第1章 2人の出会い編
第2話 驚かされる側は慣れていないんだ
────1か月前。
私立
「……」
黒板に書かれた方程式の問題を右手で解きつつ、左手ではコインロールを行う。
コインロールってのは、コインを半回転させながら親指から小指……小指から親指と連続して転がしていく技のことだ。
これは簡単だし、練習すれば誰でも出来ると思う。
まぁ授業中にやるのはオススメしないけど……でも音を絶対に立ててはいけない状態でやるのは、中々スリルがあって面白い。
問題を解き終わった俺は、周りからは見られないように教科書を立て、もう1枚のハーフダラー(アメリカ合衆国50セント硬貨のコト)を取り出した。
そしてしばらくそれをいじって回していると。
「……じゃあ問1は雨宮さん。問2は……難しいからこれは藍野君にお願いしようかな」
白髪で腰の曲がったおじいさん先生が、俺の名前を呼んできた。
やれやれ……中学の頃からそうだが、1の付く日は当たる確率がいつもの3倍くらい上昇してるな。
いつも思うけれど出席番号31番以降の奴らはズルくないか? こんなの不平等だ。訴えてやる。どっかに。
そんなことを思いつつ出席番号1番以外を経験したことのない俺、
えっと……問2だな。
チョークを手に取って、頭に覚えていた答えをカツカツと書いていく。
「ああ、藍野君。途中式も書いてくれないかな」
「……」
言われて、またチョークを手に取る。全く……そう言うのは先に言ってくれ。
「……」
……途中式を書いている間に、隣に誰か来た。多分問1担当の人だろう。俺は特に気にする事もなく、続きを書き続けた……
「くうっ……! んっ……! あっ……!」
……ん? 何をアダルティックな声を出しているんだ。今は授業中だぞ。
流石に気になってしまった俺は、チラッと横目で隣を見てみた……そこには。
「ふうぅっ……!」
ぶかぶかの制服姿の女の子がうーんと背伸びをしながら、ブルブル震えた腕を大きく上げて、ぐにゃぐにゃになった数字で式を書いていた。
それを見かねたのか、先生はこう言う。
「ああ、雨宮さん。別に下の方に書いてもいいんだからね」
「えっ、あっ、はい!」
そして彼女は背伸びを止め、黒板の下の方(彼女からすれば正面)の位置に式を書き始めた。
それら一連の流れが面白かったのか、クラス中は笑いに包まれる。
それを聞いた彼女はきまり悪そうに笑って、またみんなの方に背を向けたのだった。
……彼女の名前は
何故ぼっちの俺がこの子の名前知ってるか……理由は単純、俺の隣の席の人だからだ。
入学してから今日まで出席番号順に並んだ席は、いまだ変わることなく続いている。
クラスではそれが不満らしく、席替えしろとの声が大きいのだが、正直俺はこのままでもいい。
彼女が隣の席だから……という訳ではなく、ただ単に落ち着く場所だからだ。
1番前の席なのに落ち着くの? という意見もあるだろうが、実は結構目立たない位置なのだ。それに寄りかかる壁もある。
まぁ不満を上げるなら、教師からは見え見えなのでコイン遊びは数学の時くらいしか出来ないって所か……
「んっ……?」
「……」
────雨宮と目が合った。
一瞬。ほんの一瞬だったから、ここに居たクラスメイトは誰も気が付かなかっただろう。
でも確かに彼女は俺の顔を見たのだ。
そして、何かをいいことを思い付いたかのように「ふふっ」と口元を綻ばせて、また黒板に目線を戻すのだった。
一体何だったんだ……? まぁ……いいか。
途中式もしっかりと書き終えた俺は、チョークを置いて席に戻るのだった。
「はい、問2の答え正解です」
おじさん先生はそう言って、俺の書いた答えに丸を付ける。まぁそれは当然だが……
「雨宮さんは書けましたか?」
「もう少しです! んーと……こうなってーあーなって……はい! 答えは──!」
そう言って雨宮は、黒板に大きく「円」を描いた。
「えー……雨宮さん。残念ですけど不正解です。問1の答えは0ではありません」
「えぇー!」
またクラスは大きな笑いに包まれる……けれど、俺は全く笑えなかった。
間違えた人を馬鹿にするのはよくないとか、単純に面白くないから、とかそんな理由ではなくて……その雨宮の書いた答えに違和感があったからだ。
雨宮の書いた答え……数字のゼロにしてはどうにも丸すぎるし、そもそも大きすぎる。
それに計算間違いにしても、答えがゼロになるなんて普通にありえないんだよな。
ん……? ならそれはゼロではなくて……丸?
えっ? もしかして。丸って……まさか!
俺は慌てて黒板の方を見た。
「こんな問題、難し過ぎですよー!」
「これは基礎的な問題ですが……でも自信を持って答えを書くのは素晴らしいですよ。間違う事は恥ずかしい事ではありませんからねぇ」
そんな2人の中身スカスカの会話よりも……!
さっき雨宮の書いた大きな丸の中に、雨宮の横顔が入っているように見えるじゃないか!
そう、それはまるで……さっき俺がイジっていたコインの……ハーフダラー。50セント硬貨に描かれているケネディの横顔そのものだった。
もしかして雨宮は、これを再現する為にこれを……!?
俺は震えながら、ポケットからコインを取り出す。そしてコインを摘んで目の側まで近づけてみた……
「……ッ!?」
コインと雨宮が綺麗な程に重なった。
まっ……まさか……はは。まさかな。こんなの、ただの偶然だよな……?
「あっ」
俺はいつの間にか流れ出ていた手汗の影響か、コインを床に落としてしまった。
教室に「チャリン」と音が響く。
それを見た雨宮は足早にこちらへ戻って来て、素早くコインを拾うのだった。そして……
「はい、藍野君!」
コインを表にして俺に渡してきた。
「あっ……ありがとう」
「んふふっ! でも授業中は500円玉触ってちゃダメだよー?」
「……」
……当然、これは500円ではない。
ハーフダラーの存在を知らなくとも、500円玉ではないのは、拾った雨宮も理解してる筈だ。
なのに『500円玉』と言った……まさか周りに知られない為に、そして俺に気を使っているというのか?
……いや。流石に俺の考え過ぎだ。頭の弱そうな雨宮がそんなことが出来るわけないよな。
思った俺はそそくさとコインをポケットにしまい、正面を向いた。
教壇ではおじさん先生が問1の解説を行っているようで、1つずつ分かりやすいように計算していた。
丁寧で非常に理解しやすい物だったが、そもそも解けている俺には必要なかった。
「……と、なる訳です。雨宮さんはここで計算ミスしていますね。もう一度前に出てやってみましょうか」
「はーい!」
雨宮は元気よく返事をして、ノートを片手にまた黒板に向かう。
その時、チラッと雨宮のノートが俺の目に入った。
「……ッ!?」
思わず声が出そうになった。ノートに書かれた答えがゼロではなく、全く俺のと同じだったからだ。
つまりそれが答え。雨宮は問1を解いていた。それなのに俺を驚かせるためだけに円を描いて……!?
なんだ……なんだこれは……! 何が起こっているッ……!?
「ええっと……こうやって。あ、出来ました!」
「はい、正解です」
「やったー!」
ああ……なんか頭がスゲー痛くなってきたや。とりあえず…………もう寝よう。
俺はまた教科書を立てて……頭を隠したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます