第3話 気まぐれガールは喋りたい

 昼休み。


 俺は雨宮のことで頭がいっぱいだった。


 なんか恋する乙女みたいなこと言ってるけど、実際そんなの以上に頭を抱えていたと思う。


 人を驚かせる側であるマジシャンの俺が……授業中に。しかもちょっぴり馬鹿そうな女の子に、何度も度肝を抜かされたのだ。


 別に怒りとか悔しさとかは全くないけれど……ただただ訳が分からなすぎて、混乱してしまっているのだろう。


 ……とりあえず飯だ。何か胃袋に入れよう。


 このままだと昼休みが終わってしまうと思った俺は、コンビニで買っていたおにぎりを2つ取り出した。そしてツナマヨの包装紙を剥いだ。


 そんな時、隣から女子達の声が。


「陽菜乃ー! たまには一緒に食堂行こうよ!」


「あー……ごめんね! 今日お弁当なんだよー!」


「そうなの? じゃあ今日は1人で行くよ」


「うん、そうしてー!」


 雨宮はそう言うと、食堂に行くであろう友達に大きく手を振るのだった。


 俺はそんな事は気にせず、ツナマヨを口に……口に…………はしなかった。


 ……おかしい。この馬路軽学園に入学して以来、ずっと自分の席でボッチ飯を決め込んでいた俺には分かるんだ。


 昼休みの雨宮の席はいつも空。だから雨宮は毎日学食を食べに行ってる筈……だから弁当を持ってくる事などイレギュラー中のイレギュラーなのだ……


「ねー藍野君、何でおにぎり食べないの?」


「……ッ!?」


 はっとして俺が顔を上げると、すぐ傍には雨宮の顔があった。


 雨宮は大きな瞳をぱちくりさせながら首を傾げ、不思議そうにおれを見つめている。


「……たっ、食べるよ」


 視線に耐えきれなくなった俺はそう言い、ツナマヨを思いっ切り口の中へ押し込んだ。


「あははっ! 別に急がなくていいのにー!」


「……」


 それを見た雨宮は面白かったのか、お腹に手を当てて大きく笑った…………ああ、すげぇ可愛い。


 じゃなくて……どうする俺。授業中の事を雨宮に聞くべきだろうか……いや、聞いた方がいいのは分かってる。


 ただ「雨宮はさっきの数学の時、黒板を使ってハーフダラーを再現したんだよね?」って言った後の反応が「えっ……? なんのこと……?」みたいなガチ困惑だったら、一生女子と話せなくなる自信がある。


 しかし……このタイミングを逃せば、それこそ一生話す機会が失われてしまうような気がする……どうする。どうする俺はっ……!


「んー。じゃあ私、購買行ってこようかなー?」


 何っ!? どうにか引き止めなくては!


「あっ、まっ待って!」


「ん?」


「これ!」


 俺はポケットからハーフダラーを取り出して、雨宮に見せつけた。流石にこれで伝わるよな。


 すると少し固まった後、雨宮はハッとした様な顔をしてこう言った。


「あっ、いいのいいの! 私パン買うお金くらいはちゃんと持ってるから!」


「えっ、ちょ、違っ……」


「大丈夫だってー! でも心配してくれてありがとねー!」


 そう言って雨宮は風のように、教室から出て行ったのだった。


 ……そして急に静かになったこの場所にポツンと残された俺……はぁ。本当に何なんだったんだ。


 ん……? というかそもそも。



 ────今日アイツ、弁当じゃなかったのか?



 何であんな嘘を……食堂の気分じゃなかったのか? それか、あの友達と行きたくなかったとかか?


 それとも……俺と話す為に……?


「はぁ……まさかな」


 あの美少女ランキングで堂々の1位である雨宮が、俺みたいなモブにわざわざ話しかけに来る筈がない。自惚れも大概にするんだな俺。


 きっと今日俺に話しかけたのはただの気まぐれだ。明日には見向きもしなくなるんだ。


 どうせ……人間なんて、そんなもんなんだ。


 勝手に悟って落ち込んだ俺は、もう1つのおにぎり『エビマヨ』の包装紙をペリペリ剥がすのだった。


 ──


 次の日。


 俺が教室の扉を開くと、隣の席の美少女と目が合った。そして手を振って……俺に元気な挨拶を。


「やっ! 藍野君おはよぉー!」


「おっ、おはよう……」


 どうやら……予想は外れたらしい。

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