。なんて……」


「うん! そっか、嬉しい!」


 でも喜んでくれたのなら。何よりです。


 ……まぁだからといって俺達は、待ち時間ずっと喋りっぱなしってワケでもないんだ。


 既に信頼関係? みたいなものが形成されているから、お互い黙ったままでも特別変な空気にはなったりしないんだよ。


 むしろ黙ったままの方が心地良いというか、心の中が伝わってくるというか……そんな気がするんよな。


 これは俺が勝手に思ってることだけど、ヒナノも同じように思っててくれたら嬉しいな、なーんて。


「……ゴホッゴホッ」


「ん、ヒナノ大丈夫か? 風邪でも引いた?」


「あっ、ううん、大丈夫だよ!」


「そっか」


 ヒナノはそう言ってるけど、季節の変わり目は風邪を引きやすいって言うからなぁ。


 急に寒くなってきたりするし、今日もちょっと風が強い……あっ、そうだ。いいこと考えたよ。


 ここで俺が颯爽と温かい飲み物でも買ってきて……ヒナノに渡せば。気の利く男アピールが出来るんじゃないか!?


 やるか……? うん、やろう。


「ヒナノ。俺、何か飲み物買ってくるよ!」


 そしたらヒナノは。


「えっ……それなら私が行くよ!」


 と。


「いやいや、ここは俺に任せてくれ。こういう時はおれゃ、俺に……頼っていいんだ!」


 噛んだ。やっぱ慣れないセリフは言うもんじゃないな。


「でっ、でも……」


「ホントにいいんだよ! パッと買ってくるから待ってて!」


「あっ!」


 そして噛んだ恥ずかしさから逃げるように俺は列から抜けて、ヒナノに献上する飲み物を求めて探し回った。


 ──


「……あった!」


 歩き回ってやっと売店を見付けた。そして俺はそこの列に並んで……自分の番が来るのを待った。


 ……しかし、中々俺の番は回ってこない。どうも前のカップルが注文を悩んでいるらしい……ああ、早くしてくれ。


「……」


 ……羨ましい。はぁ。やっぱり俺もヒナノと一緒に来るべきだっただろうか。ほんの数分だけしか並んでいなかったんだし、列から離れてもまた並び直せば良かったんじゃ……


 いや。俺がカッコつけて……気を利かせて買ってくるという選択をしたんだ。


 それを選んだ以上、しっかりと成し遂げてヒナノに喜んで貰おう。そして「シュン君は気が利くね」って言って貰うんだ……へへ。うへへへへ。


「はい、次のお客さんどうぞ」


「えっ、あっ、はい」


 気が付いた時には、前のカップルはビックサイズのポップコーンみたいなのを持って、既に向こう側に行っていた……映画館かよ。


「何にします?」


「あっ、えっと……えっ?」


 そして俺はそこにあったメニュー表を見て……目玉が飛び出た。


『ポテト500円』『からあげ500円』『飲み物各種400円〜』


 たっ、高ぇ……これがテーマパーク料金なのか。にしてもやり過ぎじゃねぇか……?


「お客さん?」


「あっ、はい」


 でもこの状況で「やっぱりいらん」なんて言えるワケないし……いやもう、仕方ない。


「コーヒー……ホットコーヒーを2つ」


「はい、まいど。800円ね」


「……」


 俺は財布から小銭を取り出して、トレイに置く……そして俺はその場から、ジョワジョワとコップに注がれるコーヒーを眺めた。


「……」


「はい、どうぞ」


 そして俺は800円の重みとは思えない軽さのコーヒーを受け取り、ヒナノの元へと戻って行くのだった。


 ──


「……あれ? えっ?」


 それでジェットコースターの場所に戻った俺は……非常に焦っていた。それは何故か。


 ──ヒナノの姿が見当たらないからだ。


 まさか……進み過ぎてもう乗っているとかか? いや、流石にそれはおかしいよな。だってまだ30分も経っていない。


 時間がかかったとは言え、せいぜい10分くらいだ。だから……それはありえないんだ。


 じゃあ他の可能性……はっ、まさか!


 連れ去られてしまったのか!?


 嘘っ、うそうそうそヤバイヤバイって!! いやいやおちおちち落ち着け。俺!!


 ヒナノが勝手にうろつくとは思えない……いや、そうでもないかも……しれない。


 だってあの時ヒナノは何か言いたそうだった……だけど、俺はヒナノの言葉を聞かずに、走って行ってしまった……


 えっと。じゃあ。仮に。ヒナノは何かしらの理由で俺を追いかけた。でも俺を見付けられずに、迷子になってしまった。


 その時に怪しい黒ずくめの男が現れて……背後から迫ってくるもう1人の男に気が付かなくて……謎の薬を…………


「うっ……うわぁああー!!!!」


 何て想像をしているんだ俺は!! あれ以上にヒナノって小さくなるんかなとか考えるな馬鹿!!! 本当1回あの世行くか!!?


 とっ、とにかく!! 今俺がやることは、ヒナノの捜索だ!!


 まずは周囲をくまなく探そう……!!


 決めた俺は、持っていた2本のコーヒーをゴミ箱にぶん投げて走り出した──瞬間。


『ピポパピポポン』


 園内アナウンスが。


『マジクル遊園地にお越しいただき誠にありがとうございます。園内のお客様に迷子のお知らせがございます』


「……」


『猫の服を着た麦わら帽子の陽菜乃ちゃんのお兄さん。迷子センターにて、陽菜乃ちゃんがお待ちです。繰り返します……』


「…………えっ?」


 いや、確かにヒナノって。えっ。いや同じ名前だとしても。服装も一致するし。えっ。


 いや……えっ? ホントに……えっ?


 こっ、これは……何が。マジで何が起こっているというんだ?

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