第4話 忘れていたもの
──そして時間が経って、昼休み。
俺は今日もおにぎりを机に並べる。今日の種類は『ツナマヨ』と『明太子』だ。さて……まずは明太子から頂こうかな。
そう思い、俺がおにぎりに手を伸ばそうとした時。
「あっ、藍野君! 今日もおにぎりなんだねっ!」
隣の席から雨宮の元気な声が。
「……そうですけど」
「あははっ! 何で敬語なのー?」
「いや別に……」
言いつつ、急いで俺はおにぎりを口に入れる。
「……」
しかし……この俺の素っ気ない態度。会話が下手なのは充分自覚はしてるつもりだけど、それでもこんな行動をぶちかましてしまう自分が嫌になるな……
せっかく雨宮から話しかけてくれてるのに……って、ん? ちょっと待てよ。
どうして……雨宮は俺に話しかけてくるんだ?
昨日は気まぐれだろうが……今日も気まぐれなのか? それに昨日のハーフダラーの件も曖昧だし……
「んふふっ! まーた食べる手が止まってるよ? もしかして何か考え事?」
「いや……違うよ」
アンタのことを考えてるなんて、口が裂けても言えねぇんだけどな。
そして雨宮は俺の机の上にあったツナマヨを手に取って、俺に問いかけてくる。
「ね、これ食べないの?」
……いやいや。置いているんだから、どう考えても後で食べるやつって分かるでしょ。
「……」
しかし……なんだか物欲しそうに見てるし、きっと雨宮はこれを食べたいんだろうな。
折角だし譲ってやるか。
「良かったら……食べる?」
「え、いいの? やったぁ!」
すると雨宮は笑顔で学生服のポケットに、おにぎりを押し込んだ。いや今食べろよ。
「あっ、それじゃお礼にこれあげるよ!」
そして雨宮は自分の引き出しから銀紙に包まれたチョコを取り出して、俺の机の上に何個か置いた。
流石女子、チョコレート菓子を常備しているんだな。俺はお礼を言いつつ、それに手を伸ばした……
「ああ。ありが──」
瞬間、俺は固まった。そのチョコの銀紙に、マジックで何か文字が書かれていたのだ。
とりあえず左から読んでみる……
『もしかして』『アイノ君って』『マジシャン』『なの』『?』
いや『?』は詰めたら普通に入っただろ……いや、そうじゃなくて。
俺の正体バレてんなこれ……いやまぁ授業中コイン回してる時点で、自らアピールしてる様なもんだけどさ。
いや、それより……この問いかけ。どうやって答えればいいんだ?
ここで「そうですマジシャンやってまーす! へっへっへー!」なんて言おうもんなら、聞いた雨宮が他の人に伝え、最終的にはクラス中に知れ渡るだろう。
そして陽キャのおもちゃにされて……グラサンをかけさせられて「きてます」だの「ハンドパワー」だのクソしょうもないイジりを、一生擦られ続けるんだ。
うっ……想像するだけでお腹が痛い。
とにかく……それだけは絶対に避けなければ。俺の平穏な学園生活を死守せねば……!
……だが。ちょっと待ってほしい。
ここで「違うよ。俺はマジシャンなんかじゃない」と答えた場合、今後どんな目で雨宮は俺を見てくるんだろうか。
マジシャンでも何でもないやつが、授業中にハーフダラーを回して。筆箱の内側にトランプの箱置いてたのもきっと見てるだろうし……
それ……すげー痛いヤツじゃん。いや、マジシャンでも充分痛いヤツなのは重々理解してるけどさ!
マジシャンじゃなかったら尚更だよ! それもうアニメに出てくる謎のクール系キャラに憧れた、痛い厨二病の奴だよ!
俺は一体どうすれば……いや……というか。
こんなに悩んでいる時点で、もう雨宮に答えを教えているようなものではないのか?
マジシャンではなかったらすぐに「違う」と言うのが普通だし……もし見栄を張って「そうだ」と言うにしても、ここまで悩む事はないだろう。
傍から見れば今の俺は、もったいぶって言おうかどうかを考えている、ただの性格の悪いマジシャン(笑)にしか見えない。
もうこれ詰んでない……?
俺はチラッと雨宮の顔を見た。
「……ふふっ」
うん、この反応は気付いてる。分かってる上で答えを求めてるよこの子。とっても悪い子だよ。
しかし……チョコの銀紙に書いてることから察するに、周りに気付かれないよう配慮してくれているらしい。
それなら雨宮だけになら教えても……いいのか?
まぁ……どうせ教えるのなら。何か見せてやろうかな。
思った俺は、1個のチョコを右手で緩く握り、左手を右手の甲に被せた。
「えっ……?」
「……」
そして「1、2」と両手を大きく上下に動かして……「3」のタイミングの少し前くらいで、右手を縦の向きに変える。
その時に親指と人差し指の間の開けておいた、筒の形をしたスペース。そこからチョコを上に投げ飛ばして左手で受け止めるんだ。
受け止めたら素早く右手を横に戻し、また左手を右手の甲に押し付ける。
そして左手を離すと……
「あっ……!?」
右手の甲の上にチョコが現れる。まぁ要するに……チョコが瞬間移動したように見える、という単純なマジックだ。
一応右手にはもう何も無いと、右手を開いて「タネは無いよ」とアピールするのも忘れずに。
「……」
「……」
久しぶりにやったにしては、まずまずの出来であった……しかし雨宮の反応は何も聞こえない。
まぁ……流石にこれは子供騙しレベルのマジックだったか? タネが分かったら誰でも出来るし……
いや、でも即興でやったんだから仕方ないだろ。とにかくマジシャンは道具の準備が1番大事なんだからさ。うん。
……誰に言い訳してるんだ俺は?
とにかくここまでやったんだから、反応を確認しなくちゃな。思った俺はおそるおそる雨宮の顔を見てみた……そこには。
「──!!」
服の袖で口を押さえながら、目を輝かせて、体を揺らしていた雨宮の姿が。
多分、周りに気付かれてしまうから、頑張って声を出さないようにしているんだろうけど。
でもそれはまるで……魔法でも目の当たりにした子供の様な、とっても無邪気で新鮮な反応だった。
そしてそれを見た俺は…………久しぶりに思い出したんだ。俺がマジシャンになった理由を。
こんな雨宮みたいな……人の驚いた顔を見るのが。
──たまらなく大好きだったからだ。
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