第52話 お悩み相談

「どうして委員長がここに……?」


「ん、それはな。さっき草刈が誘ってきたんだ」


「えっ? 草刈が……?」


「藍野、とりあえずこっちに座ったらどうだ?」


「あっ……うん」


 言われて俺は、委員長の斜め前の席に座った。目の前に座らなかった理由は……何となくだ。


 そして席に着いたらすぐに。


「おっ、来ましたか藍野氏」


 いつもの声が聞こえてきた。振り向くとそこには、トレイを持った草刈の姿が。


 そのトレイの上には、バーガーとかナゲットとかの箱が沢山置かれていた。それ全部食うのか……


 そして草刈は委員長の隣に腰を下ろす……あっ、そっち座るの? いや別にいいんだけど……


「むむ……? 藍野氏は何か食べないのでござるか?」


「えっ? いや……最近食欲無くてさ」


「それは心配ですな。藍野氏は結構細いんですから、きちんと食べなきゃ駄目ですぞ……」


 そう言って草刈は、ナゲットの箱を俺の目の前に差し出してきた。


「……えっ?」


「ほら、我のナゲットを分けてあげるでござる。このバーベキューソースをたっぷり付けるんですぞ?」


「……」


 俺はマスタード派なんだが……まぁ。ここまで差し出されて、断るのも申し訳ないよな。


「ありがとう」


「うむ」


 お礼を言った俺は、ソースをナゲットに付けて……口に入れる。


 ん、普通に美味いな。長いこと食ってなかったから……ここまで美味とは思っていなかったや。


 そんなことを思っていたら。


「草刈。私もそれを食べたいんだが」


 委員長がそう言った……えっ、委員長ってそんな子供みたいなこと言う人でしたっけ?


「ややっ! 二宮氏もでござるか? ……そうですな、ナゲット1つならば、ポテト10本で手を打とうではありませんか……」


 草刈が何かペラペラ喋っている間に……


「ふふ、貰った」


 委員長は、俺に差し出されていたナゲットの箱を引き寄せて……その1つを摘んで食べたのだった。


「なっ! いつの間に!」


「なるほど……味はそんなに悪くない」


「悪くない、ではないでござるよ! ああ……我の昼食がぁ……!」


「そんなにあるなら良いじゃないか」


「良くないでござるよ! これら全てを食べて、丁度満腹になるように計算して買っているのでごさるから!」


 ……それなら俺にナゲットをくれた時点で、その計算はもう崩壊しているんじゃないか?


「それなら藍野にあげた時から、その計算は狂い始めてるぞ」


 俺と同じこと言った。


「……はっ、確かに!」


「そういう訳で、もう一個くれないか?」


「どういう訳でごさるか!」


 そんな2人のやり取りをぼんやりと眺めていたら……ほんの一瞬だけ。その2人が……ヒナノと高円寺のように見えたんだ。


「……」


 どうも……俺の精神は相当参っているらしい。


 ──


「それで藍野氏、相談事があるんでしたよな。我だけで対応出来るか心配だったので、特別ゲストとして二宮氏を呼んだのでござるよ」


 ハンバーガーをかじりつつ、草刈は言う。それならもっと早く教えてくれ……


「というか……藍野が悩みなんて珍しいな。悩みとは無縁そうな生活を送っていると思っていたんだが」


「委員長……俺だって人間なんですよ」


「そうか。それは済まなかったな。藍野と私は似ているもんだと、勝手に思い込んでいたみたいだ」


「それで言うと……委員長は悩まない人なんですか?」


「ああ。この世は悩んでも仕方ないことだらけだからな。だから悩むだけ時間の無駄だ」


「……」


 なるほど……委員長はもう割り切っているんだな。ここまで来れたら、きっと清々しいだろうな。


「それで藍野氏の悩みとは?」


「……ああ。そうだね、言うよ」


 そして俺は……あの日の出来事を2人に語ったんだ。


 朝イチで高円寺と大会に行ったこと。ヒナノが100メートル走に出場していたこと。俺らの応援のせいでヒナノがスタートに失敗したこと。


 そして……それがきっかけで高円寺と言い合いになり、ヒナノを思いっきり悲しませてしまったことを。


 2人はポテトを食べながら話を聞いてくれたが……後半の重い話になるにつれて、食べる手はゆっくりになっていたんだ……そこは完全に止めて欲しかったけど。


 そして全て話し終わった俺は、どっと疲れが溢れ出てきた。思い出したことで、また体験したような感覚を覚えたからだろうか。


 そして2人は口を開く……


「藍野氏……」


「藍野……」




「それって……普通に藍野が悪いんじゃないか?」


「…………えぇ」


 ……嘘でもいいから、そこは俺を慰めてくれよ。

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